●バックナンバー61〜80



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61●知恵のことば 未来をひらく里山系の ことばたち5
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62●花は盛りに
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早いもので、2002年も半分過ぎました。季節はどんどん巡っていきます。
6月、美しい花を咲かせてくれた紫陽花たち。地域の宝さがし(里山探検)の仕事のおかげで美しい紫陽花とたくさん出会うことができました。
吉田兼好は『徒然草』において、「花は盛りに、月は隅なきをのみ見るものかは」(137段)ということばを残していますが、「盛り」を超え、風雨にさらされた紫陽花の中に、美を見ることを、2年前、教わりました。
2000年秋、田舎暮らし体験の1つのプログラムで「田園クラフト・リースづくり教室」をおこなうにあたり、綾部市内のつる編みグループ「あけびの会」の四方静子さんとつる採集の下見をおこないました。
校庭の片隅で美しい花を咲かせた紫陽花がありました。かたちを留め、花の色も薄れゆき白くなっているものを四方さんが見て、「きれいでしょ!これもすてきなリースを飾る素材になるの。これがまたいいのよ」と教えてくださいました。
いままではただの枯れた紫陽花としか見ていなかったことでしょう。目にも入っていませんでした。
しかし、枯れてさえ美しい紫陽花は自然のドライフラワーとして、リースを彩る素材として、光を放ちます。いまという時代は金銀の人工物をつけた華やかなリースより、自然素材だけの渋めのリースのほうが好まれるそうです。
京都嵯峨芸術大学助教授の★さんによれば、「自然崇拝の『拝』の字源は、人間が身をかがめて花を摘む姿を形象化したものである」といいます。
野に咲く小さな草花に対しても、身をかがめ、いのちへの敬意の念をもつ。それが「拝」、「拝む」ということ。
<わび・さび>という日本的な美。枯れてもなお美しいと思う私たちの心。万物にいのち宿るという日本人の感覚。そんな感性を、忘れないでいたいなと思いました。
2002年の後半もすてきな風がみんなに吹きますように!(文責●塩見直紀)


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63●鳥のレストラン
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赤毛のアンの影響か、すてきな風景を見ると何か名前をつけたくなります。
ネーミングの天才少女である赤毛のアン。アンの言葉を紹介しましょう。
「あんなすばらしい場所を、ただの<並木道>だなんて。そんな名前、なんの意味もないじゃない。ちゃんとした名前をつけてあげなくちゃ・・・・・・ええと・・・・・・<よろこびの白い道>。想像力にあふれた、すてきな名前でしょ?わたし、人でも場所でも、名前が気にいらないと、いつもちがう名前を考えて、そっちの名前でよぶことにしているの。・・・・・・ほかの人は、あそこは<並木道>だというかもしれないけど、わたしは<よろこびの白い道>ってよぶことにするわ」。
(『完訳 赤毛のアンシリーズ1 赤毛のアン』(L・M・モンゴメリー著、掛川恭子訳・講談社・1990年より)
きっとアンの影響でしょう。私も「お地蔵さまへと続く道」「天使にかえれる道」「天に続く道」・・・といろいろ名づけてきました。もちろん自分用ですが・・・。※どんな道を名づけているか、知りたい方!里山ねっとのホームページ「他火研」のコーナーをご覧ください。http://www.satoyama.gr.jp/tabi/KOKORO100.html
最近は、5歳の娘と一緒に地域を歩きながら、またバイクや車に乗っているとき、すてきな風景を見ると一緒に名前をつけるのが楽しみです。
山を切り開いたような小道が奥小西から口小西(小西町)へ抜けるところにあります。その道の周囲はコンクリートで固められているのですが、そこには一面苔が生えています。見上げると木々が生い繁り、何だか熊でも出没しそうな雰囲気です。そこで「熊がでそうな道」と一緒に名づけました。そこを二人で通る度、そう呼んでいます。「熊、でそうだね」と。夕陽が沈む頃、光が差し込み、苔がとっても美しく必見です!
ある日、一宮神社付近を車で走っていて、ふと我が家の田んぼを見ると、白色とグレーの大きな大きな鳥が2羽、遊びに来ていました。
「大きな鳥が来てくれているね」と娘に話しかけます。「何してるのかなあ。遊んでいるのかなあ」と娘がいいました。「何か食べているのかもしれないね。レストランだね!」というと「えっ、鳥の!」といいました。それで我が家の田んぼは「鳥のレストラン」と名づけることになりました。ファミレスでなく、トリレスです。
廃校あとの校庭が鳥たちのレストランになった話がありましたが、無農薬でどこよりもたくさんのエサがあるかもしれない我が家の田んぼは本当に鳥のレストランかもしれません。ザリガニ、ドジョウ、タニシ、各種のカエルや虫さん・・・。
5歳の娘との田舎でのひととき。かけがえのない楽しい時間です。(文●塩見直紀)


