●バックナンバー101〜120
 
Vol.120
つけパー(おつけものパーティー)



夢が1つ叶いました。おつけものパーティーをしたいという夢です。

その夢は農家民泊「そのまんま」の芝原キヌ枝さん宅でお友だちのお漬物の達人・阪田八千代さんとお出会いしたとき、ふと自然に生まれました。8月末、お二人が企画してくださいました。お二人の年齢を足して2で割ると、なんと60数歳!人生の先達が企画してくださったのですから、素敵でないはずがありません。

「綾部の市民企画力」ってすごいなあと思いました!21世紀はそんな市民企画力の時代です。

綾部に移住し、みそやしょうゆづくりをしている松尾博子さんをはじめ、伝統食に関心がある人、先輩の知恵を継承したい人、食の未来を危惧する人、そして、食べることが大好きな若い女性、お母さん、子どもたちがたくさん参加してくださり、すてきな場となりました。

芝原さんも阪田さんも真剣な想いを持つ若い世代の参加が刺激となったようです。

テーブルに並んだご馳走の数々。みんなで「おいしい!おいしい!」と食べているうちに、今度はこんな夢がみんなから生まれました。

それは「お漬物を100種類作ろう」という夢です。

その夢は先輩世代と若い世代をしっかり結び、後世へすてきな未来を贈ることにきっとなる。そんな予感がしました。

市内の各地で大事な何かを伝承する寺子屋的な空間がいっぱい生まれたらうれしいです。

次回はみなさんも「おつけものパーティー」へぜひどうぞ!里はますます豊かです。

(文・塩見 直紀)

お詫び
ウィークリーメッセージでの「里山系★未来の言葉(9月)」はお休みさせていただきます。
Vol.119
ピーマン料理研究所



ピーマン。子どもたちが嫌いな代表的な野菜です。

子どもたちに嫌われるそんなピーマンですが、「猿もピーマンは嫌いです」と、農家民泊「素のまんま」の芝原キヌ枝さんが教えてくださいました。

芝原さんが住んでおられる地域は猿が群れで50頭も出没し、一生懸命、野菜を作っていても、餌食になってしまうとのことです。猿は野菜だけでなはく、栗の毬(いが)も何のその、まだ青い毬(いが)も手でむいて食べてしまうそうです。

そこで猿が嫌いな野菜はないかということで、ピーマンに白羽がたち、地域ではピーマンがたくさん栽培されています。嘆いていてもしかたかないよ、それを逆手にとってがんばろう!と高齢化率の高い地域ですが、今日もみなさん、元気に出荷に励んでおられます。

芝原さんに「猿とピーマン」のお話をうかがってから、ピーマンを使った料理の開発ができないかなと思うようになりました。

里山ねっと・あやべの近くには、みそづくりを通じて地域振興に寄与したいと願う「空山グループ」というお母さん世代の女性グループががんばっておられます。

いまは子どもたちもお味噌汁を飲まなくなったり、若いお母さんもみそを活かした料理を作らなくなった時代です。日本の代表的な調味料であるみそを使ったおかずやお菓子のレシピの開発と収集ができたらいいな、空山グループを応援したいなと思っているのですが、それのピーマン版です。

子どもたちが嫌いなピーマンはどういう料理がおいしく食べれるか。ピーマン料理を日本に広める。それをミッションとするのが、「ピーマン料理研究所」、略してP研です。

みなさま、ピーマンのおいしい食べ方があれば、ぜひ教えてください。P研の研究員になってくださればうれしいです。

猿も食べたくなるおいしい料理ができたらすごいです。そしたら、意味がなくなりますが・・・。

(文・塩見直紀)
Vol.118
「やさい畑」でお会いましょう!



社団法人家の光協会(JAグループ)が発行する季刊誌『やさい畑』は、主に都市部に住み、市民農園や家庭菜園で野菜づくりをする愛好者のための雑誌です。

昨年の秋号より、農家民泊による心豊かな旅「人に出会う旅、農に出会う旅」の連載を始められました。

8月16日から全国の書店に並び始めた秋号では、農家民泊で有名な大分の安心院、岩手の遠野、長野の安曇野に続き、なんと綾部が旅の舞台となりました。数々の強豪を押しのけて、です。

昨秋、フードジャーナリストの平松洋子さんとフォトジャーナリスト・写真家の菅洋志さんが綾部を訪れ、農村風景や畑、田舎の暮らし、自家製野菜の漬物や保存食、郷土料理など、取材をされました。

写真は土門賞をとられた菅さんで、ベストセラーとなった『五体不満足』の乙武さんのカバー写真を撮られた方でもあります。

フードジャーナリストとして、新潮社の『考える人』など数々の連載をもたれ活躍中の平松洋子さんのエッセイ。

お二人によって、「綾部の光」がうまく引き出されているなあと思います。

農家民泊の芝原キヌ枝さん、アトリエ夢旅人舎の関輝夫・範子ご夫妻とお母様のテルヱさん等がすてきなエッセイと写真、フルカラー6ページで紹介いただいています。

取材中、関さん宅で開いていただいたお庭でのランチ風景もいい感じでした。

綾部からどんどん光が発信されていく。書店に並んだ『やさい畑』を見ていてふとそんなことを思いました。市内の書店の方も喜んでくださいました。きっと市内にも光を発することでしょう。

最後に、平松洋子さんの農家民泊(農泊)についての文を今一度ご紹介しましょう。

何度読んでもすてきな文です。読まれたら、きっと農家民泊を体験したくなります・・・。

「農泊」という旅がある。
宿泊先は旅館でもなく、民宿でもない。
日本のどこにでもある
ごくふつうの農家の日常を訪ねるこの旅は
「グリーン・ツーリズム」とも呼ばれ、
新しい旅のかたちとして注目を集めている。

観光ではない。「農家の暮らし見学」でもない。
農作業の手伝いをしなければならないわけでもない。
ゆったりと、ただ土地の空気に身を置けばいい。
ぼうっと昼寝を楽しんだっていい。
気が向けば、畑からダイコンを引き抜くお手伝い。
朝に晩に自然の営みにふれて、生き返るような気持ちよさ。

おーい、心の洗濯をしにおいで。

(家の光協会発行の季刊誌『やさい畑』・2002年秋号より)

8月16日より全国の書店で発売しています。みなさま、ぜひ書店で手におとりください。

『やさい畑』と通じて、新しい物語がこの地で生まれたらうれしいです。
(文・塩見 直紀)

※家の光協会のホームページ http://www.ienohikari.or.jp
Vol.117
大地の芸術祭



3年前に行けなかった「大地の芸術祭」に行ってきました。

7月20日〜9月7日の50日間、新潟の越後妻有(つまり)地域の6市町村(十日町市、松之山町、松代町、川西町、津南町、中里村)で開催中の「第2回大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2003」を4日かけて見てきました。

なぜ4日もかけたのか。それは762平方kmという広域がフィールドミュージアムとなっていたからです。

越後の里山を舞台に、国内外150名のアーティストと地元住民、各界の専門家、全国のサポーターが協働でつくる哲学ある芸術祭。家族みんなインスパイアされました。

このアートトリエンナーレを立ち上げるにあたって1000回のミーティングしたと聞いていますが、それらが花を咲かせ、実をつけ、今回はさらに深化したとの評があります。

哲学のあることには、魂が宿る。それをあらためて実感した次第です。きっとこの地はこれからも深化し続けることでしょう。

越後妻有の里山を歩きながら、きっと私は3年ごとにこの地を訪れるだろうと思いました。

「3年ごとに訪れる」ということの意味は何か。それは本当にすごいことです。

2006年の開催に向けて作品の公募が始まりますが。芸術には無縁な私ですが、いつかアーティストとして、応募したいという夢が生まれました。なぜかそう考えさせてしまうくらいインスパイアされたのです!

