●バックナンバー161〜180

Vol.180
綾部でJohn Denver


文・北西さん(大阪府豊中市在住)
 
里山ねっと・あやべに行った帰り、蔵カフェ(里山ねっとのすぐ近くで、素敵なご夫妻のされているカフェ「月星日」の事を勝手に私たち夫婦がそう呼んでいます)に行ってみたら、臨時休業の看板が・・・。
 
せっかく綾部まで来たのだし、以前から気になっていた古民家の蕎麦屋『そばの花』に少し早かったけど夕食に出かけることにしました。
 
里山ねっとがある鍛治屋町から、『そばの花』までの道のりは夕焼けに綾部の素朴な田園風景が溶け込んでとても美しかった。
 
そのとき、以前、蔵カフェで聞いたJohn Denverの♪「sunshine on my shoulders」が頭をよぎった。
 
「綾部でJohn Denver、なかなか合うなぁ〜。
 
いつか綾部に暮らすことができたらギターを習って、田んぼの真ん中で弾いてみたいなぁ〜。」
 
なんて思っているうちに、看板を見つけることはできなかったけれど、少し暗くなりかけた里山に一点ほのかな明かりを見つけ、
 
そちらに行くと、感じのいい古民家に、のれんを発見!!
 
『そばの花』に到着。
 
そこはまさに期待を裏切らない想像通りの空間で、必要以上に手を加えず、元の古民家を活かした造りになっており、とても落ち着ける場所でした。
 
そばの味はもちろんのこと、ご主人の人柄も素敵で、すっかり長居してしまいました。
 
またひとつ、綾部での楽しみが増えました。
 
綾部にはどこに行っても、時間の流れがゆったりとしていて、心身ともにくつろぐようです。
 
『綾部に休息に行こう。』
 
私と夫の、綾部に行く合言葉になりそうです。
  
Sunset on my shoulders in Ayabe makes me happy.
 
●北西敏子さんのプロフィール
 
大阪府豊中市出身、1967年生まれ。
短大卒業後 OL生活3年間で費用を貯め、夫とワーキングホリデーにてニュージーランドに渡航する。
中古車を買い、働きながら、キャンプ、バックバックに泊まりながら、NZ一周し、アウトドアの楽しみ方を知る。
主に南半球の国(フィジー、ニューカレドニア、バヌアツ、オーストラリア等)を周遊後、帰国。
 
結婚後、愛知県に8年居住し、長野、岐阜の自然に触れ合い、田舎暮らしに憧れるようになる。2004年、大阪府豊中市に戻る。
 
現在、田舎暮らし実現に向け、自分たちの理想の場所を探求中。
 
※John Denver(ジョン・デンバー)=アメリカのフォーク歌手。
 
※里山ねっと・あやべのそばにあるすてきな“蔵カフェ”「月星日(つきほしひ)」は毎週水曜日がお休みです。オススメです!
  
※古民家の蕎麦屋「そばの花」は毎週火曜、第3火・水曜日が定休日です。
 
●北西さん、素敵な旅のエッセイをありがとうございました。
「綾部でJohn Denver」。とってもインパクトがありました。
気軽に、綾部に休息に来て下さい。
尊いメッセージをありがとうございました。(塩見直紀)

Vol.179
熊は森の“種子配達人”


古今東西の先人のことばには、21世紀の生き方、暮らし方の
ヒントがあります。持続可能で多様性にあふれる新世紀のみんなの
知恵にしたく、現在、ホームページでは約300のことばを公開中です!
 
こころをこめて、未来をひらく里山系のことばを新しく15個、贈ります。
遠くて綾部に来られない方も訪れて元気になれる、希望のホームページに
なれたらうれしいです。
 
里山系の言葉が、みんなの心の財産になるよう、シェア(共有)して
いきましょう!すてきな言葉が見つかったら、ぜひお教えください。
「1000」のことばが目標です。
 
 
●熊は森の“種子配達人”(熊が残したフンを調査、70種類の発芽可能な「種子」が出てきて、森にとっての熊の役割が証明された)
 
●知ることは感じることの半分も重要でないと固く信じています。子どもたちが出会う事実の一つ一つがやがて、知識や知恵を生み出す種子だとしたら、さまざまな情緒や豊かな感性は、この種子を育む肥沃な土壌です。幼い子どもの時代は、この土壌を耕すときです。
(レイチェル・カーソンのことば『センス・オブ・ワンダー』)
 
●こどもは寒さと飢えと貧乏の中で育てるほうがよい(玄米菜食の指導で世界的に有名な桜沢如一さんのことば)
 
●農業は科学と芸術を合わせ持っている(有機農業を実践し、その普及に熱心なイギリスのチャールズ皇太子のことば)
 
●和敬清寂(千利休)
 
●日本人を日本人らしくしたのは学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よく続けられてきた災難(から学ぶ)教育であった(寺田寅彦のことば)
 
 
●病を得て、薬を求むるは渇して井戸を掘るに似たり、聖人は巳病を治さず未病を治す(健康は日々の養生こそが大事で、それによって病気を未然に防ぎなさい/3000年前の中国の書「黄帝内経」より)
 
●家は漏らぬ程 食事は飢えぬ程にて足ることなり 
是仏の教 茶の湯の本意なり 
水を運び 湯をわかし 茶をたてゝ仏に供え 
人にも施し 吾ものみ 茶をたて 香をたく 
皆々仏祖の行いのあとを学ぶなり 
 
(千利休のことばを弟子の南坊宗啓が筆記、
 利休の校閲を受けた記録『南方録』より)
 
●朝露の一滴にも天と地が映っている。(開高健さんのことば)
 
●地上と、海と、空の美しさ。そういったものが以前より大きな意味を持ち、それらとわたしは一体になる。わたしは宇宙に溶け込んで、自我から解き放たれる。(アン・モロウ・リンドバーグ『海からの贈り物』立風書房・1994年より)
 
●ものを作る人に美しいものを作らせ、ものを使う人に美しいものを選ばせ、この世に
美の国を作ろう。(民芸研究家・思想家の柳宗悦さんのことば)
 
●私たちの未来の幸福はもっと物質的に恵まれることなどでなく、日々の暮らしの中に「美」をみつけて生きることにある。(浜美枝さんのことば『四季の贈りもの』より)
 
●柳に雪折れなし(昭和天皇が側近によく言われたことば)
 
●長い間、自然の森の中で生活していると、本当は「死」というものがないんだ、ということがよくわかっています。あるのはいのちの循環だけなのです。(ドキュメンタリー映画「ガイア・シンフォニー」第4番の主人公・ジェーン・グドールさんのことば)

Vol.178
「人・生活・自然に触れ、学んだこと

(「素のまんま」体験記)」

 
文・高田 大輔さん(京都府京田辺市在住) 
  
 
何か出会えそうなまち「あやべ」に興味を持ち、
「素のまんま」芝原キヌ枝さんにお会いしたく、農家民泊を申し込みました。
 
 
9/24〜9/26の2泊3日で「素のまんま」に民泊。
 
正直な感想、本当に良かった。旅ってこういうものを言うのだと思った。
「その土地の人、生活、自然に触れ、学ぶこと。」
 
確実に自分の身になっていると感じます。
また、必ず来ますと言って帰りました。
 
■人(キヌ枝さん)に触れたこと
 
キヌ枝さんは、噂どおり上品で温かく、素敵な人。
人好きで、子供好き、話好き、よく笑う。
体験記でみんなが元気付けられているのがよくわかる。
 
色々な話を伺った。自分の考えていることも色々聞いてもらった。
その中のいくつかを少し紹介。
 
人生観。キヌ枝さんは、自分の境遇を嘆くのではなく、
与えられた環境の中でいかに力強く頑張って生きることができるかを
常に考えてきたとのこと。
 
森のこと。国の奨励、補助金の制度があり、
亡くなられたご主人とご一緒に杉、檜の植林をされたが、今はどうか。
森が荒れている。川の水量が少ない。樹齢40年の杉が3,000円という。
 
教育観。自然の中に子供を預け、学ばせる。
人は自然から離れると、おかしくなる。
 
その他、里山ねっとHPにもたくさん載っています。
だけど、キヌ枝さんに直接会って、温かさを感じ、学んでほしいと思います。
 
■生活に触れたこと
  
「素のまんま」は、築115年(だと思う)の古民家で、
土間、田の字型座敷4間とで構成。昔の典型的な茅葺民家らしい。
現在は、トタン屋根で覆っているため、茅葺きは見えない。
トイレは玄関を出てすぐ。母屋とは別に蔵があり、
現在はキヌ枝さんが粋な茶室に改装されていた。
 
まずは、玄関見て、おおっーと感動。土間だ。広い。
玄関戸は改装されていたが、もちろん引き戸。家のほとんどが引き戸。
土間は玄関から台所、五右衛門風呂、裏山への勝手口まで続く。
キヌ枝さんいわく、使い勝手がいいらしい。
滞在中、何人かお友達さんが来られていたが、
これなら、話がしやすい、はずむ。
 
座敷に入る。風の通りが心地いい。100年以上経った木々は、
ますますその威光を放ち、僕を魅了した。
化学建材に囲まれた薄っぺらい現代住宅と違い、ホンモノ。家が呼吸している。
 
五右衛門風呂。子供の頃、田舎で入った記憶があるかないか。
うーん、よく思い出せない。初めてということにしておこう。
で、入った。体の芯まで温もった。
 
2日目の風呂炊きは、事前に杉の枯れ葉を拾ってきて準備O.K.
キヌ枝さんにお願いして、自分1人でやらせてもらった。
自分で炊いた五右衛門風呂は、余計に気持ちよかった。
 