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64●過疎を逆手にとる会(四方源太郎さん)
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65●哲学の田んぼ
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7月4日、新潮社から『考える人』という季刊誌が創行されました。
基本コンセプトは「plain living, high thinking (シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」です。
「plain living, high thinking」とは、産業革命後に急速な都市化が進むロンドンでイギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉だそうです。
『考える人』の巻頭にはこんな言葉がありました。
暮らしにはモノも情報も溢れている。考える前に「わたし」はつい他人を気にしてしまう。自分の頭で考え、暮らしをシンプルにするのは、言うほどには簡単ではない。
たまにはテレビを消して、身の回りも整理して、一人の「わたし」に戻り、自分の言葉と生活を取り戻したい。そんなあなたのために用意する、小ぶりの静かな部屋に季刊誌「考える人」はなりたいと考えています。
里山ねっとがある豊里西地域では、5月上旬に田植えが行われ、小さかった苗もたくましい稲に生育しました。7月中旬には「穂が出たね」と育ての親たちが挨拶をかわすようになりました。早い家では8月の最終日曜日が稲刈りとなることでしょう。
「スローな米づくり」の我が田の「出穂」はまだのようですが、どんどん秋が近づいてきていることを実感します。
最近、「哲学の道」ならぬ、「哲学の田んぼ」ということばを思いつきました。
田んぼの畔(あぜ)に座って思索する。素足で田に入り、思索する。飛び交うトンボを見て、思索する・・・。
田んぼは、私たちのために用意された、生きた『考える人』です。綾部には「小ぶりの静かな部屋」が、たくさん用意されています。(文●塩見直紀)


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66●志賀郷 棚田のハス園
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山際の棚田を再利用し、蓮(ハス)を栽培する観光園「志賀郷 棚田のハス園」が2002年夏、綾部市志賀郷(しがさと)町に誕生しました。
15年前から休耕田となり、荒廃の一途をたどる棚田をなんとか守りたいと地元の井上晴政さん(48歳)が5年前、思い立ったのがハス栽培でした。
白道路(はそうじ)町の極楽寺から「大賀ハス」の種も譲り受け、見事開花させました。以後、栽培するハスの種類と棚田の枚数もこつこつ増やしてこられました。
5年という歳月をかけて整備。地元の応援を受け、観光ハス園として、今年、開園されました。山際の大小25枚の棚田に12種のハスがひろがっています。
話題になるまで、地元の人さえも、この山際の棚田で繰り広げられていた物語(孤独の事業)を実際に目にしている人も少なかったといいます。
ハス園を歩いていて、東大名誉教授の木村尚三郎さんのことばを思い出しました。
「北海道滝上の丘陵地帯をながめて、『ここにはシバザクラが似合う』とひらめいた人、あるいは利賀村の山々を見て『芝居の舞台にいい』と考えた人。かれらには、その土地のよさも欠点も見出したうえで、人間と自然、人間と人間、人間と歴史とがいま現在もっともふさわしい形でかかわり合えるような、美しい感性空間をつくり出す資質と能力があった」。
また、ジャン・ジオノの不朽の名作「木を植えた男」を思いました。荒野にドングリを1つひとつ黙々と植え続ける男の物語です。大地も人の心も殺伐としていた荒野はその男の無私のおこないによって、やがて緑したたる森になり、心地よい風がそよぎ、さわやかな小川が流れ始め、人々の笑顔が蘇る。たった一人の老人の無心のおこないが、いつのまにか世界を変えていた。井上さんは綾部の木を植えた男かもしれません。
大賀ハスで有名な植物学者の大賀一郎は、内村鑑三の「後世への最大遺物」を読んで自らを鼓舞し、幾度の失敗を乗り越え、古代ハスの二千年の眠りを覚まさせたといいます。
「美しい感性空間をつくり出す資質と能力」をもった井上さんの仕事は、後の世まで語り継がれる、後世への大きな大きな贈り物です。
神秘的なハス、山際の棚田。ここちよい風・・・。何度でもいきたいそんな「思索空間」が綾部に誕生しました。
※みなさまもぜひ一度、棚田のハス園に来園ください。場所は綾部市志賀郷町で、志賀小学校正面向かいに案内板が立っています。数台の駐車場あり。園料は無料ですが、可能でしたら、運営管理の協力(カンパ)をよろしくお願いします。花の見頃は午前中で、8月いっぱい楽しめるそうです。(文●塩見直紀)


