このページでは、「スローライフインアヤベ」をテーマに、毎月1回、里山的な暮らし方を紹介します。
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●里山的生活23「雨の日の散歩」

2003年3月

先日、当地域のみそづくりグループである「空山グループ」さんから、「春を召し上がれ!」と作りたてのフキノトウ味噌をいただきました。

今年は野で見つけるより、食するほうが早かったフキノトウ、です。ごはんにのせて早速いただきました。春の食は、やはり苦味。身体によく効きそうです。

雪が降る数日前、里山ねっとがある鍛治屋町から小畑町本城奥まで、カッパを着て、雨の中を散歩しました。雨の中の散歩は本当に久しぶりです。

フキノトウが多い地域を見つけたり、今日はカワセミがいないかなとそっと土手を歩いてみたり、昔いたという山椒魚はこのへんかなと水の流れを追ったり・・・と、楽しいひとときでした。

車やバイクの運転中では入ってこないたくさんの自然情報を五感で感じながらのレイニーウォーク。なかなか乙なものでした。

今日はアゼイリア牧場(村上牧場)の牛たちも屋根の中に非難し、雨の午後をのんびり過ごしているようでした。

空山グループさんの味噌づくりの作業場を訪ね、先日のKBS京都テレビのロケのお礼をいって、自宅に戻りました。戻る頃には雨もすっかりあがっていました。

雨の日の、思索の散歩もおすすめです!(文・塩見直紀)
●里山的生活22「帰郷」

2003年2月

故郷・綾部にUターンしてまる4年が経ちました。

1999年1月末、家族で京都市内からUターンして早いもので4年になります。指折り数えてみて、驚きました。帰郷といえば、30歳で夭折した抒情詩人・中原中也(なかはら ちゅうや)の代表作に「帰郷」という詩があります。

詩人・中原中也は1907年(明治40年)、現在の山口市湯田温泉で中原医院の待望の長男として生れました。成績優秀でしたが、文学に耽って、山口県立中学を落第し、京都立命館中学に転入。そこで詩人・富永太郎や高橋新吉の影響を受け、詩を書き始めます。

1925年(大正14年)上京。小林英雄、大岡昇平らを知るにおよび、詩的天分が開花し、評価されるに至ります。この年、詩に専念しようと決意。18歳のときのことです。1937年(昭和12年)、病のために30歳の若さで、鎌倉の地で亡くなりました。
すでに意識が朦朧としていた病床で、母親が「早く山口に帰ったらよかったね」と話しかけると、そのときばかりは「そうそう、そうそう」とはっきりと答えたといいます。

中也が生れた山口市湯田温泉を訪れる人は、盆地にかこまれた、あまりにも静かな町のたたずまいに驚くそうです。山口は日本最初のキリスト教布教(天文18年)の地でもあり、中也の祖父は熱心なカトリック教徒で、幼い中也をつれて、山口の教会によく通いました。のちの中也が宗教的情熱を帯びたのも、ふるさとにおける幼き日の感化によるものかもしれません。また、山口市内を流れる椹野川、やわらかな曲線を描く姫山、中国地方の和やかな月光、静かなたたずまい・・・は、春秋、中也の詩魂を養いました。

早熟な天才は16歳で恵まれた故郷のまちを捨て、京都、東京へと行き、生涯再び山口の町に安住することはありませんでした。

啄木が、犀星が、白秋がそうであるように、日本の詩人たちは、遠く離れた故郷を意識し、魂をふるわす詩歌を残しています。

2月1日は旧正月でした。故郷を思う中也の詩をいま心をこめて贈ります。(文・塩見直紀)

帰郷   中原中也

柱も庭も乾いてゐる/今日は好い天気だ/縁の下では蜘蛛の巣が/心細さうに揺れてゐる
山では枯木も息を吐く/あゝ今日は好い天気だ/路傍の草影が/あどけなく愁みをする
これが私の故里だ/さやかに風も吹いてゐる/心置きなく泣かれよと/年増婦の低い声もする