キヌ枝さん手製の真心のこもった田舎料理。近くで取れた野菜料理の数々。
赤ピーマン、ニラ、ふき、なす田楽、こいも、ソーメンカボチャ・・・
量の多いこと。とても食べれん。でも、どれも素朴で懐かしい味。
おいしかった。食べた、食べた。
駅前観光案内所でも販売しているはぶ茶、
志賀政枝さん直伝のそばぼうろ(綾ぼうろ)も忘れずに。
 
■自然に触れたこと
 
もちろん、周りの自然も堪能。
少々雨が降っていたので、畑はできなかったが、
目の前の本当に水のきれいな川で子供と一緒に水遊び。川に入ったら気持ちいい。
絵に描いたような山々、田園風景を感じ、ピーヒョロローときれいな声で鳴き、
雄大に飛ぶトンビに感動、共生しているとキヌ枝さんがおっしゃっていた
目の前のイノシシにビビり、名前もわからない小さな花に見入った。
栗拾いも夢中になった。
 
■僕自身学んだこと
 
身土不二の言葉にもあるように、土(自然)から離れた身(人間)の生活は、
人間の根源に根ざした人間の本質に回帰することの中に生きがいを
取り戻すといった「心」を重視した生活ではない。
生活する上で、いつも身体は土を求めている・・・。
 
普段、「土くさく生きないとあかん。」とか言って、
なんとなくリクツをこねているけど、実際は、
ほとんどの時間をコンクリートの住宅、職場で過ごしている。
 
土(自然)に根ざした生活ってどんなもの? 
今の生活と何が違うのか?
リクツではなく、体で実感してみたいと思っていた。
 
今回、学んだと思うことは、少しだけど、
こんな普段の想いが本当にそうだったと体が実感できたこと。
土(自然)に根ざした生活をしている人は、輝いて素敵に見えたこと。
閉塞感漂う現代にあって、自分にとっての1つの大きな考え方の物差しができたこと。
 
■子供たち、何か学んだ?
 
シュタイナーの思想では、幼児期の子供にとって、
外の世界は、見るもの、触れるもの全てに
小さな驚きを持ち、体全身で感じるという。
 
子供たちは、今回の初めての体験で、
普段の生活では味わえない何かを感じてくれただろうか。
それは、これからの成長にいい影響を与えてくれるだろうか。
 
こんなこと思いながら、これからの子供たちの成長を見守りたい。
「綾部で農家民泊したあの時、こんなことを感じた、思った。」
って話してくれたらうれしいな。
 
何か感じさせてくれる、やさしく受け入れてくれる、
何か出会えそうなまち「あやべ」。これからも興味ありです。
 
以上
 
●高田さん、遠く綾部までありがとうございました。
すてきな旅(他火)になってうれしいです。
尊いメッセージをありがとうございます。(塩見 直紀)

Vol.177
用がなくても行けちゃうまち


いまは何でも「アポ」が必要なアポイントメント型社会。
 
誰かに会うためには、
 
「約束(アポ)」がいるし、「用件」が要る。
 
銀行でも、美容院でも、用がないのに
 
ソファーに座って、憩うなんてことはできません。
 
用件・目的がないと行ってはいけないところがいっぱい。
 
行けるのは公園くらいかな。
 
ある日、ふとこんなビジョンが生まれました。
 
用がなくても、公園のように
 
ふらりと行けるところがあったっていいんじゃないかなと。
 
里山ねっと・あやべはそんな空間にもなれたらいいなって思います。
 
そうそう、田舎暮らし情報センター(旧保健室)は
 
そんな空間になれたらとつくられたものです。
 
遠く茨城・日立から何度もやってきてくださる清水さんは、
 
「用がなくても行ってもいいところだって感じました」って
 
うれしいことばをくださいました。
 
「用がなくても行けるまち」。
 
それは小さなビジョンですが、
 
もしかしたら、いいかもって、ぼくは思うのでした。
 
昨年の村祭りの日。
 
その清水さんが来てくださっていて、
 
群集?のなかで、お顔を見つけたときは、びっくり!
 
旅人が我が村祭りをみてくださる「新しい時代」を感じました。
 
すてきな時代が来たものです!(文・塩見 直紀)
 
●小さな里の村祭り〜豊里北部地区秋祭について(綾部)
 
里山ねっと・あやべの事務局がある豊里北部地域の秋祭が
10月17日(日)12時よりおこなわれます。
 
太鼓や笛の囃子、奴振りの行列、子ども太鼓など。
小さな村も見物客や帰省客で賑わいます。
故郷に帰る気持ちで、村祭りにぜひおいでください!
 
日時:10月17日(日)昼12時から午後3時頃まで 
場所:綾部市里山交流センター下(旧豊里西小学校・綾部市鍛治屋町)
小雨決行、当日、付近は交通規制あり。
11時までなら、里山交流センターに駐車可能です。
 
お問合せ:ご一報いただければ、里山ねっと事務局でお答えします

Vol.176
つるを編む 草をあむ


綾部市白道路町のつる編み、草編みグループ「あけびの会」(代表・岡村佳子さん/会員12名)が珈琲とギャラリー「ぐう」でグループ展「つるを編む 草をあむ」開催中です。
 
メンバーの四方静子さんから

「初日に半分売れてしまいました。今日、追加の納品の予定です」
 
とうれしいメールをいただき、いつ行こうかなって思っていたら、
 
「今朝、納品したばかりなのに、ぐうさんから、またまた追の電話がありました。皆やにわに活気づいています!」
 
とうれしいメールが届きました。
 
町家を活用し、すてきな空間・ギャラリースペースを持っておられる「ぐう」さんとすてきな里山クラフトの技術をもたれる「あけびの会」さんが出会うと・・・。
 
何かすてきなことが起こる!
 
ぐうさん×あけびの会さん=!
 
行ってみると、ほんとうにすてきなコラボレーションでした!
 
このまちでも、すてきなことが出会いのコーディネートによって、生まれそうです。
 
たとえば・・・
 
あけびの会さん×「素のまんま」の芝原さん=!
 
こちらもすてきなことが起こりそうな予感です。
 
いつか仲人したいと思っているのです・・・。
 
11月14日(日)に開催される綾部の秋の1大イベント「あやべ産業まつり」では
 
あけびの会さんは恒例の「つる編み教室」を開催されます。
 
テントの下はつるがいっぱい!
 
つる取りのシーズンには毎年、総出で森に入り、軽トラック何台ものたくさんのつるを採取されます。
 
森林浴しながら、木に巻きついた蔓(かずら)を協力して引っ張り、心地よい汗をかく。至福のひとときだそうです。
 
最近はつる編みに加え、各種の草編みも始められました。
 
空気を浄化するといわれ、注目を集める薬草「まこも」を使った作品も「あやべ温泉(二王館)」で販売中。
 
人気商品となっています!
 
みなさん、大変研究熱心で切磋琢磨しあいながら、里山素材の手づくりクラフトを楽しんでいらっしゃいます。


 
あけびの会さんは、綾部が自然素材の宝庫で宝の山があちこちに眠っていることを教えてくださる
 
「里山の魅力の伝道師」です。

(文・塩見 直紀)
 
●「つるを編む 草をあむ」展
 
期日:10月2日(土)〜17日(日)10:00〜19:00
会場:珈琲とギャラリー「ぐう」(綾部市本町3丁目)
電話:0773−42−1468
 
※珈琲とギャラリー「ぐう」について・・・
 
里山ねっと・あやべのホームページ「ウィークリーメッセージVOL.161」で京都・舞鶴の加藤輝美さんが「あやべ、ゆったりくつろぎの旅・・・美味しい☆編」で紹介されています。すてきなエッセイです。こちらもぜひご覧ください。
 
●あやべ産業まつりについて
 
綾部の秋の一大イベント「あやべ産業まつり」が11月14日(日)開催されます。
 
地元の特産品の販売、村じまんストリート(集落の特産品を展示販売)、模擬店、とりたて野菜の販売など盛りだくさんです。
 
ご家族で秋の綾部をお楽しみください!
 
日時:11月14日(日)9:00〜15:00まで
会場:綾部工業団地交流プラザ周辺(綾部市とよさか町/綾部ICから車で約5分)
 
※綾部工業団地交流プラザは建築家・安藤忠雄さんの設計で立地を活かしたすてきな空間です。

Vol.175
お地蔵さまの全国デビュー



あなたのこころの風景は、どこですか?
 
そう尋ねられたら、「一本檜とお地蔵さま」って答えるでしょう。
 
ぼくのこころの風景は、家から徒歩3分くらいのところにある
村はずれの一本檜とお地蔵さまの風景です。
 
朝でも昼でも夕方でも、
新緑の季節でも雪化粧でも素敵な
なんだかなつかしい風景。
 
郷土写真をたくさん撮っておられる方をお連れしたら
なんと「月夜にも行ってみたい」といわれて、びっくり。
 
子どもの頃から、この風景にひかれてきたのだけど、
 
都会の友人を連れてきてみたら、
みんな気に入ってくれるので、またまたびっくり。
 
ここは“何か”を感じさせてくれる「精神スポット」でもあるようです。
 
そのお地蔵さまを綾部応援団・神戸支部長の徳平章さんが
全国デビューさせてくださいました。
 
「月刊JA]8月号の表紙はお地蔵さまでした!
 
「綾部応援団 神戸支部長」(市長公認)の肩書きを持たれる
神戸の徳平さん(「森林ボランティア」「里山庵」メンバー、
あやべ田舎暮らしツアー参加者)は、
 
2001年の初めての綾部訪問以来、100回を超える訪問をされています!
 
