●バックナンバー21〜40


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21●最近の来綾者から綾部の変化を考える
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この数年、綾部に講演等で来られる方から、綾部の変化を感じていました。あくまでも個人的なものですがの京都・西陣で町家コミュニティ再生に奔走する佐野充照さん(町家倶楽部)、地域通貨のあべまさひろさん(LETS普及実行委員会レインボーリング世話人)、内山博史さん(地域通過おうみ委員会代表)、麻(ヘンプ)の復活にかける赤星栄志さん(へんぷ・れぼ代表)、山形で台所と畑を繋ぎ直す菅野芳秀さん(レインボープラン実行委員会)、地元学の竹田純一さん(里地ネットワーク事務局長)、農哲学者の内山節さん、浜野総研の浜野安宏さん(綾部で疎開経験があります)等の来綾は大きな変化だと感じています。
そんなことを考えていたら、8月末、自然農法の実践者で「わら一本の革命」の著書によって多く人々の生き方に影響を与えてきた福岡正信さん(愛媛在住・87歳)が9月4日に来綾されるとの情報が飛び込んできました。インドをはじめ、世界各国を緑化されてこられた福岡さんは、現在、中国の緑化に挑んでおられ、今回、縁があって、綾部のある個人宅に来られました。
福岡さんのお話をうかがいたく、市島、福知山、綾部、舞鶴等から、たくさんの人が集まりました。福岡さんの書籍『わら一本の革命』に出会って、農を志した方など、農や地球の緑化、持続可能な社会を模索する人など、参加メンバーも個性的で、熱心に福岡さんの話に耳を傾けました。
私も10年前、大阪でご講演を拝聴したことがありますが、綾部に来られるとは夢にも思っていませんでした。みんな一様に「よく綾部に来られたな」と感じたことでしょう。
それはなぜ実現したのか。それを実現させたのは、表には出てこられないけど、しっかり新世紀の生き方を実践しておられる一人の生き方、生き様でした。人をひきつけるもの、それはやはり人なのでしょう。今回、あらためて、綾部とは何かを考えさせられました。
アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞をとられ、日本よりも世界で著名な福岡さんが綾部に訪れたことの意味、遺言にも近い福岡さんからのメッセージを共有する意味をみんな感じながら、午後、福岡さんが長い年月をかけて考案された「粘土団子」をみんなで心をこめて一緒につくりました。
時代の変化、人々の価値観や意識の変化も、最近の来綾者から見えてきます。
※当日、配布された資料を「あやべ田舎暮らし情報センター」内でお見せできます。※ドラッカーの5つの質問(4)は次週予定です。


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22●ドラッカーの5つの質問(4)
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ピーター・F・ドラッカーが非営利組織に問う5つの基本的な質問のうち、「われわれの使命(仕事)は何か?」と「われわれの顧客は誰か?」について、みてきた。今回は「顧客は何を価値あるものと考えるか?」、「われわれの成果は何か?」、「われわれの計画は何か?」について考えてみたい。
まずは「顧客は何を価値あるものと考えるか?」について。価値とはニーズと置き換えられる。事業やプログラムを考えるときも、ボランティアを募集するときも、募金活動をする時も、顧客が何を価値あるものと考えているかについて、注視していなければならないと説く。特に、「私たち非営利組織がすること、あるいはできることで、ほんとうにあなたのお役に立つことは何ですか?」という問いに答えることによって、顧客の価値があきらかになるという。もし彼らがその非営利組織のサービスを活用していないとすれば、そのサービスを欲していないからである。つまりその非営利組織は、無駄なことをしているのだと再考をうながす。マーケティングの大家であるF・コトラーは「多くのNPOは顧客が求めるニーズについては理解していない」と述べている。どうしたら、顧客の真のニーズを知ることができるのか。顧客のニーズを知るための最善の方法は彼らに質問することである。顧客のなかには自分自身のニーズが何かを明確に答えられない人もいる。何がしたいのか、何を欲しているのか、はっきりと表現できない。そうした人々は自分たちのニーズを誰かが察知してくれるのを待っている。できるだけ、顧客サイドに立って、ニーズを把握し、それからそのニーズをどのように満たすかを決めるべきだ。顧客が何を価値あるものと考えるかを正確につかみ、顧客満足のための情報やプログラムなどを提供できるように、工夫を凝らせという。
次いで「われわれの成果は何か?」について。成果とは組織が使命に基づいて、達成すべきものである。NPOにとって、大事なのは顧客のニーズに対し、自らどのような成果を上げるのかということ。もし、成果がない、またはもうニーズが存在しないのであれば、それはその組織がないほうが世の中がうまくいくとうことなのだ。NPOにとって、成果があがらないものを中止し、転換するという判断は重要である。ドラッカーは50年の非営利組織とのかかわりや研究のなかで、非営利組織の関心の焦点は「ニーズ」から「仕事の成果」に確実に変化してきたという。成果を論じる時代。そんな厳しい時代が現代である。業績こそはすべての組織を判断する最終的な物差しである。しかし、非営利組織は成果や業績にあまり優先順位をおいていない。ドラッカーはそんな人々に新約聖書の中の寓話「あなたの仕事は、あなたの所有する資源、すなわち人と金、を最も見返りの多いところに投資することである」で示唆を与える。非営利組織は成果、業績にこだわらないと組織自体が滅びることを教えている。最後に、「われわれの計画は何か?」について。非営利組織が良い仕事をしようと思ったら、計画が必要である。非営利組織は自分の使命をきちんと定義しないなぎり、失敗するだろう。それぞれの組織の具体的な成果は、そのもつ使命によって定義されるからだという。特定の顧客のための、特定の戦略に焦点を当てた、特定の目標を立てる。そのためには数多くの具体的戦略が必要となる。非営利組織は人、金、能力など、乏しいことが多く、成果が望めないことに乏しい資源を使ってはいけない。非営利組織はサービスや事業計画を立てる際、能力が発揮できることに焦点をあてること。成果は資源を集中することによって、獲得することができる。「これは私たちの仕事ではない。他の人々のほうがうまくやるだろう」「これは我々の得意な仕事でない」と言うだけの勇気を持つようすすめる。使命に即し、成果をあげるための計画を立てる際、うまくやれて、さらに続けたほうがよいことは何で、うまくできず、成果があがらないことは何かを見出すことである。非営利組織はよき意図だけでは十分ではない。よき意図が効果的な活動になっている必要がある。すべての問いは里山ねっと・あやべに重要な示唆を与えてくれる。営利、非営利をとわず、ぜひ1度、『非営利組織の「自己評価手法」〜参加型マネジメントへのワークブック』(P・F・ドラッカー編著・ダイヤモンド社・1995)を手にとってほしい1冊だ。最後にドラッカーからのメッセージを1つ紹介したい。「私は、人々の熱意なしに、物事がうまくいったのを見たことがない」使命に即し、成果を達成するために、非営利組織は「正しい計画」をたてなければならない。ドラッカーによれば、以下の4点がポイントになる。1.分類した顧客の個々のニーズに焦点をあてて、個別に活動内容を検討する。2.自分たちの業績、長所に注目する。3.自分たちが信じ、心から納得する。4.複数の活動がある場合、使命達成に効果の高い活動に優先順位をつける。


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23●本質を問う時代へ
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少々のことを語っても、重みがなければ、それは簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。今回のアメリカのテロ事件は私たちにたくさんのことを教えてくれた。あの事件に影響されないものごとはおそらくないだろう。人は瞬時、何らかの影響を受け、学び、変わり、生きている。人は日々、編集されている。
たとえ、それが一見、関係のないものだとしても、私たちはその影響下にある。里山ねっと・あやべのテーマである「都市との交流」さえも、きっとその影響下にある。哲学をもったものでないと、本質的なことを考えたものでないと、軽く吹き飛ばされて、早々に消えていってしまうだろう。そんなことを考えるきっかけを今回の事件は与えてくれた。
世界は湾岸戦争でも大きなショックを受けた。あの時と、1点違うことが現在あると感じている。それはインターネットの存在だ。悲しみを分かち合おうと、誰かを勇気づけようと、新しい時代の意識を伝えようと、市民活動を伝えようと、様々な新世紀創造型のメッセージメールが市を超え、県を超え、国を超え、行き来している。阪神大震災の際もインターネットは活躍したが、今回はさらにグローバルなツールとして,動き出しているのを感じる。伝えたい良いメッセージは人から人へと、どんどん伝播されていく。時代を変えるための市民発の勇気あるメッセージが、どんどん転送されていく。誤報もあるが、本質をついたメッセージも多く、新しい時代への希望を与えてくれる。
14日、つくば市の翻訳家の知人から、マハトマ・ガンジーのことばが届いた。以下は、ガンジーのメッセージ。
「暴力は対抗的な暴力によって一掃されない。それ(暴力)は、一層大きな暴力を引き起こしてきただけである。けれども私は、非暴力ははるかに暴力にまさることを、敵を赦すことは敵を罰するより雄々しいことを信じている。非暴力は決して弱者の武器として思いついたものではなく、この上もなく雄々しい心を持つ人の武器として思いついたものなのです。
戦争の原因を理解し、その根本的解決を図ろうとしない限り、戦争をやめさせようとする行動もすべて無駄に終わる。現代の戦争の主な原因は、地上のいわゆる弱い民族を搾取しようとする非人間的競争にあるのでなかろうか。インドが本物の自由を手に入れるつもりであり、インドを通して世界も自由になってもらいたいのであれば、人々は町ではなく村に、大邸宅ではなく小さな家に住まねばならないという事実に早晩気づく必要があります。町や大邸宅で何億もの人々が平和に暮らせるはずがありません。暴力と不正義をはびこらせる以外にしようがありません。真実と平和がなければ、人間性が破壊されるだけであるというのが私の考えです。村で簡素な生活を送ることでしか、真実と平和に到達することはできません。そしてこの簡素な生き方は、チャルカ(糸車)とそれに付随する諸々の中に一番よく見つけることができるのです。今日世界が間違った方向に向かっているとしても私は恐れてはならないのです。インドもその方向に向かっている可能性があります。蛾が炎の回りで踊り狂っているうちについにその中に飛び込んで焼かれてしまう例えと全く同じような状態にあるようです。しかし、この命のある限り、そのような運命からインドを守り、それを通じて全世界を守るために働くことが私が自らに課した義務であります」。
21世紀、そこでは、本質が深く問われた活動しか、きっと生き残れないだろう。私たち里山ねっとの活動とは何か,私たちの理念とは何か。本質がますます問われていく。
※ 多くの犠牲者とその家族に哀悼の意を送ります。残された時代を生きる私たちの責務を一人の人間として、果たしていきたいと思います。