ふと生まれたあるコンセプト。それを大切に温めてみたいと思います。

9月7日までの開催です。お時間があれば、ぜひ1日でも訪ねてほしいです。
(文・塩見 直紀)

大地の芸術祭のホームページhttp://www.echigo-tsumari.jp
Vol.116
風のじゅんばん



8月の「未来をひらく里山系の ことばたち」です。こころをこめて、13のことばを贈ります。

●「風」 詩・はたち よしこ
だれもいないのに
ぶらんこが ゆれている
こどもたちが
かえってしまったあと
やっと
風の じゅんばんがきて

●われわれはあるもののことをめったに考えず、いつでも欠けているもののことを考える(ショーペンハウアーのことば)

●世の鳥たちは、巣作りに忙しいときほどすばらしい歌を歌うのだから、われわれ人間も自分の手で住まいを作れば、その詩的能力を大いに発達させられるのではないか?(アメリカの思想家ヘンリー・D・ソローのことば)

●「あさがお」 詩・金子 みすゞ
青いあさがおあっち向いてさいた、
白いあさがおこっち向いてさいた。
 ひとつの蜂が、
ふたつの花に。
 ひとつのお日が、
 ふたつの花に。
青いあさがおあっち向いてしぼむ、
白いあさがおこっち向いてしぼむ。
それでおしまい、
はい、さようなら。
(金子みすゞ詩集『わたしと小鳥とすずと』JULA出版局より)

●知識を得たいなら、毎日増やしていきなさい。智恵を得たいなら、毎日取り除いていきなさい(老子のことば)

●「カナカナ」 詩・まど みちお
カナカナが ないている
あんなに かがやいて
なんまんねんの むかしことばが
「今」に だかれて ふるいたつのか
だいている「今」の ほうに
はるかな おもいが もえあがるのか
カナカナが かがやいて
かがやきのぼるように
カナカナ カナカナ ないている
(『まどみちお詩集』ハルキ文庫・1998年より)

●「とんぼの はねは」 詩・まど みちお
とんぼの はねは
みずの いろ
みずから
うまれたからかしら
とんぼの はねは
そらの いろ
そらまで
とびたいからかしら
(『まどみちお詩集』ハルキ文庫・1998年より)

●山に行ったら、焚き付けとなる木々など必ず何か家に持ち帰ります。手ぶらでは帰りません。(裏山に行ったら、五右衛門風呂用の焚き付けなど必ず持ち帰る農家民泊「素のまんま」の芝原キヌ枝さんのことば。里山の永続可能なエネルギーを使って、いまも五右衛門風呂のお風呂を焚かれます。)

●「草」 詩・吉野 弘
人さまざまの
願いを
何度でも
聞き届けて下さる
地蔵の傍らに
今年も
種子をこぼそう
(『吉野弘詩集』(ハルキ文庫・1999年より)

●いま必要なのは・・・一人ひとりが自分にふさわしいニッチ(生態的適所)を見つけること、そのことによって人間社会全体としても、地球という大きくて、複雑で、みごとな生態系のなかに、もういちどいままでより慎ましいニッチを見いだすことなのだ(屋久島在住の作家・翻訳家の星川淳さんのことば『エコロジーって何だろう』ダイヤモンド社・1995年より)

●最も美しい森は、最も収穫多き森である(ドイツの林学者、アルフレート・メーラーのことば・2003年7月26日付朝日新聞「be(土曜版)」より)

●邪魔物としてひとくくりにされる雑草も、日本の四季を映しています。エノコログサは、夏の風に揺れる姿が一番でしょう。どの草にもじっと見ると何かいいところがあるから、抜く手がとまることもたびたびで、困ります。(園芸研究家の柳宗民さんのことば・朝日新聞2003年7月30日より)

●ネイティブ・アメリカンは小さい花にも、空飛ぶ鳥にも、木にも、草にも、光にも教えを請おうとしている。たとえば、林檎は熟して落ちる。時期が来れば、物事は成就することを、林檎の木は教えてくれる。変化を恐れてはいけないことも、林檎の木は教えてくれる。過去に執着しては人生は開けてこないことも、教えてくれる。(加藤諦三さんのことば『ネイティブ・アメリカン 聖なる言葉』大和書房・1998年より)
Vol.115
みえないもの



「ほらね、いつでもあえるわけじゃないんだよ」

おとうさんは、そういって くすのきを見あげました。

「りっぱな木だねえ。きっと大むかしからここにたって、

ひとびとを見まもってくれているんだね。さあ、あいさつをしよう」

三人はくすのきのまえにならび、ぺこりとあたまをさげました。

「メイがおせわになりました。これからもよろしくおねがいします」

(『となりのトトロ』原作・宮崎駿、徳間書店・1988より)

いったい、いつごろからでしょう。田んぼに入るときや出るときに、田んぼの神さまに挨拶をしなきゃと思うようになったのは。

大学で体育会系の硬式テニスをやっていた頃は、コートに入るときや出るときには、「失礼します」と大きな声を出したものです。

コートの神さまに、「よろしくお願いします」「ありがとうございました」と。
そういえば、ウィンブルドンで活躍した松岡修造さんがコートで一礼し、話題になったことがありますね。

いつも田んぼで何か忘れ物をしているような気がしていたのですが、それがやっと「礼」だったことに気づいたのは最近のことです。

コートでしたくらいなんだから、田んぼでもしなきゃと。

いまでも子どもたちを虜にする「となりのトトロ」ですが、英語版ができ、ビデオ化されたとき、木に礼をしたことは欧米ではとても新鮮だったようです。

サツキやメイと同じように、いつまでもぺこりとあたまをさげれたらいいな。
(文・塩見直紀)
Vol.114
庭食



最近、休日には昼夕、小さな庭にテーブルを出して、家族で食事をするのがお気に入りです。

料理はいつもと同じでも、見慣れたわが家の庭がキャンプサイトに変身します。夕飯の場合は、だんだんと日が暮れていくと、ランタンに火を灯します。虫やカエルの鳴き声もすてきなBGMとなります。

ゆったりと椅子にすわってのんびり過ごします。大事な何かを取り戻させてくれる、そんな時間がここにあります。

居間やダイニングで食べるのとは違って、とても新鮮です。私はこれを「庭食(にわしょく)」と呼んでいます。21世紀の新しい“外食”です。

子どもの頃、綾部の田舎では、外食することは本当に数えるほどでした。綾部市街で外食をすることはまずなく、福知山駅前で何度か食べた記憶があるくらいです。きっとこの地には外食文化はなかったのではないかと思うのです。