里山の風景を四季にわたって撮影されていたのですが、
この度、縁あって、撮影された写真が
JAの全国媒体「月刊JA]の表紙を飾ることになりました。
 
小さな里の何気ない風景が、全国媒体の誌面を飾る時代なのですね。
 
徳平さん、綾部を全国発信くださり、ありがとうございました!
 
それにしても、お地蔵さま、びっくりしただろうな。
 
(文・塩見 直紀)

Vol.174
栗+お米=!


最近、近所の子どもたちの間でブレイクしているのは・・・
 
栗拾いです。
 
栗拾いがブレイクする村。
 
いいなあ。
 
つれあいが子どもたちに
 
トゲトゲの栗のイガから栗を上手に取り出す方法を教えると
 
みんな上手く拾っていけるようになりました。
 
おかげでおいしい栗ご飯や栗入りのおはぎを
 
ぼくもいただくことができました。
 
遊びと暮らしがひとつだなんて、いいですね。
 
今年、引き継いだ小高い丘(地目は畑)。
 
子どもたちの遊び場になったらいいなと
 
「でこぼこミュージアム」と名づけました。
 
栗の木が植えられていたおかげで、
 
子どもたちがやってきてくれました。
 
初の来館者(無料!)です。
 
来年はりっぱな学芸員として、
 
後輩(もっとちっちゃな子どもたち)の指導に
 
きっとあたってくれることでしょう。
 
それにしても・・・
 
塩と昆布はいるけれど、
 
栗+お米=栗ご飯だなんて、
 
誰が考えたのかな。
 
組み合わせの妙というか、すごい発想ですね!
 
里山には組み合わせ次第で「!」となるものがいっぱいあります。
 
(文・塩見 直紀)

Vol.173
里グスリ


我が家では、「あっ、風邪気味かな?」って思ったら、
 
梅干、しょうが、醤油と温かい番茶で
 
「梅醤番茶(うめしょうばんちゃ)」をつくって、
 
飲んで眠ることにしています。
 
眼がかゆいなあって、思ったら、番茶湿布です。
 
この10何年か、「医療の自給」もめざし、
 
勉強してきました(「歯」は大きなテーマのようです・・・)。
 
今年、新聞で知ったのは、ムカデ+胡麻油の塗り薬です。
 
39歳にして、生まれて初めてムカデ(百足)にかまれました。
 
あちこちで「今年はムカデが多いね」って聞いていたのですが、
 
ついに、かまれてしまいました。
 
いまも歯型がついています・・・。
 
ゴマ油にムカデを漬け込むと、
 
虫刺され(ハチ、ムカデなど)によく効く「塗り薬」になる。
 
そんな知恵を今夏、知ったばかりだったので、
かんでくれた憎いムカデを捕まえ、ビンに入れました。
 
つれあいにそのことを話すと、
 
「高いゴマ油は使わないでね」と言われたけれど、
 
こっそり注ぎました・・・。
 
伝統的な圧搾法の四日市・九鬼「純正胡麻油」です。
 
知恵を得たあと、今夏、計3匹つかまえました。
 
ムカデを発見することがいまではうれしくなるなんて!
 
不思議なものです。
 
我が家の棚の片隅で、塗り薬が熟成されていきます。
 
いいなあ。
 
田舎は家にムカデがいるから嫌だけど、
 
知恵と里のいきもの(ヨモギやビワ・・・)が出会えば、
 
里はクスリの素材の宝庫です。
 
さてさて、そのムカデのクスリ、
 
家族は少し気味悪がっています・・・。
 
僕用かな。
 
(文・塩見 直紀)

Vol.172
初めの一歩


文・原田 明さん(兵庫県伊丹市)
 
心で田舎生活にあこがれていても実際、自分は農的な生活ができるのだろうか?
土を触れられるのだろうか、虫や暑さ寒さ、雨や嵐に耐えられるのだろうか?
 
とにかく実践!
 
8月、休みの日に庭に出てみた。久しぶりである。
 
しかし暑いなぁ!
父が植えてくれた芝生が伸び放題である。
よーく見ると、芝ではない雑草もかなりはびこっている。見分けがつかない・・・。
 
うまいことカモフラージュしているなあ。
こんな奴らを相手にするのか?油断ならない・・・。
 
午前中いっぱい芝刈りと雑草抜きをしてみた。
暑い!疲れた!蚊には刺される!腰は痛い!
「これはとっても無理やな…。」というのが正直な気持ちであった。
 
だが、発見もあった。
 
草抜きをしていると、蟻や団子虫、ハサミムシなどかなりの生き物に遭遇した。
 
狭いわが庭にも食物連鎖の一翼を担う生物が元気に動き回っている。
そう彼らは元気であった。精一杯生きていた。元気をもらった。
 
「僕らはみんな生きている〜♪」という感じであった。
 
翌日も庭に出てみた。
 
昨日刈った芝や雑草をビニールのごみ袋に詰めて
ごみ収集の日に出さねばならないからである。
 
嫁さんに言われてしぶしぶである。
草を燃やす匂い好きなのに…。ああ、たき火がしたい!
 
その日も暑かった!
 
しかし背中に当たる日光を体が「気持ちいい」と感じているのに気がついた。
 
慣れたのかな?ハハーン、そういうことかいな。必要なことなんだ。
人間が生きていく上で、身体が求めているんだ。そう思った。
 
頭ではなく身体の中心が感じていると思った。
 
農的生活とは、外気の中で、日光を浴びて、
虫や鳥、土や水に接して身体を動かすことではないか?
それは人類の歴史の中ではぐくまれてきた基本的で伝統的な行動なのだ。
それならば、この私の中にもそれに耐えうる回路は配線されているのではなかろうか?
 
要するに何年も使っていないだけなのだ。やればできるのではなかろうか?
とにかく庭に出てみよう!「農」への第一歩…。
 
 
●原田 明さんのプロフィール
兵庫県伊丹市在住。52歳のおっさんサラリーマン。趣味はバスケットボール、サイクリング、テニス、料理、俳句など、いわゆる下手の横好きです。
 
●原田さん、「里帰り」に続くすてきなメッセージをありがとうございました。
これからは「伊丹のヘルマン・ヘッセ」と呼ばせていただきます。
尊いメッセージをありがとうございました!
里山サイクリングクラブ、この秋どうですか?(塩見直紀)

Vol.171
ごはん3000杯?

 
8月22日の日曜日、「道つくり」がありました。
 
農繁期前の3月と、稲刈り前の8月、年に2度ある村人総出(各戸1名出役)の恒例の村仕事です。
 
昔は9月の彼岸前におこなっていたのですが、だんだん早くなって、いまでは8月末に実施されます。
 
農道の凹凸の修繕や砂利まきなどの作業を「道つくり」と呼んでいるのですが、この作業があると、もう少しで稲刈りです。
 
我が家の田んぼの稲穂も黄金色。
 
9年目の米づくり。
 
いよいよ収穫の日が近づいてみました。(稲木での天日干しがあるけれど・・・)
 
わが鍛治屋町では、今年、「減反」の必要がなく、我が家では、2反(50×40M=20アール)に加えて、6畝(20×30M)、増やしました。
 
6畝に植えた苗の数(株数)を数えてみたら、約3000株(※)ありました。
 
現代農業なら、1株が「お茶碗1杯分」となるといいます。
 
ごはん3000杯分!
 
我が家は草との共存型(無農薬)農業で収量が少ないので・・・
 
3000株でどれだけの収量があるのか、量るのが楽しみです。
 
地球の唯一の収入源といわれるお天道様のチカラを借りての天日干し。
 
稲木にかけるって、いつも思うのですが、
 
通知表を公開しているみたいです。
 
今年も草さん、元気でした・・・。
 
(文・塩見 直紀)
 
※昔のように、縦横の苗の間隔を1尺(約30センチ)とって植えています。

Vol.170
コドモ達のタメに考エルコト


 
文・入佐 城司さん(大阪在住)
 
■ ハイジの泣きドコロ
「『アルプスの少女ハイジ』を見て一番泣いた場面は?」
 
こんな質問を受けたら、僕は即座にハイジが夢遊病になった第33話「ゆうれい騒動」と答えるであろう・・・。
 
本人の意志は無視されフランクフルトに連れてこられたハイジはそこで歩けない少女クララの「お友達」として一緒に生活することになる。
 
しかし都会の生活にまるでなじめないハイジはおじいさんの山を思うあまり夢遊病にかかる。
そして夜ごと起こる奇妙な出来事に「幽霊か」と大騒ぎになり召使いのセバスチャンらが見張っていると、夢遊病のハイジが帰ってくる・・・そんなお話である。
 
少なくとも子供の頃はこのお話では泣かなかった。
僕もまさか泣くなどと思ってなかったが不覚にも号泣してしまったのでした。
 
この時の感情の動きを少しだけ推測してみると思い当たるのは「親になった自分」から子供のハイジの心情を察することが出来るようになった、からだと思われる。
 
つまり、ハイジの山での生活、フランクフルトに来てからの苦悩、クララのお父さんやお婆さんのハイジを思う気持ち、そしてクララの悲しみ、いろんな感情がごちゃ混ぜになってワッと溢れてきたのがその時の涙、だったのでしょう。
    
■ 大阪の子供達
今僕は大阪市内に住んでいる。下町、と言えば下町であるがいわゆる「下町風情」はここには無い。長屋なんてのはもうとっくに存在しないし、マンションばかりが林立しその高層さとモダンさ、そして値段を競い合っている。
昔は有った空き地なども無くなり、隙間無く並んだ建物の間には子供達の通る空間もない。
たとえ空き地があったとしてもフェンスに囲まれ「立ち入り禁止」の看板が厳めしく貼り付けてある。
 