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67●砂浜美術館1
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7月末から1週間、四国・高知へ行ってきました。家族3人のキャンプです。
パソコンも携帯電話ももたない旅。なかなか読めずにいた辻信一さんの『スロー・イズ・ビューティフル』(講談社)を1冊持っていきました。「国民休暇県・高知」にはぴったりの1冊です。
南国・高知市は稲刈りの真っ最中。稲刈りのにおいが車の中まで香ってきました。
高知にはいつか訪れたいと願っていたまち(オンリーワンのまちづくりの先進地)がたくさんありました。
4キロの砂浜を美術館に見たて、Tシャツアート展や漂流物展を開催している「砂浜美術館」(大方町)、柚子で有名な馬路村、そして四万十川のほとりの廃校を活用した「四万十学舎」(西土佐村)・・・です。
そのなかでも特に大方町の「砂浜美術館」は視察してみたいナンバーワンのまちでした。なぜなら、ここには深遠な哲学のにおいを感じるからです。「1000年に耐えうる哲学(思想)」を持っているのではないかと。97年に発行されている砂浜美術館のコンセプトブック『砂浜美術館ノート』はそんな哲学がぎっしりつまっています。
砂浜美術館のことを知ったのは、いったいいつのころでしょう。「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。」上記の砂浜美術館のコンセプトには、いまなお刺激を受けています。
3つのまちづくりの先例を見、あらためて痛感したことがあります。それは、「哲学」がまちづくりを決する、ということ。オンリーワンの哲学を有することの強さ・・・などなど。
坂村真民さんの「本気」という詩をふと思い出しました。
「本気」 詩・坂村 真民
本気になると世界が変わってくる自分が変わってくる変わってこなかったらまだ本気になっていない証拠だ本気な恋 本気な仕事ああ 人間一度 こいつをつかまんことには
3つの「哲学あるまちづくり」の先進地には、真民さんのいう「本気」が漂っています。地元学の先進地・水俣(熊本)のような。
次回は砂浜美術館から学べることを書いてみたいと思います。(文●塩見直紀)最近、「哲学の道」ならぬ、「哲学の田んぼ」ということばがこぼれてきました。田んぼの畔に座る。素足で田に入り、風を感じる。恋するトンボたちを見、この国を、地球を思う。こうした思索の時間も、田んぼのもうひとつの機能、副産物ですね。もしかしたら、これは主産物かもしれません!(塩見直紀)