都会に住んでいた頃、1年間にどれだけ外食をするか、数えてみたことがあります。1年は365日、1日3食。人は年間1095食を食します。国内外の出張もあり、外食を余儀なくされることも多かったのですが、外食は「年5%以内」という目標を持って、暮らしていました。

庭食のヨロコビを知ってしまったので、これからもどんどんしていきたいなと思っています。
最近は拙宅を訪問いただいたお客さまにも、小庭でお茶を飲んでいただくようになりました。都会の方にとっても何だか新鮮のようです。

灯りを消して、ローソクを囲んでスローな夜を過ごしたり、月明かりを楽しんだり・・・、2度とない人生をていねいに暮らしていけたらと思います。

梅雨明けが待ち遠しいです。(文・塩見 直紀)



《インフォメーション》・・・毎週日曜日、午前7時から30分、TBS系列(関西はMBS毎日放送)で全国放送される「笑顔がいちばん」で里山ねっと・あやべの活動(農家民泊、そば打ちなど)が放映されることになりました。鍛治屋町ほか、市内各地でロケをおこない、9月14日(日)が放映日となっています。ぜひご覧ください!
Vol.113
ハピハピ(happy-happy)



田んぼにたたずんでいると、山からはニイニイゼミ、草むらからはバッタの鳴き声が聞こえてきます。

仮面ラーダーV3のモデルであるバッタも大きく育ち、夏の中に秋を感じさせます。

もうヒグラシも鳴いているのですね。

先週、京都市内から田草取りの援農がありました。うれしい助っ人の登場に天も晴れた1日をプレゼントしてくれました。

いま、田んぼで勢力を伸ばしているのが、コナギという草です。ハートのカタチをした葉っぱをもつかわいい草ですが、なかなかのヤツです。

2年前、里山ねっと・あやべでおこなった「21世紀の生き方、暮らし方を考えるためのあやべ田舎暮らし初級ツアー(夏編)」のプログラムでわが家に農家民泊された方にはこの草取りをしていただきました。

綾部に移住され、手打そばの店「そば匠 鼓(つづみ)」を開業されたそば打ち職人・須藤定平さんもその1人です。

あれはちょうど海の日頃でしたから、ちょうど2年前のこととなります。あのときもこのコナギ取りをみんなでがんばりました。

6歳の娘に「草さんとお父さんとどちらが強い?」とつれあいが聞いたら、「草さん!」と答えたそうですが、本当に敵も「然(さ)る者」です。

つれあいに今年はがんばっているとうれしい評価をいただき、喜んでいたら、ふと浜崎あゆみの「ハイチュ−」のCMのフレーズが浮かんできました。
鶴の恩返し編、たしか浜崎さんは「食っちゃら、ハピハピ」と口ずさみながら、織物をしています。

いつしか、私は草を取りながら、心のなかで「取っちゃら、ハピハピ」・・・。
たしかにこの草を取るだけで、収量も大きく違ってきます。草を取れば取るだけ、ハッピーになれる。

そのとき、お隣の農の先輩が「昔は1番草、2番草、3番草と、背に稲の花粉が着く頃まで草取りに勢を出していたよ」と話しかけてくれました。
無農薬の米づくり。口にするのは簡単ですが、なかなか骨の折れる仕事です。

この秋は 雨か嵐か 知らねども 今日の勤めに 田草取るなり(二宮尊徳)
(文・塩見直紀)
Vol.112
ホリデーアーティストになろう



6月末、縁あってある中学校からお誘いをいただき、総合学習の授業で「エコアート」づくりを楽しんできました。

環境について学びながら、地域資源(河原に落ちている流木や枯れ木、小枝、木の実、ドライフラワー・・・)をうまく使って、「世界で一つだけのポストカード立てをつくろう!」という試みです。

環境問題について、いまなぜエコアートなのかについて、また綾部は里山素材の宝庫だとうことを簡単に話し、早速、実践してもらいました。みんなよくハマってくれ、あっという間の楽しい2時間でした。

最後に持参したポストカードを配り、それをつけると完成です。いろいろ考えたのですが、今年大ヒットしたSMAPの「世界に一つだけの花」の一節をポストカードにしてみました。

【世界に一つだけの花】
そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい
(作詞・作曲 槇原 敬之)


最後に一人ひとり、作品のタイトルと感想を発表してもらいました。素敵な作品が多かったので、「楽しかった人は、ぜひホリデーアーティストになってください!」と最後にメッセージしました。

ホリデーアーティスト。最近、みんながそんな自己紹介をする社会がいいなあと思ようになりました。

「私は日曜音楽家です」と答えてもいいし、江戸の人のように「私は朝顔の育種家です」というのもいい。

中学生だって、本業がアーティストだっていいのです。実際、中学生だけど、活躍しているプロのイラストレーターもいます。

今という時代に生まれたことを感謝し、そして、与えられた才能とこの地球の素材をうまく活かし、世界で一つだけの「何か」をみんなが生み出していく。そんな21世紀にしていけたらうれしいです。
(文・塩見直紀)
Vol.111
銀河系を旅する



7月の「未来をひらく 里山系の ことばたち」です。こころをこめて、15のことばを心をこめて贈ります。

●われわれ、木々と人間は、ともにこの銀河系を旅しているのだ。(ジョン・ミューアのことば)

●私は植えたばかりのリンゴやサクランボの木と一緒にここに根をおろし、時間をかけてこの場所を育てていくだろう。(北海道の「アリスファーム」の宇土巻子さんのことば・『心ふるわせ種まきて』平凡社・1998年より)

●「星と語る」 詩・松永 伍一
砂漠の
ベドウィンには
年齢がありません
時計もありません
老人に
――さびしくないの
と きいたら
天を指さし
――星といつでも話してるから
と言いました
星のあること
わすれてたな ぼく
(詩集『油屋のジョン』理論社・S56より)

●向こうの山々に、空を渡る鳥に、花壇の小さな蕾に、菜園の野菜に、地を這う虫に、「おはよう!」と呼びかけると、あちらこちらから「おはよう!」の挨拶のこだま。毎朝のこの営みをする度に私は自問するのです。「なんという恵み!こんなに幸 せでいいのだろうか」と。(ベジタリアン料理と思想を房総半島の農村で研究する鶴田静さんのことば・『緑の暮らしに癒されて』大和書房・1997年より)

●わたしは木が好きだ。なぜなら木は、他のどんな生物よりも、自分の生きるべき道を心得ていて、そのとおりに生きているように見えるから。(ウィラ・キャザーのことば)

●もうひとつ「暮らすこと」が楽しいと思えるようになった理由がある。それはどこに住んでいても自然を愛し、暮らしにロマンを見出そうとしている女性たちとの出会いである。彼女たちに共通していることは、植物を愛していること、自然な手作りのものを愛していること、そして暮らしの中にもう一度「土」を取り入れ、その土が「いのち」を育む暖かさややさしさを愛していることである。(宮迫千鶴さんのことば・『かぼちゃの生活』立風書房・1997年より)