もちろん学校は厳戒態勢で人間の侵入を拒んでいるし、子供達が唯一外で遊ぶ場所となれば公園のみとなっているのだ。
 
それらの公園には確かに子供の数は多い。
これは郊外や、もっと田舎の公園などに比べても断トツに多い。
しかし、それに伴って親の数も多い。「こんなご時世だから・・・」という意見はたぶん正しい。
こんなご時世だから悪い人達から子供を守らねばならないし、人に迷惑をかけない様にしっかりと教え込まなければならない。
また、ケガなどをしないように近くに居てやらねばならないし、そして何より自分の意のままになるように監視しなければならない・・・。「これじゃまるでプリズナー(囚人)だな・・・」
    
■ 子供の野生
 
悲しいかな我が家の現状もそんな状況だし、もしかすると日本全国にもこの状況は徐々に拡大して行くことでしょう。
しかし、だからこそ僕はこんな風に考えるのだ。
 
「僕の育った環境に子供らを放(はな)ってみたい」と。
 
あれは下の子(長男)が3歳になったばっかりの頃、1年ぶりぐらいに山登りに行った。
前年に行ったときは背中におんぶしたまま歩き通したものであるが、果たして今回は歩いてくれるのか?まだ、ちょっと歩いただけでダッコをねだっていた長男を山登りに連れて行くのははっきり言って無謀だった。
 
しかしその「無謀」は途中でパラパラと崩れ去った。
長男は自然の中での「歩き」を楽しみとして受け入れ、岩が有れば登ってそして飛び降りる、崖が有れば自ら進んで駆け上がって行こうとし、川が有れば入って水遊びに興じる、という今までの「ダッコ君」からは想像できないような変貌を遂げた。
そしてそのハイキングの最終地点まで自分の足で見事に歩き通したのである。
 
そしてそれ以来、どこへ行っても「ダッコ」と言わなくなったのであった。
   
■ 自然に触れるということ
 
その時の長男の行動は僕の思考を大きく転換させてくれた。
そう、もっともっとノビノビと、そしてたくましく育ててやりたい・・・。
 
自然に触れて初めて今まで眠っていた「野生」が目覚めたのかも知れない。
これは歩く道の脇に生えている草や横切っていく虫たち、登らねば越えられない岩や渡らねば進めない川、そんなリアルな感覚を身につけたり、挑戦したりすることによって子供が本来持っているエネルギーを発散させ、感覚を磨くことが出来、感性を豊かにするのではないだろうか。
 
これは石だらけの町フランクフルトに閉じこめられていたハイジが決して癒されることなく夢遊病になった事へと繋がっている。
都会育ちで親の監視下でしか生きていない子供達は、いずれそのもてあましたエネルギーを「違うカタチ」で噴出させないと生きていけない・・・。
ただの想像でしか無いが現代の子供達の状況を見ているとあながち幻想と言い切れないところに現代の病巣がある。
 
そして、まだしばらく都会生活が続く我々にとって、自然とゆっくりと向き合える場所、思う存分味わえる場所、そんな場所を僕は探し始めたのであった。
    
■ 理想の遊び場を求めて
 
僕たち家族はよく山登りに行くのであるが、朝のうちに出発し、弁当を持参して、ほとんどが日帰りでクタクタになって家に帰る。
あまり「テントを張ってキャンプ」と言うのには興味がないのだ。
と言うより自然を満喫するといいながら河原でバーベキューをし、その後始末もせずに帰っていったり、夜中になると山の中にもかかわらず打ち上げ花火をしたり、大音響で音楽をかけたりと、うんざりするような人たちに遭遇するからイヤなのだ。
 
じゃあ、「理想の遊び場は?」と聞かれると
 
何点かポイントを上げることが出来る。
 
・近くに川が有ること
・近くに広葉樹林が有ること
・近くに田圃があること
・山菜(きのこ)取りなどができたらうれしい
・それらが自由に侵入(笑)出来ること
・虫がたくさんいること
・泊まることが出来ること
・出来るだけ安価であること
・気兼ねしなくても済むこと
・地元の人とのふれ合いがもてること
 
などが今考えている遊びのポイントである。
少々勝手な言いぐさのような気がするが、僕の勝手な想いなのでご了承頂きたい。
 
そんな理想を求めていろいろ探しているうちに、たどり着いたのが「里山ねっと・あやべ」であった。
 
そして「農家民泊」という宿泊形式。「これだっ!」と思った。
 
そして里山ねっとあやべのHPで綴られている言葉を読むたびに「もしかしてこの綾部なら・・・」という気がしたのであった。
 
そしてなかなか予約は取れなかったが、やっと取れて行ってきました。
 
その時の模様は
HP http://www.asahi-net.or.jp/~uc6j-irs/digisai2/index.html
に書いてあるのでそちらを見て欲しい。
 
結論的にはまだ一泊二日なのでキヌ枝さんにも僕ら側には多少の遠慮(気兼ね)が存在するのはどうしようもないことだが、僕たち家族が「おばあちゃんの家」に行くような感覚でキヌ枝さん宅に泊まれるようになれば、理想にかなり近くなるんじゃないかな、と思った。
 

 
また、「里山ねっと・あやべ」という組織を持っている綾部市に限りない可能性を感じるのは僕だけでは無いはず。
綾部なら出来る、綾部でなければ出来ない、そんな遊び場をもっと提供してもらえたら、、、なんて住んでる人にはちょっと申し訳ない気がする(笑)。
 
●入佐城司さんのプロフィール
1963年、大阪府枚方市生まれ 現在、大阪市阿倍野区在住。
現在、大阪市という都会から田舎暮らしを見つめ、田舎に行っては大阪を眺めている2児の父親です。
職業はソフトウェアのプログラマーですがこの歳にしてカメラに目覚め保育園や小学校のアルバム撮影&編集を目指す今日この頃。
 
●入佐さん、綾部での農家民泊とすてきなメッセージをありがとうございました。
いっぱい家族で遊ばれたとうかがっています!
綾部がもっとすてきになるように応援、よろしくお願いします!
ありがとうございました!(塩見直紀)

Vol.169
日本一おいしい年越しそば!?


 
文・神田正実さん(大阪/あやべ里山そば塾2期生)
 
あやべ里山そば塾へ参加しました。
 
第2期の「あやべ里山そば塾」へ参加するため、3カ月ぶりに綾部を訪れました。
 
もうサイコ〜〜!!最高・・・・!!
 
5:00・・・起床
 
8:00・・・家族5人と妻の両親2人を含む計7名、車で綾部着
 
8:30・・・里山ねっとのスタッフ、塩見さんの田んぼで草取りを楽しませてもらいました。
 
今年5月に、はじめて田植えを体験させてもらって植えた苗が、もうすっかり出穂。
(とてもうれしかったです。)あやべ里山そば塾スタート
 
9:30・・・受付、畑の区画抽選・・・私たちは、畑のど真ん中の区画に決定10:30・・・オリエンテーション・・・自己紹介、諸注意11:00 ・・・畑へ出発・・・軽トラックの荷台に乗って移動しました。
 
子供も大人もうれしくてニコニコ。風が全身にあたって、とても涼しかったです。
オープンカーって乗ったことないけど、多分こんな感じなんだろうなー!?と思いました。11:30・・・作業開始
 
■そばの種まき。
 
そばの種をはじめて見ました。アサガオの種に少し似ています。
私は、素手と素足で畑に入りました。種の手触りと、足の裏から伝わる土の感触がとても良かったです。
足の裏から畑の養分を体内に吸い上げているような感じで、心と体が元気になったような気がしました。
 
■希望者はトラックター試乗。
 
もちろん私も試乗しました。小学3年の息子と小学1年の娘も試乗させてもらいました。乗った瞬間は、身体に力が入りハンドルを握りしめ、緊張気味だった子供も時間が経つにつれ、徐々に肩の力が抜け、顔の表情がゆるんできました。試乗が終わる頃には、片手をあげて周りの人たちにニッコリ笑いながら手を振る余裕ぶりでした。(笑)
 
「トラックターで旋回するとき、ハンドルをめいっぱい回したのが楽しかった」と言っていました。
 
13:00・・・昼食
          
見晴らしのよい畑の横に張った日よけ用のテントの下で、地元米のおにぎりとたくあん、それと事務局長高倉さんの奥さんが作ってくださったお漬け物を食べたました。
事務局長さんが地元に伝わる昔話をしてくださいました。
 
私は、その話を興味深く聞きながら、種まきの終わった畑と綾部の山々を見ながら、おにぎりを5コいただきました。
 
(食べ過ぎ?!)(だって、とてもおいしかったんです。)
地域のシンボルである「空山」から吹いてくる風が、とても涼しくて気持ちよかったです。14:30・・・そば食
         
手打ち師匠(そば匠 鼓)へ全員車で移動。
 
師匠の手打ちそばを食べながら、そば談義。
 
きょうまいた種は、今年の12月に収穫しそばを食べられるらしいです。
 
自分で作ったそばは、どんな味がするんだろう??
 
気が早すぎるかもしれませんが、手打ちのおいしい年越しそばが食べられそうで今からとても楽しみです。里山ねっと・あやべスタッフ及びそば塾参加者のみなさん、ありがとうございました。
 
子供がはしゃぎすぎて、ご迷惑をお掛けしたことと思います。
すみませんでした。次回のそば塾の作業内容は、鹿(シカ)よけの柵作りです。
 
そばは、シカの大好物らしいです。
 
シカの畑侵入を防ぐため、手作り柵を設置します。
 
自然の山の中にシカがすんでいるのですね!!
 