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24●人はなぜ田舎を訪ねるのか
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山陰線が複線電化になった年(1996年)の春から半年間、綾部市鍛治屋町の自宅から京都市内の四条烏丸のオフィスまで、100分かけて、通勤したことがあります。その年から、私は小さな田んぼをはじめ、自給用のお米を作るようになりました。都会の友人に手植えの田植えや稲刈りに来てもらい、個人的な「都市との交流」を始めました。無農薬無化学肥料での米作りは大変ですが、たくさんの「こころの収穫」もいただいています。
今年も無事、2反の手刈りによる稲刈りと稲木かけを終えました。あとは、今週末の脱穀(これはハーベスターでします)を待つばかりです。大阪等から、電車代や車代をかけて、また貴重な1日をかけて、来てくれた友人たちに感謝の気持ちでいっぱいなのですが、稲刈りの休憩中の語らいは、都市間交流をすすめる上での、顧客心理を読み解くよい機会となります。
「なぜ、お金と時間をかけてまで、遠く綾部まで訪れるのか」「なぜ人はお金をかけてまで、重労働をしてくれるのだろう」「人はなぜ田舎を訪れるのだろう」「田舎とは何だろう」「やはり、里山力(風景や自然環境)、ソフト力(おいしい××料理が食べられるなど)、人財力(何ともいえないおじいさんがいるなどの人の魅力)が大事?」など...といろいろ考えます。
そして、またこんなことも感じるのです。私たちは、その「こころ」を真に理解しているだろうか。都市との交流をわかった気になっていないだろうかと。
9月、悲しい事件がアメリカで起こりました。世界が大きな心の痛手を受けました。あの日以来、何かが変わったような気がします。そのような時代に、里山ねっとができることは何だろう、私たちがすべきことは何だろう、と日々考えてしまいます。
そんな今、この夏、里山ねっとがおこなった「21世紀の生き方、暮らし方を考えるための、田舎暮らしツアー」(7月20日〜22日)には、それを考える上でのよいヒントがありました。今日はその体験談を書かせていただきます。
民泊を受け入れてくださった10軒の家庭で、個別の農業体験(2日目の午後)を指導いただきました。拙宅でも受け入れをさせていただいたのですが、我が家では、トラックの荷台に40代と20代の男性、20代の女性(乳児同伴)の計4人を載せ、ゆっくりと一宮神社前(宮ノ前)の田に向かいました。※特に都会の子どもたちをトラックの荷台に乗せて、走ると、大歓声をあげ、喜びます。どこか風が違うことを感じるのでしょう。
農体験の内容は各家庭で企画してもらいましたが、我が家では、田の草取りを一緒にしました。猛暑続きでしたので、涼しくなった頃、裸足で田に入り、ナギをとってもらいました。しばらくすると、長崎が田舎という40代の男性(大阪在住)が「父母や祖父母のこと、農作業を手伝ってときの思い出、幼い頃、野山で遊んだ日のことなど、長崎の思い出がいっぱい思い出されたよ」と言われました。若い方も同じで、何よりも深く、尊い時間となったようです。
3人にとって、裸足で田に入るとはどういう意味があったのでしょうか。土の感覚、水のにおい、セミの声、さやさやと稲をわたる風を、「五感」で感じていると、その人をかたちづくっている大事な記憶が蘇ってくるようです。農作業(作務)は座禅や瞑想(メディテーション)に似ていて、人にとって大事な「内省の時間」だといつも思います。
もしかすると、田やあぜ道、畑、山、雑木林、小川、池など「里山という舞台」には、「本当に大事なこと」を思い出させるチカラがあるのかもしれません。21世紀の美しいこころを育んだり、大事な感覚を呼び覚ますことができる潜在力があるのかもしれません。そんな大きな気づきが生まれました。
「21世紀を美しい時代」にするために、綾部の田舎ができること。里山ねっとが「貢献」できること。それを一緒に探していきたいと思っています。※11月23〜25日、秋編が開催されます。お楽しみに!


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25●センス・オブ・ワンダー〜自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性〜
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環境汚染と破壊の実態を告発し、世界に大きな影響を与え、人々を覚醒させた『沈黙の春』(原書Silent Spring・1964)の著者である科学者レイチェル・カーソンさん。彼女のエッセイをもとにした映画「センス・オブ・ワンダー」が今年3月、完成しました。
 レイチェル・カーソンの最後のメッセージといわれる「センス・オブ・ワンダー」は1965年にアメリカで出版され、日本でも静かに読み継がれています。 センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)とは、「自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性」という意味で、めいの息子であったロジャーさんとともに、アメリカ・メーン州の自然の素晴らしさを感じる様子が書かれ、21世紀の生き方、暮らし方を模索する私たちに、たくさんのヒントを、いまも与えてくれます。
エッセイから、メッセージを2つひろってみました。
「生まれつき備わっている子どものセンス・オブ・ワンダーをいつも新鮮に保ち続けるためには、私たちが住んでいる世界の喜び、感激、神秘などを、子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が少なくともひとりそばにいる必要があります」
「地球の美しさと神秘のただなかに住まう人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽き、孤独に苛まれることはないだろう」(レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』より)
失われそうな私たちのセンス・オブ・ワンダー。危機感を持った人々によって、いま、全国各地で自主上映が始まっています。里山ねっとでも、「あやべ里山映像祭」(2002年3月予定)において、上映を計画しています。
9月、大きなスズメバチの巣が里山ねっとに寄贈されました。オフィスがある旧豊里西小学校の前にお住いの村上茂さんが大事に見守ってこられた直径65センチもある大きな巣です。最初は、少し戸惑いましたが、「あっ、これって、センス・オブ・ワンダー!」と、今では、あやべ田舎暮らし情報センター(旧保健室)に置いています。
里山ねっとの1つの仕事は、「自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性(センス・オブ・ワンダー sense of wonder)」を都市との交流(綾部の里山の風景の中でひとときを過ごす・・・)の中で、一緒に育てたり、取り戻すきっかけづくりをすることでもあるような気がします。
大きな蜂の巣は、「優れた建築家である蜂」について学ぶよい教材。早速、「あやべ里山造形展」に出品するために、学校をアトリエにして、間伐材で造形作品を創っている都会育ちの若い造形作家君たちが覗き込んでいました。
※あやべ田舎暮らし情報センターにも、「センス・オブ・ワンダー」や「沈黙の春」、レイチェル・カーソンの伝記等、関連書があります。ぜひお手におとりください。