●土と植物を相手にする仕事は、瞑想するのと同じように、魂を解放してくれるのです。(ヘルマン・ヘッセのことば・『庭仕事の愉しみ』(V・ミヒェルス編・岡田朝雄訳・草思社・1996年より)

●スローとは何かを一言でいうと、ぼくは繋がりだと思うんですね。・・・我々はどこに住んでいても、水、空気、土、そしてエネルギーによって養われていて、それから切り離されては、もう一瞬も生きられない。そういう生き物だという感性。でも、そうしたものが全て揃っても、まだ足りないだろう。人と人との繋がりがなければ生きてはいけない。一言でいえば「愛」です。人とともに生きることによって人間は人間でありうる。ともに食うことによって。単に自分の空腹を一人で満たすのではなく、互いに分け合って生きていく。ともに生きるには時間も手間もかかる。スローなんです。でも希望があるとすれば、やはりそういう人間の生のスローさにこそあるはずだ、と思う。(『スロー・イズ・ビューティフル』の著者である辻信一さんのことば・辻信一対話集『ピースローソク』ゆっくり堂・2003年より)

●最近、宮崎駿さんがこんな発言をしています。今の子どもたちには元気がなくて、それがもう限界にまできている。そこで「保育園や学校の庭なんか、でこぼこにしたらいいのに」って。なるほど、とぼくは唸りました。そしてこうも思った。これは庭ばかりではないぞ、ここもかしこも、心の中まで、重たいローラーでまっ平らにされてきたんだなって。実際我々は、山を削り、谷を埋め、木を切って、平らにして、コンクリートで固めてきたわけでしょ。要するに、ぼくが言いたいのは、いろいろなレベルの平準化というのがあって、文化を文化として、自然を自然として元気にしているはずのでこぼこを、我々はことごとく潰してきたんじゃないか、均してきてしまったんではないか、ということです。平らな庭では気配も育たないし、均質な時間の中では神話も育たない。(『スロー・イズ・ビューティフル』の著者である辻信一さんのことば・辻信一対話集『ピースローソク』ゆっくり堂・2003年より)

●森にいると、ヘビが殻を脱ぎ捨てるように、人も歳(とし)という服を脱ぎ捨てる。そして、人生のどの段階にいようと、子供に返る。・・・人は、森で正気と自信を取り戻す。(ラルフ・ワルドー・エマソンのことば)

●「二度とない人生だから」坂村真民 詩
 二度とない人生だから
 一輪の花にも
 無限の愛をそそいでゆこう
 一羽の鳥の声にも
 無心の耳をかたむけてゆこう
 二度とない人生だから
 一匹のこおろぎでも
 ふみころさないように
 こころしてゆこう
 どんなにかよろこぶことだろう
 二度とない人生だから
 一ぺんでも多く便りをしよう
 返事は必ず書くことにしよう
 二度とない人生だから
 まず一番身近な者たちに
 できるだけのことをしよう
 貧しいけれど
 こころ豊かに接してゆこう
 二度とない人生だから
 つゆくさのつゆにも
 めぐりあいのふしぎを思い
 足をとどめてみつめてゆこう
 二度とない人生だから
 のぼる日 しずむ日
 まるい月 かけてゆく月
 四季それぞれの星々の光にふれて
 わがこころをあらいきよめてゆこう
 二度とない人生だから
 戦争のない世の実現に努力し
 そういう詩を一遍でも多く作ってゆこう
 わたしが死んだら
 あとをついでくれる若い人たちのために
 この大願を書きつづけてゆこう
坂村真民 さんの詩(「念ずれば花ひらく」より)

●たんぽぽ    はたち よしこ 詩
たいせつにしてきたものを
ぜんぶ てばなして
たんぽぽは 
たんぽぽの しごとをおえる
はたちよしこさんの詩集より(『また すぐにあえるから』大日本図書・2000 年)

●この田舎町に連なる山脈のむこうを見たさに、肥後の守ひとつをポケットに、峠をめざしては夕暮れを迎えていた十二の頃に時を戻してみよう(原風景文化研究会代表・川上嘉彦さんのことば)

●真土不二(しんどふじ)
「体と土とは1つである」とし、人間が足で歩ける身近なところ(三里四方、四里四方)で育ったものを食べ、生活するのがよいとする考え方。生物とその生息している土地、環境とは切っても切れない関係にあるという意味合いで使われる。文献とし最初に登場するのが、中国の仏教書『盧山蓮宗寶鑑』(1305年、普度法師編)といわれ、仏教界では身土不二(しんどふに)と読む。食養を唱える医療関係者、料理研究家、さらに食・農・環境のあり方を探る生産者や消費者の間で「地産地消」「地域自給などの言葉とともに、食に対する思想、信条の1つとして用いられる。(農業に従事するかたわら、創作活動を続ける山下惣一さんのことば・『身土不二の探究』創森社・1998年より)

●草根木皮は小薬なり、鍼灸は中薬なり、飲食・衣服は大薬なり(中国の古い書物「書経」)『ふるさとネットワーク』3月5日号より)

Vol.110
たかさんの引出物



里山ねっとのホームページを開くと、トップページに天使のような、妖精のようなかわいいいキャラクターが羽根を動かし、上へ下へと飛んでいます。

小学生から大人までかわいいいと好評で、ファンがいっぱいいてくださって、うれしく思います。

そのキャラクターを描いてくれたのが、京都市山科区出身のイラストレーターのたかみよこさんです。

たかさんについては里山ねっとのホームページ「人の宇宙」でも紹介していますが、縁あって、綾部で1年弱暮らされ、田舎で絵を描いたり、おばあちゃんから赤ちゃんまでの新しい出会いの中で、いままでにはない暮らしをされたのではないかと思っています。

里山ねっとの「つばさがはえるちず」を作るために、意を決して、田舎に移り住んでくれました。その後、シュタイナー教育との出会いのなかで、絵とこころのことを勉強するために、東京に向かうことになります。
そして・・・。

この度、すてきな出会いがあり、今月初旬、めでたく結婚をされました。披露パーティが東京であり、お誘いを受け、家族で行ってきました。

高さんは結婚式の引出物に、綾部在住のガラス作家・ポランスキー真弓さんとご主人で陶芸家のダグラスさんの作品を選んでくれました。

そして、それらをやさしく包んだのは、平家の落人が伝えたという綾部の黒谷で紙を漉くハタノワタルさん作の和紙でした。

綾部の水、風、光などをいっぱい吸い込んで生まれた作品がこうした尊い場で使われたこと、とってもうれしかったです。本当になんという不思議な取り合わせなのでしょう。

満ち足りた暮らしのなかで、素材や自分と対話され、創作活動はどんどん深まっていくのだと思います。

誰かの暮らしを和ませ、こころのよりどころとなるような作品が綾部在住のアーティストたちの手によって、今日も綾部のどこかで生まれている、そう考えると何だか幸せな気分になれます。

すてきな引出物を考えてくれたたかさん、どうか末永くお幸せに!これからもすてきな絵を描き続けてください。ありがとう!