そういえば、田んぼのあちこちにシカよけ、イノシシよけの柵がありました。
綾部には、シカ、イノシシ、田んぼの中には虫のタガメ、都会から移り住んだ人々、地元の人などいろんな人がいっしょに楽しく暮らしているのですね。
 
ますます綾部が好きになりました。
 
●神田正実さんのプロフィール
 
1964年、鹿児島県生まれ、大阪府在住。会社員。
測量技師&表示登記に関する法務コンサルタント。 
3児のパパ。
 
日々のめまぐるしい忙しさに、体力の限界を感じ「自分はこのままでいいのか?」
と疑問を持ち続けていたときに、綾部に出会う。
2004年5月、綾部の田んぼで、父子そろってはじめての田植えを体験させてもらう。
  
里山ねっとでは、「あやべ里山そば塾(第2期)」に只今参加中。
夢は小さな暮らし、スローな暮らしを実践しながら囲炉裏のある家に住むこと。
 
●神田さん、すてきな体験記をありがとうございました!年越しそば、楽しみですね!
これからも綾部を楽しんでください!どんどん好きになってください!(塩見直紀)

 

Vol.168
神と出会う旅


文・東 智子さん(大阪在住) 

電話越しに キヌ枝さんの声を聞いて、今すぐにでも綾部に飛んで行きたい衝動に駆られました。何だろうこの感覚・・・。気持ちは綾部に飛んでいました。
6月のはじめ、2回目の民泊のためのお電話させてもらったときの事でした。

そして、6月も終わりの頃、NHK(BS2)でキヌ枝さんがの姿が現れ、素敵な笑顔、心地よい綾部なまりで語られているシーンを見ていると、ジーンっと涙が出てきたのです。

初めて、民泊させて頂いた時は、不安や緊張でかなり構えていましたが、今回は構えず、心も体もニュートラルの状態にして「素のまんま」で行く事にしました。

7月31日当日、台風10号の影響で大阪も風が強く時々雨もちらつき、行くべきか否か迷いましたが子供達が「行く!!」と譲らず、決行する事になりました。彼らの荷物の中に水着とゴーグル、花火セットが入っていました。

朝9時に家を出発、近畿自動車道・中国自動車道を通り、秋に行った時には、霧に包まれていた舞鶴自動車道の景色は、美しい田園風景が広がっていました。高速の途中何度も強い横風に車があおられて「ひゃっと」する場面も何度かあり、雨も降ったり止んだりしていたので、子供達の目的が果たせるのだろうかと気がかりでした。

2時間もかからず綾部インターに着き、先ず蕎麦打ち名人須藤さんの新しいお店で昼食。ここから先は道に迷わず、無事キヌ枝さんの家に到着。

子供達は自分の荷物を持ち、競うように玄関に飛び込んで行きました。私もその後に続き、「ただいま!」お仏壇の前で、亡くなられたご主人に「また、お世話になります。お父さんの残された薪使わせていただきます。」と皆で手を合わせました。

そのあと、手作りの蕎麦ぼうろと、畑で採れたスイカを頂きました。かぼちゃ、トマト、なす、きゅうり、は全部猿にとられたそうです。スイカは早めに「ぼった」ので助かったと、その話しをニコニコと話されるキヌ枝さんは、わざと収穫を遅らせて猿達が飢えないように食べさせてあげているのではないかと思いました。

猿達のおこぼれのスイカを食べつくした子供らの声が、谷あいの村に響いていました。「まさか」とは思ったのですが、その「まさか」が的中。服のまま小川で「ジャバジャバ」やってるではありませんか。でも念願叶って遊んでいる姿を見て、そっとして置こうと思いました。

そのまま私は、蔵に行き本を読んでいると急に眠たくなりうつらうつら・・・。虫やカエル、とんびやカラスの鳴き声と、台風の余波で、上空をジェット機が飛んでいるかような轟音が、 裏山から地響きと共に聞こえてきます。そこに、村の中を響く嬉々とした子供の声・・・。なんとも幻想的な空間・・・。
 
そんな中に身を置いていると「虫やカエル、とんびやカラスも、猿も人間も、偉大な自然に生かされているな・・・。」と感じるのでした。里山の人は常にそれを感じ、八百万の神に感謝するんだなと思いました。だから心が強いのね。だから、人にやさしく出来るのね。

強いのは心だけではないでしょう。体もよく動かし、安全な物を食べていますから、都会の人に比べて明らかに健康体だと思います。里山には、心も体も充実したバランスのとれた生活があるのではないかと思いました。だから私は里山の生活を求めているのだと・・・。

怒りの感情を「腹がたつ」と肉体的な部分で表現していたのに、最近は、「むかつく」=胸(心)の部分「頭にきた」=精神の部分の表現になって危険な状態だと聞いた事があります。むかつくと自分の心にも傷を負うのだそうです。ちょっとした事でも、感情が傷にしみて、泣いてしまうらしいのです。

私が、テレビでキヌ枝さんを見て涙が出たのは、無意識に心に傷を負っていたかもしれませんね。キヌ枝さんの心の強さを求めていたのだと思います。都会で住む人間は、心も体も自分自身でコントロールしなくてはいけませんが、なかなかそれが出来ないので癒しを求めるのでしょう。
 
私がボーっとしてる間、子供達は夕飯まで、風や光、匂いや音を、体いっぱいに受け目がキラキラしていました。
五右衛門風呂に2回はいって、豊かな里山の幸を頂き、暗くなるのを待ち、強い風の中 花火を楽しみました。

翌朝、朝食もそこそこに、子供は 虫取り網を持って飛び出して行きました。しばらくすると小川で歓声が・・・。水着とゴーグルは何のため?服を着たまま入るのが楽しいのでしょうね。どうやら午前中の出発は無理のようだったので、キヌ枝さんに昼食をお願いしました。
 
実は、到着した時から、玄関に 半分に割って節がとられた竹がた立て掛けてあったのを、子供はとても気になっていた様子でした。「キヌ枝さん、そうめんをお願い出来ますか?流しそうめんしてやりたいのですが・・・。」「それは楽しいわ。やってみよう。」と、お庭の 二本の名木の木陰に、水が木の根元に流れるように竹を設置し、竹の傾斜角度、水の量の調整をしてセッティングOK。

ざるにいっぱいのそうめんは、キヌ枝さんの口にも、ビデオを撮っていた私の口にも入る事なくほとんど子供達が食べてしまいました。勢いで食べてしまうので普段の倍は茹でないとだめだと言う事も分かりました。

木陰はとても気持ちよく、離れの縁側に腰をかけて醤油で握った紫蘇おにぎりを頂きながら又、ぼんやりしていたら・・・。

この二本の木は、暑い日差しから、強い風から、冷たい雪から数百年この家を護って来たんだな〜。この家に訪れる人達を何も言わずに気持ちよく受け入れて、優しく見送ってきた・・・。
 
そんな庭の木の様な「素のまんま」に、世の中の強い風の合間を縫って、羽を休めにここに来るんだ。いつも黒っぽい服を着ている私は『旅烏』ってとこかな。

この木を吹きぬける強い風はどこへ行くんだろう・・・。「風に乗って遠くへ飛んでみよ。」と風に言われたような気がした。「いつでもここに止まりに来ればいいのよ。」と古木が言ったような気がした。深く息をしたら、地面から脳天へ、風が渦を巻いて「ぞわぞわ」っと抜けていく。その後「ぼわー」っとお腹のあたりから、何かが湧いてくる感じがしました。
 
ふっと我に帰って、時計を見るとちょうどいい時間。なごり惜しみながらあと片付けをして、帰りじたく。最後にキヌ枝さんと記念写真をとり、キヌ枝さんが見えなくなる最後のカーブまで手を降り続けました。

ついさっき降りだした大粒の雨は、車が校庭に入った時ぴたっと止み「里山ねっと・あやべ」の看板がはっきり見えました。1年越しで、やっと塩見さんにお会いできました。思っていた通りやさしいものごしでありながら心の中にアツイ物を持っておられる方でした。お忙しい中いろいろお話しをさせていただきました。

帰りの車の中で、「我々で力になれる事があればしてみたいね。」「どんな事が出来るだろう。」などと話しを弾ませながら帰ってきました。8月1日は、毎年大阪では、PL教団の花火大会があります。夕飯を食べ、屋上に上がって花火を見ていると、生駒山から おお〜っきい、真ん丸のお月様、雲の衣を脱ぎながら出てきました。こんな立派なお月様を見るのは初めてで、思わず、「いい旅をありがとう。いいお出会いをありがとう。」と感謝の気持ちでいっぱいで、手をあわせていました。やっぱりいるのよ神様って。風の神様、川の神様、木の神様、雨の神様、月の神様・・・・。私の神様作りの旅・・・・。
少しは、強くなったかな・・・・?やさしくなったのかな・・・・?あやべ 風の旅・・・・・。

●東 智子さんのプロフィール
1962年京都市生まれ、東大阪市在住。2児の母。
2000年、建築設計事務所SADO(サドゥー)を設立。
パース、デザイン、HP管理、模型、製図担当。
日々めまぐるしい忙しさに、体が資本と実感。
先ず、自分が心身ともに元気になる。
そして、回りの人達にも元気になってもらいたい。
いつまでも自分の足で歩けるように、
ウォーキングセラピストの修行中。
●東さん、2度目のエッセイ、ありがとうございました!
流しそうめん、天の配剤でしたね。すてきな想い出ができて
よかったです!お子さんも綾部を気に入ってくださっていて
うれしいです。本当に尊いメッセージをありがとうございました。
(塩見直紀)


Vol.167
人生探求都市〜綾部での出会いから思うこと〜


文・加藤 泰子さん(奈良在住)

この1年、綾部に通いだしてから、
たくさんの尊い出会いがありました。
これは、その中の一つのお話です。

昨年、そば塾に参加していた時に
夜の交流会で、みなさんと楽しくお話させてもらった後に
そのまま泊まらせていただいたことがありました。

次の日、早起きして行った地元野菜の朝市から帰ってくると
なんだかいいにおいがします。
人が集まっていたので、見てみると
パン作りサークルの人達が、楽しそうにエプロン姿で
パンを作っていました。