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26●あなたのこころの風景は、どこですか?
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「一本杉とお地蔵さん」私のこころの風景は、鍛治屋の八塚ヶ谷から見た、村はずれの一本杉とお地蔵さんの光景です。いまもその風景は残っていて、朝でも昼でも夕方でも新緑の季節でも雪化粧でも素敵な、なんだかなつかしい風景です。子どもの頃から、一本杉とお地蔵さんのこの風景にひかれてきました。都会の友人をよく連れて行きますが、みんな気に入ってくれ、“何か”を感じさせてくれる「精神スポット」です。小学校の頃、「山の神さん」という子どもの行事があり、みんなでつくった麦わらの家を山にお供えに行くとき、ここを通ったことを思い出します。(30代・鍛治屋町在住)
これは筆者の「こころの風景」です。
現在、里山ねっと・あやべでは、「350平方kmにわたる広大な市域を有する綾部。私たちを育ててくれた思い出の風景や幼少の頃の原風景、また自然のみだけでなく、建物やまち、秋祭りや里の暮らしなど、あなたの心に深く残っているもの、勇気をくれたものなど、
「ふるさと綾部の風景で、21世紀に残したいあなたのこころの風景はどこですか?1.それはどこから見た風景(場所や方角)ですか?2.それはいつ頃(季節や年代)の風景ですか?3.その風景を選ばれた理由や思い出、物語など、教えてください」
と市内外の方に向けて、昨秋から、「こころの風景」を募集しています(※詳細について文末参照)
事務局に届いたたくさんの思い出の風景たち。思い出のたくさん詰まった風景にまつわる物語を読んでいると、何ともいえない温かい気持ちになっていきます。世代や住む地域を超えて、共感できる何かがそこにあるような気がするのです。それはいったい何なのでしょう。
自分の中にある「こころの風景」を語るということ。それは何を意味するのでしょう。当人にとって、いったいどんな“心の作用”があるのか、どんな心理的な効果があるのか、などなど、そんなことをいま考えています。
京都市内に住んでいた頃から、「山が近くにあるところに住みたい」と思うようになりました。それで、嵯峨嵐山(右京区)や一乗寺(左京区)などを選んで住んできたのですが、いつしか、私は「山」を意識するようになりました。
自分のこころの風景を、人に語るということ。今回、「こころの風景」の応募者に対し、賞も景品も参加賞もありません。でも、応募者は、大きな大きな、見えない「こころの参加賞」を受け取ることになる。そんなことを感じています。
いま、里山ねっとでは、応募いただいたたくさんの風景をまとめた手づくりの小冊子「それぞれの、こころの風景集」(仮題)の編集を進めています。
●10月半ば、『AYABE QUEST(あやべ くえすと) 里山力、ソフト力、人・財力の観点から、21世紀の綾部を探究(クエスト)するための、里山ねっと・あやべ資料集VOL.3』が完成します。今号では「地元学」(第3回里山塾の講演録)を特集していますが、「こころの風景」事業をさらに「地元学」とリンクさせ、深めていきたいと考えています。最新の資料集をご希望の方は事務局まで。


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27●何もないけど、豊かな里
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10月14日(日)、里山ねっと・あやべのある豊里西地域において秋祭りがありました。人材難?で音楽には1番遠い私にも横笛の大役がまわってきました。何ともいえない音色、また8人の笛の音が一つになるとき、それは何ともいえない「至福のとき」でもあります。小学校の頃は、おもちゃ屋等の露店もたくさん出て、親せきも集まり、それはそれはにぎやかな祭りでした。いまでも、祭りが近づくと、近くの公民館の前で、夜、子ども太鼓の練習があります。私の小学校時代(昭和46年〜)は、たき火をして、暖をとり、子どもたちは長い長い列を作っていました。男児だけでも多すぎた時代を経て、40年代の終わりには、女児も参加を始め、いまでは小学生は一桁です(戸数約80)。子どもが長蛇の列に並び、本当になかなか順番が回ってきませんでした。
桐の木を切って作った太鼓のバチをもって、夜7時、満天の星を見ながら、公民館に向かう途中、公民館横の畑から、7段稲木に干された稲の香が風に乗って、香ってきたことをいまもそこを通るたび思い出します。思い出に残る「里の秋のにおい」を1つあげるなら、その天日干しの稲のにおいでしょう。いま、子どもたちは稲木にかけられた稲のにおいを嗅ぐことは本当に少なくなっていますが、子どもの頃、五感で感じたことは大人になっても忘れないものです。
9月から10月にかけて、旧豊里西小において、若い造形作家(6人)が「間伐材」をテーマとする「第1回あやべ里山造形展」の出品にむけて、創作作業をしてくれていました(公開制作・現地制作)。祭りと同じ14日午後、表彰式ならびに講演会、ディスカッションが綾部市内でおこなわれ、若い作家の6人からのメッセージを拝聴、確かなメッセージを受け取りました。彼らにとって、この地で、寝泊りして創作をおこなうとはいったいどういうことなのか。それは創作にどう影響するのか....創作の間、ずっと、考えていたのですが、とても大きなことを感じ取ってくれていることに対し、嬉しい気持ちになりました。
都会育ちの20代の若い作家が、「一見この地には、何もないようだけど、こころをひらき、感じれば、この地には豊かな資源がいっぱいある」ことを感じてくれたかもしれないことは、今後、諸氏が創作活動を続けていくうえで、貴重な財産になっていく、それは21世紀のひとつの希望、そう確信したのは、私だけではありませんでした。
若い作家との尊い出会いは、里地・里山、中山間地....の可能性を、また21世紀の造形とは何か、アートとは何かを、あらためて、気づかせてくれました。
※6作家の作品は10月14日〜28日まで、JR綾部駅北口広場にて、公開中です。どなたでも見ていただけますので、ぜひご来場下さい。


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28●交流事業は眠っている資源にチャンスを与える
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縁側の窓からすぐ近くのこんもりとした美しい雑木林が見える。ここは少し紅葉が早いようだ。「山に梯子がかけられそうでしょう」とSさんはいう。庭を見回していると、とてもなつかしい気持ちになってきた。なぜだろう。
縁側でお茶を飲み、本を片手にゆっくりできたら、大の字になって畳に横になれたら、どんなに、いいだろう。遠慮することなく、畳に大の字で寝転んでもいい家。「放電」が多い都会の日々の暮らしの中で、田舎はもしかしたら、エネルギーをチャージできる場所になれるかもしれない。
ここでは人工的な音は一切ない。家の下の道を車が通ることはまずない。耳をすませば、いろいろな音が聴こえてくる。笹のゆれる音、鳥たちの声。それと裏山からは豊富な谷水が家の横を通り抜け、小さな川へと流れ込んでいく、そんな音が聞こえてくる。民家がほとんどないので、川が汚れることもなく、蛍も多い。子ども(子どもが少ない)より大人が楽しんでいるらしい。
ここには、「里山力」(豊かな自然、美しい景観など)、「ソフト力」(多様な里山文化、経験や知恵、芸術文化など)、そして、個性あふれる「人財力」(夢や想い、志、精神性、人間性、お人柄など)の「3つの力」が、すべてがあった。自称「農家民泊スカウト(?)」の私は条件があまりに整いすぎていて、驚いた。
Sさんの家を訪れたのは、農家民泊のスカウトのためではなく、「こころの風景」に応募いただいた方に実際にお話をうかがいながら、現地に立ちたい、そんな思いからだった。応募いただいた「こころの風景」を小冊子にまとめる作業をしているうちに、何ヶ所か実際に立たねばならないと思う場所、風景があったからだ。それぞれの物語がつまった、それぞれの風景。物語の主人公と一緒にその風景を見たい。そう思って、初めて電話をかけさせていただいたのがSさんだった。
高齢化率も綾部有数の山里で、私は生まれて初めてその地を訪れた。綾部は本当に広い。まだまだ足を踏み入れたことがない地が、会ったことがない人が、いっぱいいる。
Sさんから午前中いっぱい、尊いお話をたくさんうかがった。そんな中でびっくりしたのが、「我が家を開放するから、誰か、泊まらんかな。この自然を体験していかんかな」というものだった。
美しい長閑な里山。裏山から流れ込む谷水、清流。原っぱ、あぜ道、澄んだ空気、満天の星、暗闇......。魅力的なものがいっぱいある。四季を通じての体験メニューをSさんと一緒に数えてみた。フキ採り、田植え、沢あそび、蛍、昆虫採取、稲刈り、栗ひらい、団栗ひらい、漬物づくり、味噌づくり....四季のメニューが片手では足りなくなった。
バス停から歩いて20分。これもまたいい距離だ。ゆっくり景色を見ながら、道草をしながら、訪ねてほしい。
先にも書いた「オープン・カントリー(開かれた田舎の空間)」という言葉が蘇ってくる。魅力的なお人柄のSさんが農家民泊をはじめられたら、人気のスペースになるだろう。「あなたが農家民泊をされる日を待っておられる人が、きっとたくさんいます」、そう感じて、帰途に着きました。Sさんに里山ねっとが作製した「農家民泊研究会」の資料を送った。大分県安心院町の屋号のことを話しておいたので、きっと屋号の候補をいくつかもう考えられているだろう。求めよ。さらば与えられん。農家民泊をしたいなと想う意欲のある魅力的な方との出会いに感謝したい。農家民泊とは何だろう。「交流事業は眠っている資源にチャンスを与える」という京都大学農学部教授・稲本志良さんのことばを思い出した。
「あやべ農家民泊リスト」を里山ねっとのホームページで案内できる日もそう遠くない。