(文・塩見直紀)

たかみよこさんの「つばさのはえるちず」が「ラパン」(ゼンリン・2002年3月7日発行)で紹介されました。

Vol.109
沢蟹(サワガニ)がいるということ


わが家とお隣の家の間にはなぜだか湧水が出ているようで、サワガニさんたちがたくさん暮らしています。

Uターンして間もないある日、サワガニが雨の中を楽しそうに歩き廻っているのを発見、初めてカニがいることを知りました。

本当に何気ないことなのですが、生き物がここにいてくれることがとってもうれしかったのです。この地球に生を与えられた仲間たちがどんどん減りゆく時代、「沈黙の春」になろうとしている時代にあって、それは小躍りしたいような出来事でした。

オタマジャクシが田んぼや池で泳いでいること。カエルの合唱が聞こえること。ツバメが今年も巣をつくること。ホタルが飛び交うこと・・・。いままであたりまえだったことが、あたりまえでなくなっている時代です。そのあたりまえのありがたさを感じていきたいとあらためて思います。

以来、そこは子どもたちとサワガニが戯れる場所となりました。小学校や幼稚園、保育園から帰ってくると、みんなそこに集って、遊んでいます。カニには無数の隠れ家があるので、そう簡単にはつかまりませんが・・・。

子どもたちはうれしいくらい、生き物好きです。お隣から嫁がれた方が久しぶりに見え、話していると、「そういえば、子どもの時からいたわ。もう50年も前のことだけど、まだいるの!」とびっくりされていました。私も「へぇっ!50年も前からいたんですか!」とびっくり。世代を重ね、子孫が住み継いでいるかもしれないことにまたまたうれしくなりました。いったいいつの頃から、ここに住んでいるのでしょう。

どうかいつまでもいつまでも、みんなが楽しく元気に暮らせますように。

(文・塩見直紀)
Vol.108
キャンドルナイト


先週の土曜日のことです。

夕方から激しい雷となり、落雷で急に停電となりました。

仏間に小さなローソクを取りに行き、マッチで火を灯しました。しばらくの間、ロウソクの灯りを家族で楽しみました。小さな灯りは何かを取り戻させてくれる、そんな 気がします。短い停電も終り、束の間のキャンドルナイトが終わりました。

6月22日の夏至の夜、いっせいに電気を消す「百万人のキャンドルナイト」がNGOらの呼びかけで企画されています。

呼びかけの中心は『スロー・イズ・ビューティフル』の著者である辻信一さん(環境NGOナマケモノ倶楽部世話人、明治学院大学助教授)らで、作家の立松和平さん、音楽家の坂本龍一さん、千葉県知事の堂本暁子さんなど多彩な顔ぶれが呼びかけ人となっています。

目的は参加者一人ひとりが「スローな夜を楽しむ」こと。明確な目的を定めたものではなく、「何かに気づくきっかけになればいい」といいます。

環境省も賛同し、全国のライトアップ施設に消灯を呼びかけました。東京タワー、岡山城、沖縄の首里城など全国各地の施設でライトオフされます。東京の増上寺では、暗がりのもと、シンプルな無料コンサートも開催される予定です。
素敵な呼びかけ文がありますので紹介しましょう。

6月22日夜、8時から10時の2時間、みんなでいっせいに電気をけしましょう。
ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。ある人は省エネを、ある人は平和を、ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。

ホームページhttp://www.candle-night.org/が開設され、環境や食、平和などをテーマにしたプレイベントが紹介されています。当日の夜の過ごし方を書き込む掲示板もあり、様々な書き込みも始まっています。あなたなら、どんな過ごし方をされますか?

すてきなコンセプトの企画があるなあと思っていた矢先の停電でした。自然が贈ってくれた束の間の停電は、「わが家のプレイベント」となりました。
ローソク1本あれば、アイデア1つあれば、簡単にスローな夜を楽しむことができます。

シンプルだけど、奥の深いこうした企画が生まれるのは、やはり哲学なのだろうとローソクの灯りを見て思いました。(文・塩見直紀)
Vol.107
風は神さまの訪れ


6月の「未来をひらく里山系の ことばたち」です。こころをこめて、15のことば を贈ります。

●「風は神さまの訪れ」
昔の人は、風は神さまの使者だから、野外の涼しい風にあたると、人間のタマシイが元気になるから、気持ちがいいんだ、と自分に言い聞かせたんだ。だから、お百姓は、仕事の合間の休み時間には、風にあたると疲れがふっとぶんだよ(農と自然の研究所代表・宇根豊さんのことば・農文協刊『食農教育(2002年9月号)』の「田んぼの学校 百姓仕事のすてきな世界8 風の視点で田んぼを見る」より)

●農家では「肥かけ」は「声かけ」だといい、「田ほめ」ということばもよく使う。
現在でも作物や観葉植物にやさしく声をかけてやれば、効果があるといわれている。
日々の草木の観察を農書では「田見舞」とよく表現している。田を見舞うとはすてきな日本語である。さきほどの天地の気の自得に加えて、草木の気の自得とでもいえようか。こうした草木と人との共振構造が生まれるのも、人に頭脳があるからではなく、同じいのちあるものとしての同質構造をもち、同じように感受しあう能力をもっているからなのである(日本・アジア農耕文化史が専門で『日本農法史研究』(農文協・1997年)などの著書がある徳永光俊さんのことば・『講座 人間と環境3 自然と結ぶ〜農にみる多様性〜』昭和堂・2000年より)

●「木と農具」
庶民の道具の素材を考えた場合、日本の水田稲作農耕文化において、中核をなすのは、やはり木であった。これは日本の自然環境、そして環境が育んだ文化の中では、ごく自然な選択であった。照葉樹林・ブナ林など豊富な樹相を持った森林に囲まれた景観が、日本文化を熟成してきた。木には神が宿り、その木から造られる木製の道具には、神的な霊力が備わっていると考えられてきた(日本の農具に詳しい中山正典さんのことば・編集代表・林屋辰三郎『民衆生活の日本史・木(もく)』思文閣出版・1994年より)

●何もかも手づくりで、家族に安全な食べ物をと気負う必要はないと思いますが、食べ物を作ることや、服を作ることや、暮らしを作るさまざまな工夫が実に楽しい仕事であることをぜひ体験し、味わっていただきたいと思うのです(自然食通信社の横山豊子さんのまえがきのことば・『手づくりのすすめ』自然食通信編集部編・自然食通信社刊・1987年より)※『手づくるのすすめ』は、味噌、麹、豆腐、こんにゃく、醤油など20数種の手づくりを伝授してもらえます。ますます価値が高まるオススメの1冊、いまも売れ続けているロングセラー本です!