あゝ おまへはなにをして来たのだと・・・・・/吹き来る風が私に云う
●里山的生活21「夜8時に眠るくらし」

2003年1月

幼稚園の娘と一緒に夜8時には、ふとんに入り、数冊の絵本を読み、一緒に眠るようになり、1年経ちました。以前は娘が眠ったあと、そっとふとんを抜け出し、「思いをめぐらす時間(solitude time)」にしていたのですが、「一緒に寝よう!」と決め、毎朝3時に、起床する朝型にシフトしました。

私の「朝の時間(“天使の時間”と呼んでいます)」を支えてくれているもの、それは「豆炭(まめたん)こたつ」です。

田舎で生まれ育った私ですが、子どもの頃は、堀炬燵(こたつ)には練炭が入っていました。夜には、祖母が五右衛門風呂を焚くときに、家族分の「あんか」(豆炭1個を入れる暖房器具)を用意し、ふとんに入れておいてくれました。

豆炭こたつは、里の早起き生活を楽しいものにしてくれています。大寒の3時だって、暖かいこたつが待っていてくれるかと思えば、起きられるから不思議です!

8時に寝て、3時起き。睡眠時間は7時間もあります!天使の時間。みなさんもいかがですか!(文・塩見直紀)
●里山的生活20「ことし いちばん うれしかったこと」

2002年12月

夜8時、ふとんの中で父子の絵本タイムが始まります。5歳の娘との、かけがえのない楽しいひととき。子どもの本を読んでいると、いろんなことに気づかされます。

11月、娘と図書館に行き、中川李枝子さんの名作絵本「ぐりとぐら」シリーズ『ぐりとぐらの1ねんかん』(文 中川李枝子・福音館)を借りてきました。主人公のねずみ「ぐりとぐら」が1年12ヶ月の、自然や旬の食べ物、歳時、行事などを楽しみながら、たのしい1年間を暮らしていくというかわいい絵本です。1年の最後の月、12月のページに素敵なメッセージがありました。

もうすぐ ことしと おわかれ/さよなら パーティ しましょう/みなさん どうぞ きてください/ごちそう つくって まってます/きた ひとは/ことし いちばん うれしかったことを/おはなししてください

「ことし いちばん うれしかったこと」という言葉が心に残りました。眠りについた娘の寝息を聞きながら、ふとんの中で考えました。今年もたくさんの「うれしかったこと」があったなと。私にとって、「ことし いちばん うれしかったこと」。家族にとって,「ことし いちばん うれしかったこと」。・・・この地球にとって、「ことし いちばん うれしかったこと」。

今年も残りあと少しです。みなさんにとって、「ことし いちばん うれしかったこと」って、何ですか?(文・塩見直紀)
●里山的生活19「庭先学」

2002年11月

里山ねっとは2000年7月に発足、現在3年目に入っています。里山ねっとが「誇れること」って何だろう。もしかしたら、これが里山ねっとの未来を育てるのではないかなと思うことが少しずつ見えてきています。

自信をもっていえること。その1つが地元とのコミュニケーション紙「里山ねっと通信」を地元(豊里西地域・3町・約250戸)にスタッフが一軒一軒配布していることではないかと思っています。5つの自治会を通じて、配布していただいたり、郵送するということも可能なのですが、里山ねっとでは当初よりスタッフによる戸別配布を大事にしてきました。配布のひととき、それはとっても大事な大事な深い時間です。この風景がいいなあ・・・といろんなことを発見したり、これは何ですか?と会話をしたり、いろいろな思いをめぐらす思索の時間でもあります。

菊花展(11月3日)を前に、新しく編んだ通信を手に、4人のスタッフが手分けをして地元をまわりました。玄関前には出展されるたくさんの菊が並び、また収穫された小豆がムシロの上で乾燥させてあったりと、庭先は季節や暮らしを感じ、そして、少しオーバーですが、生きるということも教えてくれる先生です。「庭先学」は未来を育てる21世紀の希望の分野です。(塩見直紀)
●里山的生活18「秋祭りの思い出」

2002年10月

10月14日(月・祝)、里山ねっとのある豊里西地域において秋祭りがおこなわれます。人材難?で音楽には1番遠い私にも囃子の歌(唄)の大役がまわってきました。

小学校の頃は、おもちゃ屋等の露店もたくさん出て、親せきも集まり、それはそれはにぎやかな祭りでした。2階の部屋から見ないと人だかりで見えないほどの賑わいだったそうです。