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29●地元を歩くということ〜毎月25日の楽しみ〜
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里山ねっとでは、地域と里山ねっとをつなぐコミュニケーション紙「里山ねっと通信」(月刊・A3サイズ・両面刷)を発行し、旧豊里西小学校の学校区(小畑町・鍛治屋町・小西町)の3町約25〇戸(5自治会)をスタッフ3名が手分けし、毎月25日、各戸配布しています。
「里山ねっと通信」の内容は、里山ねっとの最新情報やイベント情報、「里山的生活」や「人はなぜ田舎を訪ねるのか」に関するエッセイ、地元の草木染めの染色家による「草木染工房さらさ便り」、未来をひらくことば、花言葉など、多彩な内容で、イラストレーターのたかみよこさんに隔月、季節のイラストを描いていただいています。地元の方からは、毎号楽しみにしていますとうれしい反応をいただき、また、当初は里山ねっとのスタッフのみの執筆だったのですが、地域の方にも少しずつ原稿を書いてもらえるようになりました。里山を舞台に、21世紀の生き方、暮らし方を一緒に考えることができるメディアになることを願っています。
机を離れ、地域を一軒一軒訪ねてみると、いろいろなことが見えてくるようになりました。私は小学校のある鍛治屋町出身で、この学校が母校なのですが、3町の全戸をくまなく訪れたことはもちろんありませんでした。小学校時代の同級生は9名でしたので、どうしても行き来していた場所は限られていました。
10月25日、3町をすべて1人で配達したのですが、「現場」は本当にいろいろなことを感じさせてくれました。今回、特に印象に残ったのは、多くの家の玄関前いっぱいに広げられたムシロに干された小豆と咲き誇る大輪の菊でした。
まだサヤにおさまったままの小豆や弾けた小豆。こうして、収穫された小豆は、お正月のあん餅になったり、ぜんざいになったり、祝い事の赤飯となったりしていくのかなと想像してみたりします。小豆を摂取することは身体にどんな薬効があったかな。ふと「百種百神」という言葉も思い出されました。野菜には、それぞれの薬効(やさいのちから)があり、それを活かす食べ方があります。そうした先人の知恵に学び、後世へと継承していきたいと思ったり、今月も「現場」は「尊い思索のとき」を与えてくれました。もしかすると、里山ねっと1番の大事な仕事なのかもしれません。
また、「高潔、清浄」の花言葉を持つ日本の花「菊」は何ともいえない趣があります。昭和23年から38年にかけて、「あやべ菊人形」が15回開催され、今なお語り継がれる北近畿のイベントだったと聞いています。この豊里西地域において、昭和50年前後から、菊作りが盛んになったようです。
我が家でも祖母が菊作りに精をだし、祖母の世代はみんな菊を大事に育て、大輪を咲かせてきました。中学校の授業でも菊作りが行われたことを思い出します。この地らしさの1つが「菊づくり」なのでしょう。落ち葉をかき集め、土を肥やし、手塩にかけて、菊を育てていく先輩世代たち。菊作りの魅力を今度、先輩世代に聞いてみたいと思います。
11月3日(土・祝)、綾部市里山交流研修センター(旧豊里西小学校)において、3町と里山ねっとの合同の「第1回菊花展」(9〜15時)が開催され、500鉢を超える菊が出品されます。
里山ねっとでは、今回、「21世紀の生き方、暮らし方を考えるための、あやべ田舎暮らし初級ツアー(夏編)」に参加いただき、蕎麦を打っていただいた須藤定平をお招きして、再び、蕎麦を打っていただき、振舞う予定にしています(無料)。ぜひ菊花展へ足をお運びください。
※ 月刊「里山ねっと通信」は年12回発行、2000円(送料込)で定期購読が可能です。お申込みは事務局までメールでどうぞ。サンプル紙をお送りします。


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30● 里山の四季〜里山素材の宇宙〜
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旧豊里西小学校の保健室が、この夏、「あやべ田舎暮らし情報センター(愛称募集中です!)」に生まれ変わりました。その空間を活かして、綾部在住または綾部にご縁のある芸術家等の作品を展示する「小さな小さなミニギャラリー」を開きたいと以前から思っていたのですが、この度、初めてのミニ展を11月開催することになりました。
記念すべき第1回目は、地元・綾部市小畑町に京都市内から平成11年に移住された染色家の森口靖彦さん・雪枝さんご夫妻(草木染工房さらさ)の「里山の四季〜里山素材による草木染めコースター展」です。
10センチ四方の生なりのコースターが美しい日本の伝統色に染まり、山里の風景が絵筆で描かれています。桜や栗をはじめ、里山の自然素材が染めの素材になっていきます。森口さん夫妻の草木染めの宇宙にふれていただけたら幸いです。お気軽にお越しください。開催期間は11月いっぱい、開館は平日の9時〜午後5時、入場無料です。
一見何も何もないような山里の地ですが、染色家の目には、素材の宝庫にうつります。森口さんにとって、終の棲家として選ばれた綾部の小畑は、染色の可能性を育てる舞台であり、また自然から育てられる学び舎です。
縁あって、この地に移住された森口さんがおっしゃったことば「この地は、草木染めの素材の宝庫」という言葉がきっかけとなり、こうした展示とつながり、草木染めのいう表現手法で、「里山の宇宙」を垣間見させていただきました。
また、この9月、植物も詳しく、昆虫にも詳しい方がこの地を歩かれ、「ここは昆虫も多いよ」と述べられた言葉に、この地に生まれ、15年ぶりにUターンした私が、あらためて、この地の可能性に気づかされた次第です。
里山ねっとが毎月発行しているコミュニケーション紙「里山ねっと通信」に、森口さんの「草木染工房さらさ便り」の連載が始まりました。エッセイをご紹介しましょう。
●草木染工房さらさ便り 連載@ 小さなここちよさ森口雪枝さん(小畑町在住)
家の裏手の小さな林には椿、百日紅(サルスベリ)、山椒、柿、クルミ、栗・・・といろいろな木々があって、その間にお隣の久馬さんは木を組んでシイタケを育てます。帰り道の途中にひとつ栗が落ちているのをふと見つけました。手に取るとコロコロと掌の中で転がって・・・。つい楽しくなって林に入り、夢中でカーディガンの中に拾い集め出すと、あっちにもコロリ、こっちにもコロリ。木の下の方に埋もれているもの、葉の上に実が飛び出しているもの・・・普段、畑で収穫する喜びとはまた違ったここちよさ。トゲに刺されないようにソーロリと殻を広げて、実を抜くときは何だか海女さんが深海の岩間から注意深く貝を採り出してくるようなものです。「吹き渡る風が気持ちだけ冷たく思われる頃、栗の実落ちる」。何だか里山の生活暦の一句めいた文句が浮かんだうららの午後でした。栗ごはんを炊いた2〜3日後、まだ裏手にごろごろと落ちて待っていてくれる「イガ」を集めて、秋の黄茶色、茶色、?(くろ)色を染め出すのも毎秋の私たちの仕事です。(※里山ねっとコミュニケーション紙『里山ねっと通信』8号・2001年10月25日発行より)
冬がさらに近づく今日この頃、あらためて「里山の宇宙」を感じています。こころの中に、「あやべ里山素材商品研究所構想」が芽生えています。


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31●新しい時代のちから
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まちづくりに関心のある人、実践している人が、相互に交流し、今後の活動に活かすとともに、広域的なまちづくりのネットワークの形成を目的に、11月17日、福知山において、まちづくり交流フォーラム「ふくちのちから」が行われます。
今春、綾部においては、「あやべのちから」がおこなわれました。今度は福知山において、福知山の地域のちからを存分に活かした会がおこなわれることでしょう。「あやべのちから」という名称は、「綾部の地からの情報発信・メッセージ発信」という意と「綾部が持つ潜在力・可能性」という意の掛詞です。
「新しい時代のちから」とは何だろう。今年、「よわさのちから」(哲学者・鷲田清一著)という本がでましたが、いま、時代は「21世紀のちから」を求めているような気がします。「パワーゲーム」的な「ちから」ではなく、「新しい時代のちから」。21世紀、どんな「ちから」を世に発信していくのか。里山ねっとはどんな「ちから」を発信していくのだろうか。
以前から、「気になるちから」がお隣の「大江町」にあります。「大江町のちから」。下記は時折目を通している大江町のパンフレットのメッセージです。
「交流を通して、鬼愛好家、鬼師、建築家、デザイナー等、鬼のヒューマンネットワークを形成しつつ、日本の鬼の里に相応しい鬼文化振興を図ってきた。平成の世、大江山の酒呑童子が一千年の長き眠りから再びスーパーヒーローとして蘇り、鬼文化情報収集発信拠点「日本の鬼の交流博物館」の開館、日本の鬼を世界に発信する「世界鬼学会」の設立など、鬼伝説の町が“鬼力”ある小さな世界都市を目指し躍動する」
「“鬼力”ある小さな世界都市」。視覚偏重の時代といわれる現代は、見えないものを崇め、自然を畏れ、大事にする哲学が希薄になっています。「鬼力」はそんな「21世紀の大事な感覚」を育てゆくちからになる、そんな予感があります。
未来の潮流を探し、感じ、受信する日々ですが、里山ねっとがメッセージするとしたら、その1つは「里山力というちから」ではないかと思います。
里山ねっと・あやべの設立総会(2000年7月19日)の数週間前、「里山力(さとやまりょく)という言葉がふとこぼれてきました。もしかしたら、世界で初めての言葉かもしれません。
21世紀、ランドスケープは1つの商品になる、武器になる。里山がもつ秘めた力、可能性、持続可能性(sustainability)、生命多様性、先人の知恵が産みだされた場所であり、現代において、大事な「何か」を思い出させてくれる場所....などを一言で言い表わす言葉として、「里山力」という言葉は生まれました。
「里山力」(豊かな自然、美しい里山的風景、ランドスケープなど)、「ソフト力」(多様な里山文化、経験や知恵、芸術文化など)、そして、個性あふれる「人財力」(あたためてきた夢や想い、ビジョン、志、人をひきつける魅力など)の「3つの力」を結集し、21世紀の綾部が世界に誇れる「オンリーワンのまち」にしていこうと里山ねっとは活動してきました。
綾部は、どんな「ちから」を発信していくのか。里山ねっとは、どんな「ちから」を発信していくのか。あれから1年が過ぎ、様々な検証のなかで、「里山力×ソフト力×人財力による21世紀のまちづくり」を再考しています。