●日本の山は米が作った(富山和子さんのことば・『水の旅』文藝春秋社・1987年より)

●なぜ、人は花を愛でるのかというとね、私はこう思うんです。花はやがてしぼみ、 枯れる。花が美しいのは、生命感がみなぎっているときなんですね。つまり、花を愛でるということは生命の高まり、横溢な生命感を愛でることなんじゃないかと・・・。
花を愛することは命を大切にすることとどこか合い通じている。そう思えてならないの。だから、枯れることも含めて花を愛でる気持ちが大事なんじゃないかしら」(アルバム『花筺(はながたみ)』を発表した歌手の加藤登紀子さんのことば)

●(里山、それは)花、虫、樹、そして人−すべての命が生を謳歌するところ。(写真家・今森光彦さんのことば・別冊太陽117号『今森光彦とめぐる里山の四季』(平凡社・2002年より)

●「どうしてあの道の角の薊(アザミ)、残しているの」「坂を上がってきたとき、息をつくとこやから」「鎌やからできるのかな」「草刈機だったら全部刈ってしまうよ」(京都府美山町在住の書家・室谷一柊さんのことば・2003年4月30日付京都新聞より)

●植物に話しかけてやるだけでは十分とはいえない。植物の声に耳を傾けることも必要だ(デビッド・バーグマンのことば)

●欧米には食素材は約2千種類。日本には1万2千種類。食品総合研究所の理事長・ 鈴木建夫さんはこんなデータをまとめた。世界に誇る豊かな食素材を活用しない手はない。(2003年4月8日付・日本農業新聞より)

●花咲く野辺をさまようことほど、たのしいことはありません。ひたすら花を眺めることほど、優雅なことはありません・・・(世界最古の本草書の1つに数えられる『植物の研究』(16世紀)を著したレンハート・フックスのことば)

●目的地に早く着くことがたいした得になるわけではない(南海の酋長ツイアビの講演集『パパラギ』岡崎照男訳・立風書房・1981年より)

●不思議なものに出合って驚くことほど、すばらしい経験はない。それは、真の芸術、真の科学を育んでいく大切な心の動きである。何を見ても感動しない人、不思議に思うことができない人、びっくり仰天できない人は、吹き消された蝋燭も同然、すなわち死んだも同然である(アルバート・アインシュタインのことば)

●一極集中で東京に価値があるとされますが、どこの地域でも内にコスモス(宇宙)を持っていれば面白い生き方はできると思う。町づくりより町づくろい、村おこしよりも村のこしも大切な時代です」(東京の下町で地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を発行しながら幅広い執筆活動をおこなう森まゆみさんのことば・2003年3月31日付京都新聞より

●人々の毎日の暮らしに花を添える。そこから始めて、やがては花鳥風月を愛で、四季のうつろう様に豊かに感応する日本人をよみがえらせたい。いま,日本経済の復興が叫ばれているが、ぼくには、心豊かに生きるすべを取り戻すほうがより重大な課題ではないかと思えてならない(「1日1人1本、花のある毎日で日本全国を花でいっぱいに」とNPO法人「日本全国花いっぱい運動」を立ち上げた株式会社ハナ・プレンティ代表取締役社長・川端秀一さんのことば・『ハナ・プレンティが仕掛けるフローラル・ソリューション』経済界・2003年より)
Vol.106
田に吹く風


我が家の離れにツバメの巣があります。

親ツバメが子のために餌を運んでやっています。親ってすごいなあと思います。

最近、こんなことに気づくようになりました。それは朝の4時30分にツバメが騒ぎ出す(鳴き出す)のです。我が家のツバメは4時30分〜35分に起きるようです。

4時30分。それは夜が明けるときなのですね。

田植えを終えて、ほっと一息です。

「田植え後、1週目から除草機を苗と苗の間に走らせなさい」と有機農業に長く取り組む方から教わり、1996年以来、毎年おこなっています。

手押しの除草機は田植え後の水田にヒエ(食せず、野ヒエ・鬼ヒエと呼ばれるもの)やコナギ、イグサなどが発芽・成長をする前に除いたり、土を撹拌し、酸素を泥の中に入れたりするために昔からおこなわれるものです。
最近は電動の除草機も出現していますが、私が住む鍛治屋町では数軒が手押しの除草機を使っておられます。薬に頼る農家が多いので、大半はどちらもされません。

田植え後、1週間目に除草機をころがしていたら、もう小さなヒエが生えていました。

田植え頃の稲苗とヒエは素人目には、区別がつきません。しばらくすると、ヒエは稲苗と同じ大きさまで成長し、「あれ、どうしてこんなところに苗が?」ということになってしまいます。大きくなったら、まったく違うのに、植物の「生き残り戦略」はすごいです。

我田にも「ヒエゾーン」があり、毎年、田草取りをするのですが、いつも完敗です。

ヒエの種の寿命も長く、田耕しや代かきをすることで現れたりします。あるお年寄りは「ヒエの種は7年、祟(たた)る」といわれていました。ヒエは種子を我が田に落とし、遺伝子を残すという「その年の目標」を達成するのです。
除草機をかける作業は2反で3時間もかかりました。

途中、腰を何度も伸ばしたり、ポケットからメモを取り出して何やら書いたりするからでもあるのですが、なかなか骨の折れる、腕がだるくなるような大変な作業です。

畔に座っていたら、最近出会った農と自然の研究所代表・宇根豊さんのことばを思い出しました。


風は神さまの訪れ

昔の人は、風は神さまの使者だから、野外の涼しい風にあたると、人間のタマシイが元気になるから、気持ちがいいんだ、と自分に言い聞かせたんだ。だから、お百姓は、仕事の合間の休み時間には、風にあたると疲れがふっとぶんだよ。
(農文協刊『食農教育(2002年9月号)』の「田んぼの学校 百姓仕事のすてきな世界8 風の視点で田んぼを見る」より)

畔に座っていると、本当に気持ちいい風が吹き抜けていきます。タマシイが元気になる、そんな風を神さまが届けてくれます。

除草機を体験希望の方は遠慮せず、お声をおかけください!里山ねっとに小西町の村上弘一さんからいただいた除草機があります。かついでやって来て下さい!裸足OKです。我が田には蛭(ヒル)もいますが・・・。

(文・塩見直紀)
Vol.105
新概念の創出


あいかわらず、3時に起きています。

1月20日の里山的生活メイルニュース(大寒号)でそのことを書いたところ、小さな反響をいただきました。おかげさまで早起きは・・・まだ続いています!

3時に起きて何をしているの?とよく尋ねられます。

午後8時過ぎから寝るので、眠くはないのですが、まずは儀式みたいなもので顔を洗い、気持ちを入れ替えます。
思索ノートと呼んでいるノートを開きます。普段は自分が取り組んでいる「テーマ」に沿った本を読み、そこからの学びや連想する言葉や想いを書いていきます。

今年の1月19日から思索ノートを新調したのですが、もうすぐ4冊目となります。いま、読んでいるのは「チャレンジド(障害者)を納税者にできる日本!」をスローガンに就労支援活動をおこなう社会福祉法人「プロップ・ステーション」の理事長である竹中ナミさんの新刊『ラッキーウーマン』(飛鳥新社・2003年5月刊)です。

数年前、「チャレンジド(the challenged)」という概念に出会ったときは本当に驚きました。「チャレンジド(the challenged)」とは、障害を持っているすべての人を表すアメリカの新しい概念で、「神から挑戦という使命や課題を、あるいはチャンスを与えられた人々」という意が込められ、15年前から使われているそうです。

今日、私のノートには竹中ナミさんの「新しい言葉を生み出すというのは、新しい文化や価値観を生み出すことです。チャレンジドという言葉を使うことで、もしかしたら日本の価値観が変わるかもしれません」という言葉を書き込みました。