そういえば、舞鶴の友達の輝美さんが明日来るよって
言ってたなぁなんて思っていたら
どこかでお顔を拝見したことがある
女の人がパンを捏ねていました。

どこかのお店の人かなぁなんて思ったのですが、
結局その時にはどこでお会いしたのか分かりませんでした。

その方とは、その後参加したつぶつぶ雑穀料理教室や
大阪でのイベントなどで、何度も出会うという偶然が重なりました。

そうしているうちに、彼女に聞いた話にびっくり!だったのです。
実は彼女は、私が通っている三重県にある赤目自然農塾の同じ塾生で、
田んぼで私を見かけたことがあると言うのです。

塾の学習日には、いつも100人ほどの人が来るのですが、
彼女と私は、いつもお互いにすれ違っていたようです。

しかも彼女は、2年前に私が大阪のフェアトレードショップの
イベントで参加したときに集まったボランティアの
4人のうちの一人だったのです。

だから、どこかで会ったことがあると
お互いに思ったんだね!ということでした。
出会いというものの不思議を感じます。

それから、ある赤目での作業日に、彼女と会うことができました。
「やっと畑で会ったね!」なんて言ってたら
またまた偶然にも、彼女の田んぼと私の田んぼは
上の段と下の段という、とても近いところにあるということが
わかりました。

以前、私がこのウイークリーメッセージで「赤目で綾部」(vol.132)を
書かせていただいた時に、ご登場いただいた山本さんご家族の田んぼも、
彼女の田んぼの数枚お隣というご近所。
7000坪ある赤目自然農塾の田や畑の中の偶然でした。

田で水を分け合い、実りを手に受ける。
そんな大切なことを、綾部を訪れた人々と共有することができるとは。

同じような時期に綾部を別々に訪れていた人達が
自然な暮らしに回帰する同じ思いを胸に、ひとつの田んぼに集合していたのです。

「農というものは、適材適所に人が働けて、田で水を分け合うことが、
人との気持ちを分かち合うことにつながっている」
農を大切にされる綾部にゆかりのある方に聞いた言葉です。

赤目の田んぼにも水が入り、
今年も実りを待つ日々が始まりました。

赤ちゃんを連れ、田んぼで汗するおとうさんとおかあさん。
雑穀料理やパン作りなど、お料理が大好きな彼女。
水を分け合う田んぼで青々と凛と立った稲の姿。

天の意に沿う自らの進むべき道がみつかったら
導かれるように不思議な出会いが続くといいます。
私も、その答えの一つをみつけることができているのかもしれません。

綾部にあるもの。
それは、美しい自然の中での
人との出会いと内なる自分への気づきなのかもしれませんね。

●加藤泰子さんのプロフィール
2002年夏、正食協会の料理教室に通い始め、
2004年春に卒業。
マクロビオティックを通して、気候風土と人と食べ物の関係に目覚める。
その後、日本の伝統食や雑穀未来食料理
アジアの国々の料理に出会い
日本各地や世界の食文化に興味を抱いて、ただいま研究中。
自分の育てた野菜で、お料理を。と赤目自然農塾で
田んぼと畑で小さな農を実践している。
いつか田舎に住みながら、農や食を大切にされている方々を
訪ねて歩きたいという夢を抱いている。
里山ねっと「そば塾」卒業生。里山ペンクラブ会員。

●加藤さん、今回もすてきなメッセージをありがとうございました!
人生の大事な出会いがあるまち。そんなまちに綾部がなれたらいいなあって
思いました。加藤さんの寄稿ももう8回!ほんとうに尊いメッセージをありがとうございます!
(塩見直紀)

Vol.166
こかげにごろり


里山ねっと・あやべのオフィスは、
旧豊里西小学校の1年生の教室にあります。

夏もクーラーをつけることなく、
窓を開けて、みなさまのお越しをお待ちしているのですが、

ときどき、トンボが入ってきたりします。

1年に1度くらい、オニヤンマもやってきます。

オニヤンマって、かっこいいですね。

ウィークリーメッセージで綾部へのエールエッセイ
「とんがる土地」を書いてくださった前川正人さんが、
由良川でのカヤックの帰り、立ち寄ってくださいました。

いつもなら、旧校長室にあったアンティークな
椅子に座っていただくのですが、

今回は校舎前にあるクスノキの木陰で話しました。

クスノキの木陰に椅子を置きます。

太陽が動くと、椅子も移動。

子どもが幼稚園でもらってきた韓国・朝鮮の昔話「こかげにごろり」
(金森襄作・再話/福音館書店)を思い出しました。

木陰を独占するよくばりな庄屋さんから
農民が木(木陰権)を買い、そこで憩うというおもしろい話です。

木陰はほんとうにいいなあ。

「ニューヨークの静かでなごめる場所50」という
ガイドブックがアメリカでよく売れているそうですが、

木陰で和んでいると、ふと

「綾部の静かでなごめる木陰50」

が選定できたらと思いました。

木陰力。

いまは「木陰力」が欲しいときですね。

時節柄、ご自愛ください。(文・塩見 直紀)

Vol.165
とんがる土地


文・前川 正人さん(大阪) 
         
和歌山県の北山村に行って来ました。
ここには、私のやっている急流カヤックの有名なフィールドである北山川があるのです。
かつては年に2〜3回は訪れていたのですが、今回は3年ぶりでした。

この村に来ると、いつも感じることがあります。
それは、見事にとんがっているな、ということ。

この村は「"観光筏下り"と"じゃばら"の村」ということで売り出しておられます。
といっても、どちらも説明が必要でしょう。

この村は和歌山県に属しながら、奈良県と三重県に囲まれた飛び地の村です。
山の中の村ですから、かつての主要産業は林業でした。
切り出した丸太は筏に組んで北山川(熊野川の支流)に浮かべ、下流の新宮市に運ばれていました。
その後、道路の発達や林業の不振で、いったん筏下りはすたれました。
昭和54年にこれを観光のために復活させたのが、観光筏下りなのです。

ちなみに観光用として筏に乗客を乗せるのは、全国で唯一だそうです。
北山村に行けば、誰でも北山川の急流を筏に乗って下ることができます。

「じゃばら」というのは、北山村特産の柑橘類、つまりスダチやカボスの仲間のすっぱい果実のことです。

もともと北山村に自生していたものらしいですが、世界で唯一の新品種だと昭和47年に確認されました。
北山村では、この果実を加工して、ジュースやぽん酢、菓子などさまざまな商品を開発しておられます。

かつては、村の売店や和歌山県物産展などだけで細々と売られていたようです。
それがブレイクしたのはごく最近のこと。
「じゃばら」に花粉症に対する効能があることが確認されたのです。
インターネットのショッピングモールという販路も伴って、現在では完売品切れ、予約しないと買えないというほどの人気です。

私も、じゃばら果汁の瓶詰めを買いたいと思っていたのですが、村の売店にも在庫がなく、じゃばら飴だけ買って帰ってきました。

北山村が「とんがっている」と思うのは、自らの村を「観光筏下り」と「じゃばら」の村である、と明確に位置づけておられるところです。
その他の特徴はすっぱりと切り捨てて、アピールするポイントを明確に絞っておられます。

特徴をどんどんと押し出していけば、角が出ます。
角が出るということは、形が変わるということです。

日本の土地にはどこも特徴が少ない、と思うことがあります。
なんだか、ほとんど全部が全部ミニ東京をめざしているのか、わざわざ特徴を薄めている感があります。

形で言えば、円を目指しているようなもの。
角を出さないという方向性です。

「わが土地には、いろんなものがありますよ」と言うことで、かえって個性を目立たなくしているのです。

そんな土地が多い中で、北山村のように明確に「わが土地には、これとそれがあります」と宣言することは、潔く、しかも目立つやり方です。

北山村は人口六百人に満たない小さな村だから出来た、ということもあるでしょう。
他にあまり言うべきものがなかったということもあるでしょう。
とんがったのは、単に結果でしかないかも知れません。

でも、そろそろ日本中の土地が、それぞれのやり方でとんがる時代が来ているのではないか、と私は思っています。

綾部ではない土地の話を延々と続けてごめんなさい。
私が思うのは、「綾部の角はどこに出るのか」ということ。
私の目には、「由良川が流れる土地」としての綾部以外は、なかなか見えて来ないから。

綾部にも、いろんな角になりそうな要素が眠っていると思います。
綾部も、いわば、いろんな原石が埋まっている土地なんです。
だからこそ、綾部の人たちが「綾部とはこんな土地ですよ」という明確な角を見つけて、打ち出してくれることを願っています。

北山村のように、角はふたつとは限らないですが、あまりたくさんの角を出すのはおすすめできません。
ほら、三角形より六角形、八角形より十角形と、角を増やせば増やすほど、円に近づいて来るでしょ。

丸くなろうとするな。角を出せ。綾部!