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32●一生一宿
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毎日、決まった時間、自然を楽しみながら、ゆっくり農道を散歩される隣町のおばあちゃんと田んぼでいかにも慣れていない農作業をする若者(筆者当時34歳!)が、鍛治屋町の一宮神社前のたんぼの農道で出会い、友だちになった。
「空豆がたくさんできたよ」というおばあちゃんに、「空豆で、もろみを作ったらおいしいですよ」と数年前に叔母から教わったことを話したところ、ぜひ作ってみたいとのこと。早速、作り方のレシピを書いて、紅麹とともに届けた。
2人には共通点が2つある。1つは四国八十八ヶ所巡りに関心があること。おばあちゃん(まだ70代だけど)は娘さんと最近、数回かけて、巡礼したという。私も10年ほど前から、関心があって、いつの日か歩いて見たいと思っている。共通点の2つ目は、鍛治屋町の村はずれ(八塚ヶ谷)にある「お地蔵さんと一本松」(枝ぶりはどうみても松で、最近まで松だと思っていたが、実際はヒノキ)の風景が好きだということ。
麹を届けにおばあちゃんの家まで行ったとき、とっても素敵な家(古民家だけど、娘さんによって、洗練された空間に手が加えられている)なので、農家民泊をされたら、きっといいだろうなあと思っていたら、嫁がれた娘さんも同じことを考えておられたようで、「いつか民泊受入をしてほしい!」とお願いをしていた。
おばあちゃんが民泊ホストになる日が来た。11月23日〜25日に開催された「21世紀の生き方、暮らし方を考えるための、あやべ田舎暮らし初級ツアー(秋編)」だ。小西、鍛治屋、小畑の3町から、我が家を含めて、8軒が民泊を受け入れてくださった。
大分の安心院町にならって、各家庭に、屋号をつけてもらった。遊び心をもってもらえたらとの思いで、民泊受入家庭を自己紹介するシートには、「屋号をつけるとしたら」という欄をつくった。おばあちゃんの家の屋号は「ひまわり」だった。なんだかとってもうれしくなる屋号だ。
初めてのことだかから、きっと不安も多いだろう。たとえ、娘さんが手伝いに来てくれるといっても老いた身体には負担が大きいかもしれない。でも、僕には、おばあちゃんから「布施・施しなるもの」を感じていた。お遍路さんを見たら、施す四国の文化。何もできないけれど、宿を提供しましょうという四国のそれを、おばあちゃんはいまされようとしているような気がした。四国で受けた恩を返すように。報恩感謝の宇宙。
おばあちゃんの人生で、これが最後の気持ちで客をもてなされようとしている。ふと、「一生一宿(いっしゅく)」ということばこぼれてきた。人生で一度だけ、もてなしましょうと。
その客として選ばれたのは、ひまわりのように温かい素敵な3人の旅人だった。
2日目、3人はおばあちゃんのおすすめの散歩コース(八塚ヶ谷のお地蔵さんと一本松※本当におすすめです!!)をカントリーウォークしたという。3人はきっと深い思索のときを過ごしたことでしょう。自分に帰れる道、そうだ「お地蔵さまへと続く道」と名づけよう!晴天が続いた3日目は、小畑町に移住された森口靖彦・雪枝夫妻指導によるコースターの草木染め体験。おばあちゃんの家に泊まり、素敵な3日を過ごした女性は里山の風景とひまわりを描いてくれた。「地元学(地域の光探し)」と「自分探し」をテーマにした、今回の他火(旅)は、森羅万象に支えられて無事終了しました。3日間、晩秋の好天を与えてくださったお天道様、また遠方から参加いただいた参加者のみなさん、地元学の名ガイドをしていただいた地元の長老のみなさま、民泊ホストのみなさま、ボランタリースタッフ(前回のツアー参加者)のみなさま、里地ネットワークの竹田純一様をはじめするスタッフのみなさま、また助成くださったイオン環境財団の関係者のみなさまに感謝申し上げます。本当に尊い3日をありがとうございました。


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33●感じたものから動き始めるということ(北山ゆかり)
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34●山の神さま(山下芳松さん)
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11月23日〜25日のあやべ田舎暮らしツアーの中で、参加者親子と「里山たんけん」をしていて見つけた1本の曲がった枝が、子どもの頃の記憶を呼び覚ましてくれた。旧豊里西小学校から六反池まで、約1キロの舗装されていない山際の道(※おすすめです!)を歩いていたところ、1メートルくらいの弓状に曲がった枝が落ちていた。「あっ、弓ができるぞ!」とすぐ拾い、そして、つるを見つけ、巻きつけて、弓をつくった。少し歩くと、今度は矢にぴったりの細い枝も落ちていた。何という天の計らい。おそらく30年はしていないだろう。子どもたちが注目する中、手づくりの矢を池に向けて放った。オリンピックの開会式のように飛んでほしかった....。このとき、私の中の何かが蠢いた。何だろう。大事なことが再び戻ってくる感覚。弓をつくるということを思い出せた自分がとってもうれしかった。里山たんけんは大人にも、子どもにも思いがけない天恵を与えてくれた。※今回、5人の子どもたちへの最大の贈り物は冬いちごだった。みんないっぱい食べたね!
10月末、綾部市制施行50周年を記念し、昨秋から募集していた「こころの風景」の受付が終わった。いま、提出された風景をまとめた「それぞれのこころの風景集」という小冊子づくりをおこなっている。「あなたのこころの風景はどこですか?」と里山ねっとは問いかけた。事務局である私もそれに答えてみる。すると、思いがけない大きな収穫をすることになった。今の私をカタチづくってきたもの。大事な何かを紐解いていくのに、これは大きな役割を果たすことがわかった。自分のこころの風景を思い出すと、大事な感覚への気づきが生じる。私のこころの風景は、生まれ育った鍛治屋町の村はずれにある「お地蔵さんと1本松」だ。他にも、姿の美しい空山(そらやま)、小さな小学校、学校の裏山、茶畑、ため池、雑木林...。思い出の風景はいっぱいあるが、「山の神さま」という子ども行事も私に大きな影響を与えていることに10年ほど前から気づくようになった。一神教的なものがもたらすものが見直される現代。「山の神さま」という大事な農の思想に子どものとき、出会えたことを感謝している。それは後世に語り継ぎたい大事な哲学だ。ぜひ次代に語り継ぎたく、地元の長老に執筆をお願いし、『里山ねっと通信』に掲載させていただいた。21世紀の最初の年に、あらためて、共有したいとの願いから。
「山の神さま」山の神の祭祀や行事は全国的に伝承されており、決して当地独自のものではない。私の少年時代からすでに80年余、当時を回顧しながら、わが村の山の神行事を偲びたい。綾部市鍛治屋地区の山の神は、鍛治屋町シメジ5の4番地、山林の一角に鎮座されるが、番地まで知る人はいない。神域は数本の老杉と樫、桧が生い茂り、この一帯を太い笹竹が取り巻き、子ども心にも神の宿る神聖感を覚えた。山の神行事の起源を知りたいが、その記録も伝承も皆無でわからない。約40年前であったろうか、台風のため、前記の老杉がなぎ倒された。その節年輪を調べたが、250年以上と推測されたが、定かではない。父親たちも山の神を祭ったというから、古い行事に違いない。木枯らしが吹き、時に初雪さえ迎えた12月9日の放課後、数束の小麦藁を小脇に抱え、子どもたちは山の神へ急ぐ。誰ひとり洋服を着た子はいない。母の手づくりの木綿着物に、祖父母の作った草履ばきで、山道を急ぐ。上級生指図で、麦藁をそぐる者、神域を清掃する者、柱や屋根の骨組みとなる竹割など学年に応じた分担で、作業は進む。やがて、竹材を骨組みに、小麦藁で屋根を葺き、真新しい屋社が出来上がり、ご神体と崇める石を覆い、神域にしめ縄を巡らして、神事は完了である。最後に残物整理、余った麦藁などに火をつけると夕闇の中、赤々と子どもたちの顔を照らす。今も印象に残る感激の一瞬である。時移り、80年後の今も、山の神行事は継承されているが、時代とともに様変わりである。村に小麦藁が皆無となり、篤志家のご寄贈による、鉄骨トタン葺き祠が立派にご神体を守っている。夏は里に下って農を守り、冬は山野に戻って山を司る山の神様。時代や世相にマッチしながら、里山の子どもたちの情景を豊かにし、結びつきを強めてくれる行事であることを望むで止まない。(山下芳松さん・88歳・鍛治屋町在住・)
里山といわれる地に住んでいると、様々な神さまに出会う。万物に神さまが宿るというアニミズム的な思想に共鳴を覚える。
「見えないものを感じるちから」や「大事なことを思い出させてくれる原点回帰のちから」を育む「里山という舞台の可能性」というテーマについて、2002年は時間をかけて取り組んでいきたいと考えている。