祭りが近づくと、近くの公民館の前では、夜、子ども太鼓の練習があります。私の小学校時代(昭和46年〜)は、たき火をして、暖をとりながら、子どもたちは長い長い列を作っていました。男児だけでも多すぎた時代を経て、40年代の終わりには、女児も参加するようになり、いまでは小学生は約10人です(戸数約80)。子どもの頃は長い列で、本当になかなか順番が回ってきませんでした。いまはあっという間に、太鼓を打つ順番がやってきます。

父が桐の木を切って作っくれた太鼓のバチをもって、夜7時、満天の星を見ながら、公民館に向かう途中、公民館横の畑に立てられた7段稲木に干された稲の香が風に乗って、香ってきたことをいまもそこを通るたび思い出します。思い出に残る「里の秋のにおい」を1つあげるなら、その天日干しの稲のにおいでしょう。いま、子どもたちは稲木にかけられた稲のにおいを嗅ぐことは本当に少なくなっていますが、子どもの頃、五感で感じたことは大人になっても忘れないものです。

明日も20数名の青壮年は夜、囃子の練習です。村祭が近づいてきました。子どもの頃、習った童謡「むらまつり」がふと口から出てきます。(塩見直紀)
●里山的生活17「7年目の米づくり」

2002年9月

手刈りとバインダーによる我が家の2反の稲刈りがやっと終わりました。稲木で天日干し、お日様による乾燥の最中です。手刈りした稲を藁(わら)で束ねる作業も少しずつ上達してきました。最近では超大型コンバインで稲刈りを委託して刈ってもらう家も増え、そうした田では数時間くらいであっと言う間に終わっていきます。コンバインは稲を刈りながら、脱穀をし、わらを裁断、田に撒いていきます。4つの仕事を1度にしてしまいます。できるだけ、化石燃料に頼らない小さな農をしたいという思いでやってはいるのですが、文明の利器を目の当たりにすると、本当にすごいなあと思います。

田植えや稲刈りを手伝いによく来てくれる(大学で環境工学を専攻していた)友は、米づくりにいったいどれだけの化石燃料が必要か、関心をもっています。米づくりに、年間、いったいどれだけのガソリン(田植え、稲刈り、トラック・・・)、重油(耕うん機・・・)、混合油(草払い機)がいるか、その問いと課題をかかえ、ずっと米づくりをしてきています。

天日干しをするということは機械乾燥をせずにすみ、それだけエコなのですが、大変な労力も要ります。いまはまだ若いからできるのかもしれませんが、そんな中から見えてくるもの、感じるものを大切に、持続可能な農、楽しい農を求め続けていきたいと思っています。新米を味見できる日が・・・どんどん近づいてきました!(塩見直紀)
●里山的生活16「哲学の田んぼ 再考」

2002年8月

里山ねっとがある豊里西地域では、5月上旬に田植えが行われ、小さかった苗もたくましい稲へと生育しています。7月中旬には「穂が出たね」と育ての親たちが挨拶をかわすようになりました。早い家では8月の最終日曜日に稲刈りがおこなわれました。「スローな米づくり」の我が家もそろそろ稲刈りの準備をしないといけません。
23日の処暑を過ぎ、秋はどんどん近づいてきています。最近、「哲学の道」ならぬ、「哲学の田んぼ」ということばがふとこぼれてきました。田んぼの畔に座り、風を感じる。素足で田に入り、土や水にふれる。空を自由に飛び、そして、恋するトンボたちを見る。この国を、地球を思う。こうした思索の時間も、田んぼのもうひとつの機能、副産物です。もしかしたら、これは主産物かもしれません。あらためて、いま思うのです。本当にそうかもしれないと。だって、「思う」という漢字は「田」に「心」と書くのですし。(塩見直紀)
●里山的生活15「昆虫少年にもどる夏」