NPO法人「農と自然の研究所」の代表・宇根豊さんは「新しい言葉が生まれるのは新しいまなざしが生まれたから。新しい言葉は新しいまなざしをさそう」(『食農教育』農文協・2001年より)といわれています。

「雑草」に対し、「益草」という言葉をつくったときの宇根さんの気持ちです。

「里山」という古くて新しい概念が生まれ、新しいまなざしが生まれ、新しい風が吹き込みました。「スローフード」や「地産地消」もそうです。最近、千葉県が提唱している「千産千消」も新しいまなざしを、新しい行動を起こすきっかけを提供するでしょう。

綾部は、里山ねっと・あやべは、21世紀の社会に、どんな“新しい概念”を創出できるのか。どんな“新しいまなざし”を提供できるのか。

そんなことを考える時間が私の午前3時からの「天使の時間」です。

(文・塩見 直紀)


●インフォメーション・・・NHKテレビ「おはよう関西」で紹介されます。
5月30日(金)、NHKテレビ「おはよう関西」(朝7時30分〜)において、里山ねっと・あやべ(とよさと石窯ゆめ工房)、ふるさと振興組合「空山の里」(JAの旧米蔵を改装し、地域農産物等を販売)、そして、生活改善グループ「空山グループ」(みそづくりによる地域振興)が約3分間にわたって、紹介されます。ぜひご覧ください。
Vol.104
初めての田植え


初夏のセミが鳴き始めました。

山の中からセミの声が時折、この田んぼまで聞こえてきます。

ああ、今年もそんな季節なんだと季節の移ろいを実感します。

いま、我が家では2反(40×50メートル)の田植えの真っ最中です。

特殊な苗のため、手植えでおこないます。9割方、植え終え、いま、ほっと一息って感じです。

娘が通う幼稚園では、年長さんになると、苗づくり、田植え、稲刈り、そして収穫祭までおこないます。

先日は「お米の種を蒔いたよ」と報告してくれました。子どもも何だか楽しそうです。すてきな食農教育をしてくれています。

我が家の田植え前夜、湯船の中で「幼稚園で田植えをする前に、練習してみる?」と子どもに聞いたら、目をキラキラさせて「やりたい!」と手を挙げてくれました。

次の日、幼稚園から帰宅し、カバンを置いて、田んぼまで自転車で来てくれました。最近、やっと自転車に乗れるようになった彼女。随分と行動範囲が広くなったものです。

早速、裸足になり、練習用の一角へ。つれあいが見本を見せてくれています。

植える姿を見て、ああ、大きくなったな、と思いました。

ご先祖さまもきっと「幼い植え手」を天から見て、微笑んでくれたことでしょう。

娘はどんなことを、こころで、からだで、感じてくれたかな。

娘の額から1滴の汗が田んぼに落ちました。

人間が田んぼのために、できることはあまりありませんが、汗を落とすことは、小さな小さな贈り物の1つかもしれないと、ふとそんなことを思いました。(文・塩見直紀)
Vol.103
ツバメ舞う田んぼ


我が家の田植えもだんだん迫ってきました。

田に水を入れ、貯めて、トラクターや耕うん機等で土を撹拌し、平らにならす「代(しろ)かき」という作業)をしていたら、ツバメやカラスなどたくさんの鳥たちが やってきました。

蜘蛛やケラ、カエルたちが住処を追いやられて飛び出してくるところを、鳥たちは 狙っています。

2反(40メートル×50メートル)の田には10数羽のツバメ、つがいのカラスなど、とってもにぎやかでした。

現代の農作業は大型機械でおこなうため、作業時間も少なく、また主に男性中心の作業で、昔のように、家族総出でおこなう風景はすっかり少なくなりました。

広い田んぼで一人っきりの作業だったのですが、思いがけない鳥たちの訪問があり、楽しい時間が過ごせました。

カラスはとっても用心深いのですが、ツバメはかなり近くまで接近し、スイスイと飛びまわります。身近で飛ぶのを見ることができ、「飛ぶのがうまいなあ!」感心してしまいました。

まるで、今、日本各地で上映中のジャック・ペラン監督のドキュメンタリー映画『WATARIDORI』を見ているようでした。

この映画は超軽量飛行機や熱気球を駆使し、約100種類の鳥たちが空を飛ぶのをカメラで追いかけ、鳥と同じ目線で眺めた世界を見せてくれるとっても素敵なドキュメンタリー映画です。

ツバメは耕うん機を操縦する私のまわりを飛び交い、どんどん餌を見つけていきます。「ああ、あの映画のようだね」と思いました。

ツバメには私がどんなふうに映ったでしょう。

1996年、30歳から始めた米づくり。いつまでたっても素人ですが、始めた者にだけわかる多くの体験と思索をさせてもらっています。

今年はどんな物語が生まれ、どんな副産物(思索)が生まれるのかワクワクです。

もしかして、お米は副産物で、米づくりから生まれる思索が主産物ではないかと昨秋、ふと思うようになりました。

そんなお米づくりだから、収量が少ないのだと怒られそうですが、農は本当に深くおもしろいです。

我が家の田植えもだんだん迫ってきました。今年も田んぼは思索の場になりそうです。(文・塩見直紀)
Vol.102
自休自足


●さまざまな人たちとの出会いがあり、この雑誌を創刊することができました。彼らに教えられたのは、「質素」と「贅沢」は必ずしも反対語ではないということ。「自分で育てたものを収穫してその日のうちに食す」。「川から引いてきた水を飲む」。「草木の香りと清らかで緩やかな空気が日々ある」。質素に、そして贅沢に生きたい。強く、そう思います。(2003年、季刊誌『自休自足』を創刊した第一プログレス社エグゼクティブプロデューサー・北島勲さんのことば)

●百年前、農薬なしで穀物も野菜も果物もできました。昔の人は「木を育てれば実が得られるものを、実を求めて木を枯らす」と教えました。畑に行けば、「キュウリよ、今日も一つ頼むよ。おまえは今何を求めているのだ。おまえが最高の一生を終えるために、私は何をすればいいのだ」。このような感覚でキュウリのいのちに対すれば、農業ほど楽しいものはありません。(中嶋常允さんのことば『はじめに土あり−健康と美の原点−』地湧社・1992年より)

●自然から崇拝の教程を学ぶところのものは、もっとも幸福なひとである(エマーソン)

●宮城県北上町。海と川が出会う、人口4000人の河口の町にも、もうひとつのスローフードがある。・・・何もないはずの北上町の女性たち13人にアンケートを試みた。1年間自家生産している食材にはどんなものがありますか?いつ頃種をまき、いつ頃収穫をしますか?さらにそれらの食材をどのように調理料理、加工保有をしていますか?このわずらわしい問いに全員がていねいに答えてくれた。その数なんと300余種。内訳は庭先の畑で育てる野菜や穀類が90種。里山から山菜などが40種。きのこ30種、果実と木の実が30種。海から魚介類と海藻が約100種。そして目の前を流れる北上川からウナギ、シジミなど淡水魚が20余種。天然記念物の舞う山々。リアスの海。その海と出会う大河北上川。ていねいに耕された畑。そして黄金色の稲穂実る田んぼ。そこは知られざる食材の宝庫であった。海、山、川、田、畑。食材を育む自然要素をこれだけもっている風土はまれなのだが、なぜか人びとはこの町を何もない町と呼ぶ。おそらく(宮城県)宮崎町同様、この町にもコンビニもファミレスも商店街らしきものがないからだろう。(民俗研究家・結城登美雄さんのことば『スローフードな日本!〜地産地消・食の地元学〜』現代農業増刊号・農文協・2002年より)※オススメの1冊です!