P.S.
北山村のホームページ
http://www.vill.kitayama.wakayama.jp/
ここに、観光筏下りも、じゃばらも紹介されています。実際に訪れて見るのが一番だとは思いますが、まずはネット訪問してみてください。

●前川正人(マエカワマサト)さんのプロフィール
由良川に通うこと、10年余りになるカヤッカー。
毎週のように、どこかの川でカヤックを漕ぐ。

●前川さん、綾部への「超激励メッセージ」をありがとうございました!いまは前衛であるくらいのほうが、尖っているくらいのほうがいい時代ですね。
いま、日本の多くの市町村が「自分探し」の最中だと思います。一緒に綾部の「角」を探してくださるとうれしいです。
先の「1%理論」に続く尊いメッセージ、ありがとうございました!(塩見直紀)

Vol.164
おじいさんを待つ田



ツバメは夜が明ける4時半頃、
鳴き出し、飛び立ったりするのですが、

しばらくした朝の5時過ぎ、
ブレーキをキイキイと鳴らしながら、
我が家のそばの坂道を降りてくる自転車があります。

きっと、あのおじいさんが朝の勤めに今日も
田んぼを見にいくのだろうなって思っていたのですが、

今日、そっとのぞいてみると・・・

予想どおり、やさしい瞳のおじいさんが
降りてきました。

いつもの帽子をかぶって。

80歳なのにすごいなあ。

「田んぼの肥やしは人の足音」というけれど、
田んぼもきっとおじいさんのことを待っていることでしょう、。

おじいさんも毎朝、見たくってしかたがないって感じです。

すてきな関係ですね。

最近、「林の最良の肥料はオーナーの足跡である」
ということばに出会いました。

田んぼも畑も山も一緒です。

ゴールデンウィークに植えられた田んぼで
今週、穂が出ているところを見つけました。

もう「出穂(しゅっすい)」とは早いですね。

9月の初旬には稲刈りの家が多そうです。

(文・塩見 直紀)

Vol.163
「でこぼこミュージアム」



今の子どもたちには元気がなくて、それがもう限界にまできていて、保育園や学校の庭なんか、でこぼこにしたらいい。

映画監督の宮崎駿さんが言った言葉に、ベストセラー『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)の著者・辻信一さんは唸りました。

そして、こう思ったそうです。

これは庭ばかりではない、ここもかしこも、心の中まで、重たいローラーでまっ平らにされてきた。実際我々は、山を削り、谷を埋め、木を切って、平らにして、コンクリートで固めてきた。いろいろなレベルの平準化というのがあって、文化を文化として、自然を自然として元気にしているはずのでこぼこを、我々はことごとく潰してきたんじゃないか、均してきてしまったんではないか。平らな庭では気配も育たないし、均質な時間の中では神話も育たない、と。
(辻信一対談集『ピースローソク』ゆっくり堂刊)。

最近、我が家の畑に隣接する小高い丘(地目は畑)を引き継ぐことになりました。

登ってみたくなるような小さな丘。ぼくの目から見るとなんとも美しい丘です。
笹に覆われていたけど、少しずつ刈り払い、丘の全貌が見えてきました。

「北海道滝上の丘陵地帯をながめて、『ここにはシバザクラが似合う』と
ひらめいた人、あるいは利賀村の山々を見て『芝居の舞台にいい』と考えた人。

かれらには、その土地のよさも欠点も見出したうえで、人間と自然、人間と人間、人間と歴史とがいま現在もっともふさわしい形でかかわり合えるような、美しい感性空間をつくり出す資質と能力があった」
(『美しい「農」の時代』ダイヤモンド社)

という東大名誉教授・木村尚三郎さんのことばを思い出します。

ここはどんな空間になったらいいかな。

そんなことを思って、草刈りをしていたら、こどもの楽園ともいうべき、「はらっぱ」がいいなあって思うようになりました。

子どももだけじゃなく、大人も、でこぼこを楽しめる空間。

「でこぼこミュージアム」。

里にもそんな空間が要る時代になってきたのですね。
(文・塩見 直紀)


Vol.162
農家民泊体験記
「芝原キヌ枝さんという生き方」 




文・矢尾 まさ子さん(東京在住)
◇ぴちぴちの72歳、登場。◇

今年72歳を数える芝原キヌ枝さんは、バラ色の足裏を持つおばあちゃんだ。
失礼。おばあちゃんなんて呼ぶには若すぎる。
新緑のけぶる5月5日に初めてお会いしたとき、キヌ枝さんは小走りで自宅から出てきて、軽く50メートルは先にいる私たちに向かって大きく手を振って迎えてくれた。

その小柄な身体のすばやいことといったら。到底70代とは思えない。
しかも近寄ると、つやつやした笑顔が少女のよう。
もっとよろりとした「お年寄り」をイメージしていた私たちは、本当にこのぴちぴちした方がキヌ枝さん?と面食らってしまった。

そう、キヌ枝さんは予想を裏切る天才なのだ。
キヌ枝さんが一人で暮らす古い農家での民泊体験。
1泊2日の滞在期間は驚かされることの連続だった。

◇天からのごほうび。◇
キヌ枝さんは、京都府綾部市の山里暮らし。
数年前にご主人を看取ってから、田の字型の広い農家に一人で住んでいる。
周囲には川と田んぼと山だけ。
他には何もない、絵に描いたような田舎風景が広がる。

なにしろキヌ枝さんの家から先は、1.5キロメートルほど集落がない。
ときどきサワガニが横断するだけの、静かなカントリーロードが続いている。
だけどキヌ枝さんの日常は、都会の人間が想像するようなさみしさとは無縁だ。

なぜならキヌ枝さんには赤ピーマンがある。
嫁いで50年目の去年、長年続けてきた米づくりに「今までよくやった」と区切りを付けた。

年金があるから、ぜいたくをしなければ暮らしていくことはできる。
だから今は好きな赤ピーマンの栽培だけを細々と続けているのだ。
ご主人と二人でずっとやってきた赤ピーマンづくりは、半分仕事で半分は趣味のようなもの。
できのよいものは農協に出荷するけれど、お友達やご近所に分けて喜ばれるのが何よりうれしいと顔をほころばせる。
このお顔がなんともかわいらしい。
また、キヌ枝さんには生け花がある。
昔からコーラスやバレーボールなどいろんなお誘いはあったけれど、ハードな農業をしながら子育てをし、パートの仕事もしていたから、趣味は生け花だけと決めた。
その代わりこれだけは続けさせてとご主人とお姑さんに頼み込んで、京都市の家元のところに8年間も通い続けたというパッションの持ち主だ。

もちろん今でもお花が大好き。教室で後進の指導に当たることもある。
玄関先の壷にさりげなく投げ入れられた野花のアレンジメントを見ていると、キヌ枝さんの少女のような感性は花との対話から生まれているのかも知れないと感じる。

そして、70歳になったキヌ枝さんに突然降ってわいた話。
それが旅人に自宅を開放する「農家民泊」の受け入れ先になることだった。
もちろん農家民泊なんて聞いたこともない言葉だったけれど、元来人間好きのキヌ枝さんは、そのコンセプトを受け入れた。

民泊を始めて2年が経つ今、やってくる旅人との出会いはキヌ枝さんの生きがいになっているという。
「どの時代が一番よかったかって聞かれるけど、いつだって今が最高よ!」
そういって生きる喜びをほがらかに享受しているキヌ枝さん。

「農家民泊」のコンセプトは、
天が彼女に授けてくれたごほうびだという気がしてならない。

◇農家民泊「素のまんま」、誕生。◇
そもそもキヌ枝さんが民泊を始めるきっかけとなった出会い。
これがまたご縁を感じる物語なのだ。
それは、キヌ枝さんが綾部市の公募する「21世紀に残したい綾部」のエッセイに幼いころの思い出を書いて応募したことに始まる。
用事があって出かけた市役所で、たまたま応募用紙を目にしたのだとか。
「そのころちょうど自分史を書く講座に2年間通って、少女時代の思い出をまとめたところだったの」

フットワークの軽いキヌ枝さんは、早速書き溜めた文章のうちの一部を応募した。
腰と同様、軽い気持ちだったらしい。

すると、それを読んだというある人から電話がかかってきた。
「芝原さんに、ぜひお目にかかりたい」
愛用のカブでどこへでも出かけていくキヌ枝さん、「こんな田舎じゃ来てもらうのも申し訳ないから、どこかで会うことにしましょう」というと、
「いえ、お住まいのご自宅に伺いたいんです」と電話の声。
ハテサテ不思議なことをいう人がいるものだと思いながら迎えた人が、塩見さんという若い男性だった。

◇運命の縁側会談。◇
綾部市には「里山ねっと・あやべ」というネットワークがある。
閉校になった小学校の校舎を利用し、綾部市や里山体験、移住などに興味を持つ人たちのための情報発信基地となっているのだ。

塩見さんはこの里山ねっと・あやべのスタッフの一人で、豊かな里山風景が残る綾部とそこに暮らす人の魅力を、いろんな形の情報発信で世の中に伝えようとしていた。

初めての電話があってからほどなくして、キヌ枝さんの庭に面した縁側のテーブルセットで、運命の縁側会談が行われた。
ふたりは会ったその日に意気投合。とっても話が弾んだらしい。

キヌ枝さんは穏やかな塩見さんのやわらかな佇まいに心をひかれ、塩見さんもキヌ枝さんのつつましくもポジティブな生き方に感銘を受けた。
お茶を飲み飲み話すうち、キヌ枝さんが
「この家も一人じゃ広すぎてもったいないから、若い人でも来てくれるといいんだけど」
と何気なく漏らした一言を、塩見さん、聞き逃さなかった。

「えっ、本当ですか、芝原さん?! だったらぜひ農家民泊をしましょう!」と熱っぽく説得され、とんとん拍子に話がまとまったのだとか。

塩見さんは塩見さんで、田舎で小さな農を営みながら本当にやりたいことをして暮らすという独自のスローライフを模索する中で、
「綾部にはたくさんの宿がない。都会の人にゆっくりと里山の魅力を知ってもらうために、普通の農家が旅人を受け入れてくれたら…」
と常から考えられていたようだ。

ふたりの出会いは必然だったに違いない。
芝原さんと塩見さんにお会いして、ますますそう感じた。
民宿ではないから、特別気取ったおもてなしはしない。
気を張ることなく、ありのままの家でお迎えするから、旅人もありのままの姿で来てほしい。