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35●餅つきがもたらしてくれるもの〜暮れの里山の風景〜
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11月23日〜25日、開催した「21世紀の生き方、暮らし方を考えるための、先のあやべ田舎暮らしツアー・秋編」(農家民泊型のグリーンツーリズム)の最終日、綾部市小畑町の西山徹さん(40代の専業農家・シャイな九州男児です!)にお餅つきをお願いしました。西山さんは各方面から餅つきの依頼も多く、手塩にかけて育てられた餅米「新羽二重」でおいしいお餅をご夫婦でつかれます。
民泊ホストの大槻一幸さん(同町)に「こづき」(蒸した餅米を臼に移し、杵で少しずつついていくこと)の見本を見せていただき、飛び入りの餅つき体験が始まりました。
5歳と7歳の小さな子どもたち4人が力をあわせて、初めてつく姿にみんなの微笑がこぼれます。また東北大学の学生さん(里地ネットワークのスタッフ・出川真也さん!)がふらふらしながらつくとき、「よぃしょ!」とみんなで掛け声がかかります。何ともいえない素敵な空気がその場に流れました。
餅つきがもたらしてくれるもの。
それは何でしょう。しあわせを招く「何か」がきっとある、そんな気がします。何だかとっても気持ちのいいひととき。お天道さまも楽しんでくださったような晩秋のお餅つきでした。
小学低学年だった昭和40年代の後半、(たしか東芝の)もちつき機が我が家に来てから、杵臼はお蔵入りしたように思います。自給農を始め年、今から6年ほど前から、かまどで薪を焚き、餅米を蒸し、杵臼でつくお餅つきを大江町の伯母の家に学びに行くようになりました。そして、まったく素人のつれあいも「てかえし」(臼のお餅をひっくり返したり、水をつけたりする怖がりの私には向かない役)を学び、日頃喧嘩の多い私たちも老夫婦に学び、少しずつ上手になっていきました。復活の日です。※最近はみそづくりにも使っています!
かまどに薪をくべながら、火を見つめていると何ともいえず気持ちが落ち着きます。そして、考えます。「ここには、木火土金水(もっかどごんすい)があるなあ」と。焚き木の「木」、燃える「火」、餅米を育てた「土」、かまどや大鍋の「金」、餅米を蒸すための沸騰した「水」。万物を構成するすべての要素がいまここにある。その和合によって、新しい何かが産みだされていく。そんな気分にさせます。もしかしたら、しあわせはその辺からくるのかもしれません。
12月29日(9=苦がつく)をはずした前後の日、来年もよい年でありますようにと願いを込めて、暮れの里山では、餅つきがおこなわれる家庭がまだまだあります。
餅つきがもたらしてくれる何か。そんな見えない「何か」に気づくきっかけづくりができたらいいなあ。今年もあとわずかです。
西山さん、本当に尊いひとときを、ありがとうございました!
●インフォメーション専業農家・西山徹さん(九州から養子に来られ、奥様と一緒にこの地で農業されておられます40代の素敵な方です!)のお米を事務局より、ご紹介します。もち米ではないかと思うくらい、もちもちしたおいしい新米はいかがですか?この地は粘土質でお米には最適の地なのです!*低農薬(除草剤1回のみ使用)「コシヒカリ」・・・1?520円※関西地区の送料は30?まで500円です。*もち米「新羽二重」・・・1kg560円。お申込み・お問合せは里山ねっと事務局(塩見)まで。


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36●未来をひらく里山系の言葉たちinspirational words for satoyamalife
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「雑草」という言葉に対し、「益草」という言葉をつくった農と自然の研究所代表・宇根豊さんのことば「新しい言葉が生まれるのは新しいまなざしが生まれたから。新しい言葉は新しいまなざしをさそう」(『食農教育』農文協・2001年より)にこの2001年秋、出会いました。
ヨーロッパの哲学者の言葉(たしかカントだと思います)に「脱皮しない蛇は滅ぶ」というものがありますが、私たちはときどき「古い自分」を脱皮していくために、21世紀を生きるために必要な新しい価値観、人生観、世界観・・・に出会うために、新しい言葉(新概念)に出会っていくことが大事だと思っています。
もしかしたら、「里山力(さとやまりょく)」という言葉も「新しいまなざし」が生まれるきっかけになるかもしれない。そんな気がしています。「里山力」という言葉は、私に新しいまなざしを与え続けてくれています。
21世紀の生き方、暮らし方をひらくことばたち。この12月、里山ねっとのホームページにおいて、「未来をひらく 里山系の 言葉たち inspirational words forsatoyama life」というコーナーを開設しました。里山ねっとのコミュニケーション紙「月刊・里山ねっと通信」において、毎月、未来をひらく言葉を紹介していたものをさらにオープンソース(開かれたみんなの宝物)にしょうとまずは15の言葉を紹介し始めました。
言葉は贈り物。こうした言葉が誰かを勇気づけ、明日を生きる希望となり、新しいまなざしを得るきっかけとなればうれしく思います。
里山や里の姿、自然や人の在り方を見続け、21世紀への指針を示唆してきた先人や先駆者の言葉は多くのことを私たちに教えてくれます。
●日本には身近に数多くの里山が残っている。里山は、山から連なる水田や小川、集落も一体となって形作っており、人と自然が混在し、一つの輪につながっている。「人も自然の一部」とみる日本人の精神活動と深く結びついた伝統的な空間だ。・・・里山から学べることは、昔、日本人が自然に手を加えながらも、他の生き物への配慮を忘れなかったことだ。(自然写真家・今森光彦さんのことば)
●海をわたる風にもカミを感じる(人も木も石も区別しなかった山尾三省さんのことば)
●生まれつき備わっている子どものセンス・オブ・ワンダー(sense of wonder…自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性)をいつも新鮮に保ち続けるためには私たちが住んでいる世界の喜び、感激、神秘などを子どもと一緒に再発見し感動を分かち合ってくれる大人が少なくともひとりそばにいる必要があります。(レイチェル・カーソンさんのことば『センス・オブ・ワンダー』新潮社より)
●地球の美しさと神秘のただなかに住まう人は科学者であろうとなかろうと人生に飽き孤独に苛まれることはないだろう。(同『センス・オブ・ワンダー』新潮社より)※2002年、ドキュメンタリー映画「センス・オブ・ワンダー」が完成し、日本の各地で自主上映中です。ぜひ多くの方に見ていただきたい映画です。上映場所もインターネットで検索可能です。
●どんな山にも必ず持ち主がいます。里山はその持ち主が抱く?思い?や手入れによって、たとえばミカン山とかクヌギ山、スギ山というように、できあがっています。持ち主に何の思いもない時、そこは荒れ山になってしまうのです。(里山倶楽部副代表・大亦義朗さんのことば『月刊アネモネ』1999年8月号より)
●私にとって<里>とは何か。それは魂が元に戻ることのできる場所である。(内山節さんのことば『里の在処』新潮社・2001年より)
●大地と人間が安定した関係を結んでいるところを里というのです。(前田俊彦さんのことば『森と里の思想』(高木仁三郎氏との対談集・七つ森書館・1986年より)
●農業は、生きものとともに暮らす仕事である。春の訪れとともに生まれ、秋が終わるとき死んでいく夥しい数の生命を育て、また、看取る仕事である。(玉村豊男さんのことば『草刈る人』新潮社・2001年より)
●この秋は 雨か嵐か しらねども 今日の勤めの 田草とるなり(二宮尊徳さんのうた)
●ふるさとの 山に向かひて 言ふことなし ふるさとの山は ありがたきかな(石川啄木さんのうた)
2001年も残りわずかのいま、ぜひ伝えたい言葉があります。ジャン・ジオノ原作の『木を植えた男』を短編映画化した画家フレデリック・バック氏のことばです。10年ほど前、出会い、クリスマスの時期に毎年、ビデオ版の「木を植えた男」を見ています。わずか30分のアニメーション映画ですが、その深遠な哲学には何度見てもインスパイアされます。
2001年のラストメッセージとして、愛を込めて、贈ります。
●私は15年以上前にはじめてこの物語(「木を植えた男」)を読み、深く感動しました。その後、読み返すたびに同じ感動を覚え、そこに盛り込まれている多くの要素を感じとったのです。
この物語では、自分の仕事に打ち込んだ男の献身的な働きぶりが語られています。その男は、それが行なうべき重要なことだと知っており、自分の長年にわたる努力が、将来、大地とそこに住む人間にとって有益であると確信して、何年も無償の行為を続けていくのです。彼は大地がゆっくりと変化していくのを見るだけで、十分幸福でした。それ以上のものを、彼は望まなかったのです。
この物語は、献身的に働くすべての人びとに捧げられるとともに自分で何をしたらよいかわからない人や、絶望の淵にある人には心強い激励となるでしょう。
※映画版『木を植えた男』も絵本版、文芸版(あすなろ書房、こぐま社)もすべて入手可能です。お問い合わせは事務局(塩見)まで、お気軽にどうぞ。