2002年7月

丹波・綾部の里山で暮らしていると、昆虫少年だったあの頃の思い出が懐かしく甦ってきます。先日、母の実家がある位田町に行ったら、子どもの頃、いとこと聞いたクマゼミのことを思い出しました。位田町にはクマゼミがいたのです。里山ねっとがある豊里西地域で、クマゼミの声は聞いたことはありません。子どもの頃は、クマゼミが捕りたいとよく思ったものです。都会はクマゼミですね!名前の通りのパワフルなセミです。先日、5歳の娘と網をもって、虫捕りに近所の神社やお寺にいってきました。「この声がヒグラシで、今鳴いているのがアブラゼミ、そっちはニイニイゼミだよ」と教えてみます。今度、どこかで「この声がクマゼミだよ」といえるかな。クマゼミさん、待っていてね。子どもの頃、父から買ってもらい、大切にしてきた昆虫図鑑。いま、娘が見てくれています。(塩見直紀)
●里山的生活14「大切な時間」

2002年6月

「締め切り日のない夢は実現しない」という言葉があります。人にはときどき締め切りが必要なようです。里山ねっとの事務所のあるこの地域には最近、次のような締め切りがありました。それは農道の草刈りの締め切りです。6月20日までに農道の草を刈る決め事です。締め切り間際になって、草刈り(刈払い)機をびゅんびゅんうならせました。

畔に座って休憩をしていると、1センチくらいのショウリョウバッタのかわいい子ども(孵化して幾日?)がいました。秋には体長10センチの大きなバッタに育っていることでしょう。畔の草刈りはいっとき、虫たちの生活圏を奪うことになりますが、生い茂った草を刈ることで多様な植物に、生息のチャンスを与えることになると知り、楽しいものになりました。畦の草刈には深い深い農の哲学があります。(塩見直紀)
●里山的生活13「光に会えるチャンス!」

2002年5月

我が家の田植えの季節が近づいてきました。村々は連休中に田植えをしますが、我が家は5月中旬、例年おこなっています。一宮神社前の2反の田んぼが我が家の1年分のお米を授けてくれます。50メートル×60メートルの3反の田んぼですが、33%、減反しないといけませんので、1反の休耕となります。
久しぶりに田の周囲の草刈りをおこないました。草刈り機をかけたり、農作業をしていると、いろんなことが脳裏を去来します。個人的な市民活動のこと、こどもや家族のこと、虫や草々のこと、環境のこと、未来のこと、農作業する地域のお年寄りのこと、人にはどれだけの土地が必要かなど・・・。まじめなもので、「里山ねっとの未来」のこともいろいろ想ったりします・・・。農作業の時間は自己との対話の大切な時間です。(塩見直紀)
●里山的生活12「摘み菜の楽しみ(2)」

2002年4月

晴れた日曜日、鍛治屋町から小畑町まで家族で散歩をしていたら、熊野神社付近の道端にはカンゾウ(甘草)を発見しました。こうして、我が家の植物マップにどんどん書き込まれていきます。大地を重機で触ったら、白花タンポポは生えてこないと聞いたことがありますが、まだまだたくさん野辺にあります。西洋ではタンポポの根をコーヒー代わりに飲んでいます。「タンポポコーヒー」といって、慢性の肝臓病に効き、母乳の出もよくなり、浄血などよい飲み物のようです。伝承和法でもタンポポは諸病に活かしたようです。
岡山の山中にもかかわらず、年間三千人のファンが訪れるという話題の自然派民宿を経営されている方が、タンポポの根っこを掘り、通常は黄花タンポポの根っこを、貴重な白花タンポポは特別用にされていたことをふと思い出しました。外来の黄花タンポポは生命力が旺盛でどんどん増えていきますが、白花はそうではなく、デリケートな植物のようです。アイヌ民族のように、必要な分だけ採る生活哲学をもって、大事な植物資源を後の世にも残していきたいと散歩しながら思いました。
※「タンポポコーヒー」は里山ねっとでも試飲いただけます。お気軽にお越しください。用がなくても来れるようなサロン(場)になれたらと願っています!(塩見)
●里山的生活11「摘み菜の楽しみ(1)」