芝原さんが自宅に付けた屋号「素のまんま」には、そんな優しい心遣いが表れている。

◇書きたいけど、書きません。◇
実は芝原さんからは、面白い話や、ためになる話をたくさん伺った。
正直言って、お食事しながら話しているだけで涙が出たことも一度じゃない。
芝原さんの口から出る一つひとつの言葉が、心にすぅっと染みて、気が付いたら知らない間に涙がこぼれているのだ。

私の魂をゆさぶった芝原さんの生き方や人生観。
体験したすべて、学んだすべてをここに書きたいけれど、やっぱり書かないことにしようと思う。

この文章を読んだ縁ある方が、いつか綾部を訪れ、そして芝原さんにお会いして、直接何かを感じ取ってほしいから。

先入観や予備知識なんてなくていい。
ただ、綾部に行って、芝原さんに会ってみてください。

芝原さんご自慢の五右衛門風呂に浸かって、お風呂上りに足裏マッサージをさせていただいたこと。
芝原さんの足の裏がとっても健康で、バラ色に輝いていたこと。
蔵を改造した離れの茶室で、知らない間に昼寝をしていたこと。
そろそろ夕食を食べませんかと起こしに来てくれたとき、里山の夕暮れがとても静かで美しかったこと。

土の匂いや草の匂いと一緒に、そのときの情景が昨日のことのように思い出せる。

「私たちは夫や息子を戦争に取られずに済んだ。なんていい時代に生まれたんだろう」
「どんな理由があっても戦争はよくない」
テレビを見ながらそういった芝原さんの真剣な横顔。
思い出すだけで涙が出てくる。

こんなに毎日に感謝して、朝が来ることに感謝して、周りの人や自然に感謝して、私は生きているだろうか?
足もとの虫から見知らぬ世界中の人々にまで、こんなに深い愛情を持って生きているだろうか?
芝原さんの生き様に触れることができたことが、私たちの幸せです。
優しく迎え入れてくださって、本当にありがとうございます。
また、絶対に、近いうちに、遊びに行きますからね!!
今度はもっともっとたくさんの友人を引き連れていくかも知れません。
かなり賑やかになるかも知れませんが、どうぞ覚悟しておいてくださいね。

●矢尾まさ子さんのプロフィール
1975年、福岡生まれの転勤族育ち。東京在住3年目。
個人美術館の学芸員を経て、企業の存在価値やワークスタイルの可能性を伝えるライターへ転職。結婚を機に、天から与えられた使命を探す旅を始める。
レイキ、玄米菜食などを実践する中で、綾部に出会う。
現在は育ててくれた制作会社で週休4日(火・水・木)勤務を実現し、半会社員ライター・半天職探しの日々を送っている。

●矢尾さん、すてきな応援メッセージをありがとうございました!
綾部を気に入ってくださり、本当にうれしいです。再訪をお待ちしております!

●里山ねっと・あやべからインフォメーション
NHK衛星放送開始15周年記念番組「初夏 里山の音景色」
(NHK・BS2、2004年6月27日放映)で農家民泊「素のまんま」の芝原キヌ枝さんが紹介されました。
おかげさまで「素のまんま」は7〜8月の間、農家民泊体験希望の予約でいっぱいとなっています。
大変ご迷惑をおかけいたしますが、9月以降のご予約をよろしくお願い申し上げます。
(里山ねっと・あやべ事務局))
そこで、里山ねっと・あやべオススメのすてきな農家民泊体験先をご紹介します。


Vol.161
あやべ、ゆったり・くつろぎの旅・・・
美味しい☆編




文・加藤 輝美さん(京都・舞鶴在住)

6月19日の朝、“今日は一週間ほど前に、綾部の駅近くにOPENした珈琲とギャラリーのお店『ぐう』さんを訪ねてみよう”ということになりました。

その日はお天気も良く、夫は少し前にヨーロッパから届いた新しいヘルメットを嬉しそうに着け、バイク(400CC)に二人で乗り、出かけました。

『ぐう』さんの店主、衣川さんは福知山在住の方ですが、私が去年参加した里山ねっと・あやべの「そば塾」と、今年行われた「古民家見学ツアー」でご一緒していました。

その後、私が里山ねっとで石窯をお借りして、一日カフェ“ほんわか・かふぇ”をさせてもらった時にも来て頂いてたのでした。

お昼頃、綾部に着き『ぐう』さんの前に行ってみたのですが、その前に食事に行こう(ぐうさんも軽食があるみたいです)と、前から気になっていた『ゆらり』さんに行く事にしました。

建物は古民家で、ジャズがかかっていておしゃれです。

丁度、お昼時で店内はお客さんでいっぱいでしたが、窓側の席を頂いて、由良川を眺めながら夫はコロッケ定食を、私はゆらり定食を頂きました。

窓も大きいので、由良川がより迫力があって、すごく贅沢な気分でした。

食後、外に出ると由良川でカヤックを楽しんでいる方たちが見えました。

何度かウィークリーメッセージを書いていらっしゃる前川さんかな?と思いつつ、『ぐう』さんに向かいました。

『ぐう』さんは町家の古民家で、お店の名前が入った暖簾が目印です。

OPENして間もないから?なのか、看板がまだ出ていないので、一見何のお店かわかりません。
これがまた、隠れ家的でいい感じです。

店内に入ると、広い土間があり、太い梁があり、古い家具があって、おしゃれで、でも、とても落ち着きます。古民家に憧れている私には、とても羨ましいような雰囲気です。

板の間にはテーブルがあり、畳の部屋もあって、夫は昼寝がしたいと言ったくらい、くつろげました。

ギャラリーも併設されているので、今は人形作家さんの人形がたくさん飾られていました。ご主人の作られた、かわいいフクロウや招き猫のあかりも所々飾ってあり、いい感じです。

『ぐう』さんでは久しぶりの“パフェ”を頂きました。
靴を脱いで、畳の部屋でパフェが食べられるって、なんだか贅沢でシアワセな気分です。
衣川さんが3月のほんわか・かふぇの時に言ってらした夢ってこれなんだ、と思いました。

あれから3ヶ月も経っていないのに、すごいです。
10年間この夢を温め続けてきたそうです。時期が熟すと(今だよ!って、天から教えられるのでしょう)

物事はどんどん進んでいくみたいです。

私も自分が楽しめる事を続けていきたいなぁと思いました。
衣川さんとお話をしていて、もう1軒寄る事にしました。
でも、これは秘密(^_-) ☆ミ です。また続きとなります。

1日に3軒、綾部で美味しいものを頂いて、すごくのんびりくつろいで、シアワセな気分になれました。

綾部にはまだまだ教えたくないけど!?美味しくってゆったり気分になれる所がいっぱいあります。(つづく)
    
※「ゆらり」・・・電話0773−40−2277/綾部市並松町寺下1−1
 「ぐう」・・・0773−42−1468/綾部市本町3丁目

●加藤輝美さんのプロフィール
1966年 岐阜県生まれ 舞鶴市在住。
5年程前から食に興味を持ち始める。
2002年から大阪「正食協会 クッキングスクール」に通いはじめ、2004年春、師範科卒業。

趣味は天然酵母パンやマクロなお菓子、味噌、梅干となんでも作ってしまうこと。
将来は木の香りいっぱいの家に住み、小さな畑とマクロなパンカフェとイベントや宅配などもやってみたいと、ムクムク夢膨らむ今日このごろ。

里山ねっとでは「そば塾」「とよさと石窯ゆめ工房」などに参加。

●加藤さん、すてきなエッセイをありがとうございました!
夢が叶うって、すてきですね。「いつか綾部を訪れたい!」とみんなが言ってくださるようなすてきなまちへと綾部が育ってくれますように。
探訪記の「つづき」もまたよろしくお願いします!ありがとうございました。
(塩見直紀)

Vol.160
情報発信する廃校たち



綾部のまわりに、情報発信する廃校舎を活用したすてきなスペースがあります。

「NPO法人 地球デザインスクール」(京都府宮津市)
http://www.e-ds.jp/

「篠山チルドレンズミュージアム」(兵庫県篠山市)
http://www.city.sasayama.hyogo.jp/children/index.html

「風音(ふうね)」(福井県小浜市)
※カフェ&ギャラリー、クラフトショップ(+木工家のアトリエ) 
http://www.fuku2.co.jp/huune.html

そんな素敵な「元学校」に出会って、「情報発信する廃校たち」ということばが生まれました。

里山ねっと・あやべのホームページのトップページには「工事中」として、以前から、そんなことばを入れてきました。
いつか大きく育てたいと思っているコンセプトです。

廃校と情報発信。
廃校と情報発信って、正反対じゃないの?

情報発信する廃校って、まったく関係がなさそうなのに、どうして?
そう思ってもらえるとうれしいです。

ある教育学者がこんなことを言っておられました。
いままでの教育は「受信偏重型」だったけど、
これからは「発信型教育」になるであろうと。

もちろん受信あっての発信だけど、社会に、世界に向けて積極果敢に発信していくことを前提とする教育というものが求められる時代になる。
そんなメッセージだったと思います。

子どもの数が減って、学校が統廃合になっていく。

統廃合後、学校は新しいいのちを得て、発信基地となっていくという不思議。

廃校となった校舎という器に魂が入れば、新しい物語が始まっていくのですね。

21世紀の生き方、暮らし方を考えるための情報発信。
里山ねっと・あやべから、発することができたらいいな。

(文・塩見 直紀)


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※このコーナーでは週一回、里山ねっと・あやべからのメッセージをお送りします。
ぜひご意見をお聞かせください。(事務局 塩見直紀)


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