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37●人が変わるとき(北山ゆかり)
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「いつかある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって。」「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆくことだって…その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって」(星野道夫 著 エッセイ 「旅をする木」 文春文庫より)
誰かのため、そして自分のために変われるということ。それは今、とても大切なことだと思います。
2002年1月20日(日)、私が過去最も多く映画館へ足を運んだ映画が綾部で上映されます。龍村仁監督のドキュメンタリー映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第3番」です。この映画の魅力をどうお伝えしたらいいのでしょう?「回を増すごとに、新たな発見と視点で観ることができる」それだけでは言い足りない気がするのです。
このガイアシンフォニーという映画は、アラスカの自然と人に魅せられた写真家・星野道夫さん(1996年ヒグマに襲われ死去)と、宇宙物理学者フリーマン・ダイソンさん、外洋カヌー航海者ナイノア・トンプソンさんの3人が中心となる映画です。
インタビュー形式のドキュメンタリー映画という枠組みの中、帰らぬ人となった星野さんを中心に映画を構成することは至難の技ですが、龍村監督はこの映画で敢えてそれに挑みました。星野さんの友人を尋ね、インタビューを重ねることで、彼が存在した証を探り続けたのです。
星野さんが尊敬するその友人たちは、みな、「星野道夫」を心から愛した人たちだということが、彼を語る表情、口調、眼差しから感じられます。また彼らは、自身にとってのより良い生き方を常に実践し続けてきた人々です。老いてもなお輝き続けるその瞳を映すことで、これらの人々を通して、人がより自分らしさを模索するための方向性を与えてくれる映画だという気がします。
映画を観る度に私は変われたか、それはわかりません。ただ、今回私にとって意味のある1月20日という日に、この綾部で上映されることに何かのメッセージを感じています。
1月20日、私はこの映画との6度目の出逢いを楽しみにしています。自分が変われるかもしれない、また新しい何かが生まれるかもしれないという予感を今、少しずつ感じ始めています。誰かのため、そして自分のために…。
当日会場でお出会いできれば嬉しいです。
(文責:北山ゆかり)


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38● ポスト9・11  FEC自給圏
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経済評論家の内橋克人さんは以前から、「FEC自給圏」を構想すべしと、ことある度に提唱されています。「FEC」とは、「Food(食糧)」、「Energy(エネルギー)」、「Care(福祉・医療・こころ等のケア)」の3つを指し、この3つのローカルな自給圏を構築することが世界においては潮流であるが、日本は未だ逆を行っていると警鐘を鳴らされてきました。意識の低い日本ですが、新潟の水原町のように「食糧自給率100%」を志す町があらわれてきていることは、注目すべきことだと思います。
昨秋、福知山の幼稚園で、「ローカル・エネルギー自給」のかわいい体験がありました。子どもたちが福知山の三段池公園に行き、「柴刈り」体験、子どもたちは林に分け入り、みんなで小枝を集め、その束を先生に背負わせてもらい、幼稚園まで帰り、焚き火をし、自ら育てたサツマイモで焼き芋を体験しました。そのかわいい写真を見せてもらいました。なんともいえない微笑ましい柴刈り小僧君たち。小枝という魔法のスティック。それは火を育てることもでき、ちいさいけれど、立派なローカル・エネルギーです。
暖かい3連休、久しぶりに畑で作業をしました。畑の敷地内で大きく育った木を伐採し、木の枝をはらい、焚きつけ用の木々にします。これだけあっても、燃やせば、あっという間だろうなと思いつつ、枝を積んでいきます。先人はどれだけの量を1年分、用意したのでしょう。年に数度ですが、我が家でも薪が必要なみそづくりの季節がもうすぐ到来します。みその自給は手始めにぴったりの仕事です。
蝋梅が蕾をつけ、春のような暖かい2002年の成人の日、「的場(まとば)」という地名の我が家の畑に立ち、「ポスト9・11」を考えました。
祖母が毎日、通った的場という畑。以前は、弓の練習場だったのでしょう。我が家の食の自給を支えてくれるそんな場所に立って、体を動かしていると、ふと、こんなことを思いました。ここから離れず、体を使い、思索を続け、問題の本質について、射抜く場所にせねばと。
この1月、農文協から『自然とともに平和をつくる』(「現代農業」増刊号)が出版されました。化石資源依存と戦争の20世紀から、地域生命資源活用による持続と共生の21世紀へ。そんな願いがこもったポスト9・11の希望の書です。
石油という有限の化石資源の浪費が環境を破壊し、環境破壊が飢餓と貧困、怨嗟を招く。その悪循環を断つのは、「工業の農業化」。化石資源から生命資源への壮大な転換プランと、食とエネルギーの地域自給の実践を豊富に紹介し、「自然とともに平和をつくり」道筋を明らかにし、綾部にとっても大きなヒント集となることでしょう。
ローカル・エネルギー。ローカル・フード。ローカル・ファーム。ローカル・マネー・・・。「哲学あるローカルなもの、こと」が時代を切り拓く可能性があります。
2002年1月、ポスト9・11の綾部の切り札である綾部の地域通貨「ゆーら」が、有志によって、誕生します。
みんなの想いが、きっと、ポスト9・11の未来を拓きます。※運営する「ゆーら企画」のホームページhttp://www7.ocn.ne.jp/~yu-ra
いま、私がこの畑に立っているということ。それは様々な選択の結果です。人はどこにも立つことができる。しかし、畑に立つこともできる。年賀状という小さなメディアもそんなメッセージを感じました。時代が変わり、自身の価値観が変わった。年賀状には新しい時代の芽が芽吹いている。小さな小さな時代の変化。


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39●時には踏み慣らされた道を離れ、森の中へ入れ
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2002年に入って、各紙様々な企画をおこなっています。朝日新聞では時代のキーワードである「スロー」を全面に打ち出し、「スローでいこう−暮らし方再発見」という連載を始めました。また京都新聞では、悲観的な予測があふれる時代にこそ、「固定的価値観にこだわらず、見方を変えて幸せを探してみたい。新世紀発想で暮らしは輝くか」と「幸せ探し」を連載しました。その京都新聞の記事の中で、ノーベル賞受賞者の江崎玲於奈さんは、「2002年以降の幸せ」について、「これからの教育は、人がそれぞれ持って生まれた素質や天性を、どれだけ引き出してやれるかなんです。やはり、生来のタレントや個性を最大限発揮するのが、個人として幸せです」といい、米国ベルテレホン研究所にある上記の碑「時には踏み慣らされた道を離れ、森の中へ入れ。
これまで見たことがない何かを見いだすに違いない」を引用し、「踏み慣れた道を離れる勇気が、今、社会のあらゆる場で求められている」とメッセージされています。(2002年1月20日付京都新聞)
今回のウィークリーメッセージでは、この1月、筆者が京都新聞紙上で出会った新世紀の「小さな変化・兆候」をご紹介しながら、2002年以降の生き方、暮らし方のヒントを探ってみたいと思います。
上野千鶴子さん(東大教授)は、2002年1月5日付京都新聞において、上記同様、2002年以降の幸せについて、次のメッセージをされていました。
「資源が無尽蔵でないと発想を転換すると現在の価値が浮上します」。毎日新聞社から最近出版された中野翠さんの時評コラム集『ほぼ地獄。ほぼ天国。』の書籍広告にも小さいけれど、共通するものがありました。
米国同時多発テロから数日後、秋晴れの日曜日の中野さんのことばです。「とにかく、きちんと生活するのだ!自分が今、手にしているものの貴重さを、今まで以上によくかみしめながら、普通に生活していければいいのだ・・・」。
京都出身でジャパンライフデザインシズテムズ社代表の谷口正和さんの時代分析にも共通のものがありました。
「『すでに今ここにある物』を見事に活用して、今まで解決できなかった課題を解決する。新たな何かをつくり出す。これは21世紀のサービス社会にとって、非常に重要な着眼点だ。20世紀は、『何かを解決するには新しいものが必ずいる』という視点の社会だった。だから次から次へと新製品を開発し、世の中を物であふれ返らせた。物を冷やす冷蔵庫、人を運ぶ車、風を起こす扇風機といった具合に非常に単目的的だったのである。これが行き詰まったのが現在である。リサイクルもエコロジーも、この現状をいかに打破するかというところから始まった。日本人は本来的に、すでにある物をいかすのがうまい民族である。京都の庭に多く見られる「借景」などは、その典型だ。自然をあるがままにいかすのがうまいと言ってもいい。この知恵をフル活用して、物が余っている、物が足りないといった物型社会の閉そく状況を打破するのが21世紀における日本の重要な役割だと思う。物だけではない。人、金、場所、時間、すべてにおいて「すでに今ここにある物」をいかし直さねばならない。逆に言えば、この視点に立ったビジネス、商品、サービスは受け入れられるということである。特に、中高年のいかし直しは、ここ10年の最大の課題である。人こそ社会のリセットの源泉だ。人がいかし直されれば、すべてがいかし直される。中高年の中に蓄えられた豊富なキャリアこそ、21世紀の最大の資源だろう。」(2002年1月5日付 京都新聞「経済天気図」より)
先週号でもご紹介した農文協の最新刊『自然とともに平和をつくる』(「現代農業」増刊号)の発刊の広告は、「化石資源依存と戦争の20世紀から、地域生命資源活用による持続と共生の21世紀へ」でした。最後に、「孤独の時間(ソリチュードタイム、以下ST)」の重要性を書籍や講演等でメッセージされている経営コンサルタントの津田和壽澄さんのことばを紹介しましょう。
「一時的な激しい感情に左右されず、自分の内なる静けさに耳をすます。1人の時間こそ、能力を活性化するSTであると肯定的にとらえ直しではどうだろうか。・・・・・・情報のはんらんや複雑な人間関係の中で、自分の素(もと)に耳を傾け、独創性や決断、勇気を育てる。そんな孤独の滋味豊かな面を再認識し、1日10分でもSTを持つことが年齢、地位、性別を問わず必要ではないだろうか」(2002年1月15日付 京都新聞より)
千葉大学の諸富祥彦さん(心理学)も「孤独」の大切さについての本を同時期に、他の出版社から刊行されました。いま、全国各地の小学校〜高校で広がりつつある「朝の10分間読書運動」も自分と対話するSTの1種かもしれません。※綾部市内においても導入を期待しています。関連本を読ませていただきましたが、尊い時間をみんな持つことができるようです。学校のみならず、各職場においても取り組みが可能です。綾部市民がみんなそれをおこなったらどうでしょう!
21世紀的なそんな精神文化を綾部から発信できたらうれしいのですが・・・・。外へ外への時代から、自分という内面に眠る資源をはじめ、身近な資源、地域の生命資源を活かす時代へ、少しずつ時代はシフトしているようです。
以上、6つのメッセージはすべて2002年1月から今日までの間に京都新聞のみで筆者が受信したものです。あらためて、ベルテレフォン研究所の碑を再掲します。「時には踏み慣らされた道を離れ、森の中へ入れ。これまで見たことがない何かを見いだすに違いない」森の中で見つかるものは、「星の王子様」のように、「見えないもの」かもしれません。また「一見、何でもないもの」かもしれませんが、でも、「新しいまなざし」を手に入れれば、きっと見えてくる、きっとそうにちがいありません。(文責・塩見直紀)