●紅葉、秋霜に染む。青苗、春雨に滋(そだ)つ(便蒙類編)

●私の場合、昆虫も撮るし、風景も人も撮る。それは、昆虫という不思議な命のことを深く知りたいからである。昆虫そのものの生きざまだけでなく、あらゆる生物どうしの脈絡のようなものまで探ってみたい。これらの小さな命が、生まれ、育ち、死ぬ、その“母なる自然”としての土壌が風景であり、それを肥やしに暮らしているのが人間であり私自身だ。私が撮りたいのは、昆虫たちの生態だけではなく、彼らにとって重要な風土との関わりなのである。それは、虫という他愛ない命をとおして、私自身を知ることなのかもしれない。(70年代半ば頃から、畑や雑木林で小さな昆虫たちを撮り始めた写真家・今森光彦さんのことば『虫を待つ時間〜ネイチャーフォトグラファーの四季〜』(講談社・1996年より)

●百花春至って、誰が為に開く(碧眼録)

●(田舎暮らしをし、野菜を育てるようになって)料理も変わりました。とにかく野菜や果物がおいしい。そのままで何も手を加えなくてもおいしいのです。・・・切るだけで食べる。塩だけふる。オリーブ油か、醤油をちょっとたらす。そういうシンプル料理がもっとも味をひきたてるのです。・・・この野菜はいつが旬か、この野菜はどう調理したら、いちばんおいしいか考えるようになりました。春のキャベツにはそれなりの、冬のキャベツにはまた別の味わい方があるのです。冬のキャベツは、寒さによって甘みがでます。
ロールキャベツにして、じっくり煮込むと、とってもおいしい。(長野県に移住した『101の幸福なレシピ』著者で料理研究家・山本麗子さんのことば(『山の中の幸福なキッチン』講談社・1997年より)

●国の光を賓客に観せる(観光の源義・「易経」より)

●人の心が回帰するところは、町のスーパーに並ぶ味ではなく、母の手作りである・・・人格の中心にある心の安定は、母の心の温かさによって育てられ、その手ごたえは取りも直さず、三度の食事の味にある。・・・面倒くさいことを乗り越えたところに見えるものがある(岩木山麓にある「森のイスキア」主宰・佐藤初女さんのことば『朝一番のおいしいにおい』(佐藤初女著・女子パウロ会・1997年)

●日本人は長い間この気候風土に培われた食べ物を食べてきたわけで、それは民族の遺伝子として書き込まれています。それを急激に変えると体や心が対応できなくて、いろいろな問題が起こってくる。だから食は本来保守的であるべきだというのが私の学説なのです。今、日本人にはそういう保守性がないんですね」(発酵学の権威・東京農業大学教授・小泉武夫さんのことば・2003年4月27日付毎日新聞より)

●遠野には 遠野のために 選ばれた 風吹いており 花咲いており(俵万智さんが詠まれた短歌『かぜのてのひら』河出書房新社・1991年より)

●田んぼの肥やしは人の足音(シンガーソングライターの須貝智郎さんがおじいさんから聞いた教え「おいしいお米をつくるにはとにかく田んぼに足を運ぶこと」・日本農業新聞2003年3月31日付より)

●カントリーウォークは、農村を歩き、農村に浸り、農村それ自体に楽しみを見出すことに目的を定めている。たとえ名所旧跡や風光明媚な所がいっさいなく、ごくありきたりの農村であっても、それが農村としての条件を備えてさえいれば、カントリーウォークにとってはそれで十分なのである。(新しいライフスタイルとしてのカントリーウォークをすすめる大阪府立大学教授の桂瑛一さんのことば『カントリーウォーク〜農村の風情や文化に浸る醍醐味〜』新葉社・1997年より)

●人は唯(ただ)しも絵画を理解しようとする。それならなぜ小鳥の歌を理解しよう
としないのか(ピカソ)

Vol.101
裏山にて


春になり、人々が動き始めている、そんな感じがしています。

どうして?

それは農家民泊の申込みがこのところ急に増えているから。ただそんな単純な理由だけなのです。

都会の方に自宅を開放し、「素のまんま」の自分になれる、ほっとできる時間・空間を提供されている芝原キヌ枝さんのところに行きたいです、と農家民泊体験を希望されるメールや電話があります。

本当に本当にうれしいことです。

田舎に都会の人が来るなんて、時代は本当にどんどん変わってきているのですね。

商売には、ビジネスには、心理学は必須科目といわれる時代ですが、私たち里山ねっと・あやべにとってもそれはいえるのかもしれません。ある日、バイクで野道を走っていたら、ふとそんなことを思いました。

バイクを止めて、ウェストポーチからノートを取り出して、メモしました。舗装されない野道は、でこぼこしていて、馬上のようにアイデアが生まれやすいようです。

ひとはなぜ旅をするのか。なぜ田舎を訪れるのか。

もっともっと深く考えてみたいです。

アイデアといえば、こんなことができたらいいなと思っていることがあります。

芝原さん宅では、五右衛門風呂を体験していただけるのですが、それに使う薪は数年前に亡くなったご主人が遺されたもので、なんと10年分あるそうです。

そんな尊い尊い薪を使ったお風呂。みなさんにもぜひ入っていただきたいです。またボタン1つでお湯が出る時代に、五右衛門風呂を焚く体験もぜひしてほしいです。

ある日、こんなことができたらいいなと思うことが生まれました。

たとえば、今日、旅人(訪問者)Aさんが農家民泊されるとしたら、いつの日か訪ねてくるであろう見知らぬ次の旅人Bさんのために、裏山に行って、柴をひろい、薪を割り、家に持ち帰るようなことができたらいいなあということです。

芝原さんの家のすぐ上には芝原さんの畑がひろがっています。また少し登れば山林がひろがっています。畑で採れた野菜を食卓にのせるため持ち帰るように、山で拾った木々をお風呂のために持ち帰ることができたら、いいなあとふと思ったのです。

それも次の見知らぬ旅人のために。

いつかどなたかぜひチャレンジしてみてくださいませんか?たとえ、一枝でもいいのです。お風呂はそうして焚かれてきたのです。(文・塩見直紀)

※農家民泊体験記を公開中です。
http://www.satoyama.gr.jp/minpaku/minpaku.html
※農家民泊(1日移住・1日田舎暮らし)体験に関心がある方は担当・塩見直紀ま
で。詳細をメールでお送りいたします。ayabe@satoyama.gr.jp
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※このコーナーでは週一回、里山ねっと・あやべからのメッセージをお送りします。
ぜひご意見をお聞かせください。(事務局 塩見直紀)


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