2002年3月

10年ほど前から、農を始める人、農に関心がある人が周囲に増えていることを感じるようになりました。気がつけば、今はそんな友人・知人が大半になっています。数年前、知り合った出石郡但東町に新規就農した30歳の夫婦が春、我が家に遊びに来てくれました。そのとき、お土産に持ってきてくれたのが、野草の「カンゾウ(甘草)」でした。食べてみると癖もなく、一緒に鍛治屋探索に行くと、いっぱい生えていて、我が家の「春の献立」に加わることになりました。今年はふきのとうも早く、立春にはてんぷらとなり、食卓にのぼりました。小畑の空山グループさんは今年から商品に「ふきのとう味噌」を加えられ、「里の幸」によって、小さな幸せがどんどん広がっていくことをうれしく思います。我が家ではノビル、ゼンマイ、ワラビ、ツクシ・・・などを自然からいただいていますが、この地の先輩方はどんな山野草を食べて来られたのか、知りたくなりました。そこで「山野草に関する豊里西の食文化アンケート」(試作版)を作ってみました。ご近所の山下富美子さんのご好意で、月1回鍛治屋公民館に集まられ、懇親を深められておられる「御詠歌思い出会」、並びに鍛治屋町の「農業生産グループの旧会員」のみなさんにアンケートをご協力いただきました。
25種類の山菜・野草について、「昔食べた」「今も食べている」「調理方法」等について、記入いただきました。学び多き貴重な資料となりましたこと、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。昨秋、現代農業の増刊号として『孫よ!〜土と遊び ふるさとに学べ〜』(農文協)が発刊されましたが、昔から伝わる知恵や食文化、経験等を、子ではなく(1世代飛ばして)、「孫の世代に伝えよう!」という動きがあります。以前、里山ねっとの勉強会で講演いただいた竹田純一さん(里地ネットワーク事務局長)も「特に73歳以上の人にいっぱい教えてもらってください!」とおっしゃっています。里山ねっとでは平成14年度は地域資源(地域に埋もれた宝)の調査・探索を重点事業にしてまいります。(塩見直紀)  
●里山的生活10「待つ文化」

2002年2月

寒に入るとそろそろ味噌を仕込まなくてはと、そわそわしてきます。我が家では、朝晩の味噌汁は必需品で、4歳の娘もこれがないと文句をいいます。年に1度の大切な行事、今年も無事過ごせますよう願いを込めて、心を込めて、7年ほど前から、みそづくりをするようになりました。昔ながらに薪で大豆を煮、杵と臼でつき、自然塩と自家製の糀を加え、ちょっと粒のある田舎風にします。以前は牛にもお産の後は味噌汁を飲ませ、産後の身体を回復させたと聞きました。自家製の米とともに、味噌は私たち家族の元気の源です。私たちが手塩にかけて育てた大豆と米で仕込み、一夏から二夏寝かせます。待ってこそ美味しく育ち、まろみが出てきます。何でもすぐに買ってきて、電子レンジで温めて出てくる時代ですが、この「待つ時間」「待つ文化」とはなんて贅沢な暮らしなのだろうと思います。先人からの知恵の贈り物であるこの「発酵文化」をなんとか子の時代にも、後世にも伝えていきたい。それは私たち現世代の大事な「世代の仕事」ではないかと思うのです。
●里山的生活9「持ちつきがもたらしてくれるもの」

2002年1月

先の田舎暮らしツアーの最終日、小畑町の西山徹さんにお餅つきをお願いしました。
西山さんは各方面から餅つきの依頼も多く、手塩にかけて育てられた餅米「新羽二重」でおいしいお餅をつかれます。民泊ホストの大槻一幸さん(小畑町)に「こづき」の見本を見せていただき、餅つき体験が始まりました。小さな子どもたちが力をあわせて、初めてつく姿にみんなの笑みがこぼれ、また、東北大学の学生さん(里地ネットワークのスタッフ・出川さん!)がふらふらしながらつくとき、「よぃしょ!」とみんなで掛け声をかけあって応援したり、何ともいえない素敵な空気がその場に流れていました。餅つきにはしあわせを招く「何か」がきっとあるように思います。そんなことを考えさせられたよいお持ちつきでした。西山さん、ありがとうございました!
※小学低学年だった昭和40年代の後半、餅つき機が我が家に来てから、杵臼はお蔵入りしたのですが、6年ほど前から、かまどで薪を焚くお餅つきを伯母の家に学びに行き、復活しました。次の世代にもなんとか伝えたい里山の暮れの風物詩です。(塩見直紀)

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