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40●シンプルな幸せの法則〜Repeat&Tell other
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「自分が実行していいと感じることは、繰り返せるはずです。繰り返すことによって身につくにつれ、今度は人に話すようになります。すべての成功の鍵は「Repeat(繰り返し)」と「Tell other(人に伝える)」にあります」。
ディック・J・ライダー著『ときどき思い出したい大事なこと(原書The Power ofPurpose)』の本にあった監修者・森捷三さんのあとがき文です。(サンマーク社・1998年より)
出会って以来、「Repeat&Tell other」はとっても気になる「シンプルな幸せの法則」なのですが、21世紀の生き方、持続可能な暮らし方を、みんなで模索し、共創していく際にも、ヒントになりそうな法則ではないかと思います。
我が家の「Repeat&Tell other」の1つは「みそづくり」です。「みそづくり」は、今を生きる現世代にも、子どもたちの世代にも、そして、顔を見ることもない未来の世代、将来世代にも伝えたいことです!
寒に入るとそろそろ味噌を仕込まなくてはと、そわそわしてきます。我が家では、朝晩の味噌汁は必需品で、もうすぐ5歳の娘もこれがないと文句をいいます。年に1度の大切な行事、今年も無事過ごせますよう願いを込めて、心を込めて、みそづくりをおこなう季節(我が家では2月におこないます)が近づいてきました。
京都市内に住んでいた7年ほど前から、みそづくりをするようになりました。我が家の食糧自給率を上げたい、少しでも手づくりの「食べもの」を取り戻したい、そんな思いから始めました。
最初はマンションの一室での小さなみそづくり。みそづくりは「食の自給」への第一歩として、ちょうどよく、おすすめです。また大豆づくりを通して、遺伝子組み替えから食卓を守る「大豆トラスト」などにも取り組めます。
昔ながらに薪で大豆を煮、杵と臼でつき、自然塩(我が家では「海の精」を使っています)と自家製の糀を加え、ちょっと粒のある田舎風にします。以前は牛にもお産の後は味噌汁を飲ませ、産後の身体を回復させたと聞きました。自家製の米とともに、味噌は私たち家族の元気の源です。私たちが手塩にかけて育てた大豆と米で仕込み、一夏から二夏寝かせます。待ってこそ美味しく育ち、まろみが出てきます。
何でもすぐに買ってきて、電子レンジで温めて出てきてしまう時代ですが、この「待つ時間」「待つ文化」とはなんて贅沢な暮らしなのだろうと思うようになりました。先人からの知恵の贈り物であるこの「発酵文化」をなんとか子の時代にも、後世にも伝えていきたい。それは私たち現世代の大事な「世代の仕事」ではないかと思います。
1月19日、綾部の里山が育てた産品(みそ)を紹介する素敵なポスターが神戸から届きました。届け主は昨秋、里山ねっとがおこなった「21世紀の生き方、暮らし方を考えるための、あやべ田舎暮らし初級ツアー(秋編・11月23日〜25日開催)」の参加者・徳平章さん。神戸在住でデザイン事務所を経営されています。
ツアーの最終日、地元学をご指導いただいた里地ネットワークの事務局長・竹田純一さんと徳平から、お隣の小畑町の生活改善グループ「空山グループ」(代表 村上とみ子さん)の「小畑みそ」のPRを応援したいとお申し出があり、徳平さんがボランティアでチラシやポスターを制作してくださいました。誰かに、何かを、伝えるときには「ツール」が必要だということをお仕事柄強く感じておられるからかもしれません。空山グループにはまだそれがありませんでした。
徳平さんは森林ボランティア(2001年9月、11月)、田舎暮らしツアー(農泊・里山探検)と3度、来綾され(repeat)、大の綾部ファンになられました。綾部の良さを何とか伝えたいと親身になってくださっています。天与の才を誰かのために活かすこと。これもシンプルな幸せの法則ですね。
ツアー中、空山グループさん(平均年齢60代半ば、10数名で構成)には、みそや地元産品を活かした食事をお世話になり、農泊(農家民泊)をお世話になった方もありました。70歳に近い村上さんの一生懸命の姿を見て、徳平さんは何とかお役に立てたらとPR援助を買って出てくださいました。ポスターには、ツアー中、徳平さんが農泊のホストのおばあさんと訪れた際、撮影された「空山(そらやま)」の写真が添えられています。徳平さんはその後も、まさに手弁当でみそづくりの作業風景を撮影に来綾くださり、今回、半年で計5度目の来綾をされました。徳平さんの尊いお気持ちには本当に頭が下がります。
綾部の持っている力(潜在力や可能性など)は綾部市民の総和だけはない。そんなことを徳平さんがボランティアで制作してくださったポスターに感じた次第です。綾部を応援するちからが、綾部の外にもたくさんあります。
参加者の中には、減り続けるみその消費を拡大するために、伝統的な食文化を再創造するために、「現代的なみその使い方」を教えてくれる参加者もおられます。お菓子づくりに活かせますとみそを使ったプリンを届けてくださいました。主催者として、今回のツアーが良縁となり、善循環の輪が広がっていることをうれしく思います。
シンプルだけど、飽きがこないもの。お米やみそにはそんな「Repeat&Tell other」というシンプルな法則が凝縮されている、そんな気がします。綾部もそんなシンプルだけど深く、飽きのこない里になってほしい、また訪れたくなり、人に伝えたくなる、そんな「光のあるまち」になってほしいと願っています。
※21世紀におすすめしたい推薦書の1冊もある『味噌がおいしい。』(未来食アトリエ風編著・メタブレーン・2000年)によると、味噌には、1.解毒作用、2.放射能防御、3.ガン予防、4.免疫力強化、5.動脈硬化防止、高血圧抑制、6.老化防止、7.消化促進、8.脱臭効果などがあるようです。
※この度、小畑町の「空山グループ」(代表 村上とみ子様)が、平成13年度の永井賞奨励賞(財団法人永井記念財団)を受賞されることになりました。心よりお祝い申し上げます。おめでとうございます。地域資源であるこうした里山の農産物を都市に向けて、広報PRの応援をすることも里山ねっとの仕事の1つです。
※空山グループでは、味噌づくりの委託事業もされておられます。米・大豆の持ち込みも可能です。詳細は村上さん(電話0773−47−0027)まで、お問合せください。
※里山ねっとでは、空山グループと共同で、みそ料理のレシピを募集していきたいと思っています。ぜひご協力ください。お菓子、パン、和食、洋食等問いません。よろしくお願いします。
※「寒に入る」や「冬至」「立春」等、「二十四節気(旧暦の季節の区分)と暮らし」について、もっともっと学んでいかなければと思っています。良書があれば、ぜひお教えください。よろしくお願いします。(文責・塩見直紀 ayabe@satoyama.gr.jp

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