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68●砂浜美術館2
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高知県幡多郡大方(おおがた)町の幅約200m、延長4キロにわたる「入野(いりの)松原」は、天正年間(1573−92)に植えられたのが起源と伝えられています。以後、松原は数百年にわたって、海岸を彩り、大方の町を砂や風、塩の害から守ってきました。数十万本という大小の松林。とても心地好い空間でした。
高知県大方町をいくら探しても砂浜美術館の建物は見当たりません。砂浜美術館は見えない美術館です。でも、見える人には見える、まなざしを変えれば、可能性いっぱいの最先端の美術館です。
夕暮れの入野松原にたたずみ、サン−テグジュペリの『星の王子さま』の有名なことばをふと思い出しました。「かんじんなことは目に見えないんだよ」
砂浜美術館は4キロの砂浜を、頭の中で「美術館」と見立てたことで誕生しました。すると、ものの見方が変わっていった。新しい発想がいっぱい湧いてきた。
砂浜美術館のパンフレットは大変優れモノです。下記のようなメッセージが書かれていました。
砂浜が美術館だとすると・・・。
「美しい松原」が作品です。沖に見える「くじら」が作品です。卵を産みにくる「海亀」が作品です。砂浜をはだしで走り、貝殻を探す「子どもたち」が作品です。流れ着く「漂流物」が作品です。波と風が砂浜にデザインする「模様」が作品です。砂浜に残った「小鳥の足あと」が作品です。
砂浜から“見えるもの”すべてが作品になっていく。作品でないものは、ない。一瞬一瞬も作品。それは永遠と続いていく・・・。
砂浜美術館は人と自然のつきあい方を考えなおしたり、レイチェル・カーソンのいう「センス・オブ・ワンダー(自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性)の回復や見えない大事なものを思い出すための機会を与えてくれる大方町のシンボルです。
海岸では年に1度、Tシャツアート展が行われます。第14回の今年は全国から1219点の作品が寄せられ、三重県の女子中学生が砂浜大賞を受賞しました。
大方町の観光パンフレットに書かれているメッセージがまた素敵です。
砂浜で洗濯物を干すようにTシャツを並べていく、波が打ち寄せるとTシャツは砂浜に写り、風が吹けば踊りだす。雨が降っても大丈夫、Tシャツ1枚1枚も作品ですが、たくさんのTシャツが並べば、そこに現代美術が完成します。
「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」という砂浜美術館のコンセプトはきっとこれからも多くの人をインスパイアし続けることでしょう。このコンセプトはきっと1000年に耐える力を持っている、そんな気がします。1000年に耐えるコンセプト、です。砂浜美術館のパンフレットには小さな小さな文字でこう記してありました。時代を少し動かせるのは、一人一人の小さな感性の集り、と。(文●塩見直紀)
※砂浜美術館URL http://www.gallery.ne.jp/~sunahama/


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69●大地を楽しむこと 里山系★未来の言葉6
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70●足し算の時代 引き算の思想
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「足し算の時代」ということばを初めて口にした人は誰だろう。いま、そんなことを考えています。
「足し算」というそんな時代のとらえ方を、私が初めて知ったのは、1990年頃に読んだ新井満さんの『足し算の時代 引き算の思想』(PHP研究所)という本でした。
当時、私はその本からたくさんの大切なことを教わりました。
「一個人のライフスタイルに於いても、人間の思想に於いても、企業経営や国家の論理に於いても、およそあらゆるレベルに於いて、忘れてならないのは、宇宙から地球を遠望し、地球全体の環境から自問自答する視点である」という新井満さんの「引き算の思想」というメッセージはいまも私の中に生きています。
あれから10年という年月が流れましたが、21世紀は確実に「引き算の時代」へとシフトしていると感じています。
先日、ジャパンライフデザインシステムズの谷口正和さんが「引き算」について書かれていました。ぜひ共有したいメッセージだったので、紹介させていただきます。
20世紀が作れや増やせや、の足し算の時代だったとすれば、21世紀はその逆、引き算の時代だ。物の足し算から心の引き算へ、である。その物差しは「何かへの回帰」である。歴史へ、幼年時代へ、自然へ、地域へ、民族へ、風土へ、家へ、原点へ、出発点へ、初心へ、創業精神へ、独自へ、近代以前へ、ついには自分へ、である。足しても足しても答えが出ない。多角化、合併、統合、総合化、多店舗化、これら足し算の発想の経営が危うい時代である。量と規模を目指すと、必ず精度を失う。「個客」を見失う。力任せの提供者論理に陥ってしまうのだ。まさにスケール・メリットからスモール・メリットへの転換、小さい単位の精度と洗練性を追及する時代である。足るを知る「知足の経営」といってもいいだろうか。小さく専門性を磨き、量を追わず、優れた顧客によって支えられることが知足の経営であり、継続の経営である。その組み合わせが新しい大をなすのであり、わが顧客が誰かを見失ってしまったらおしまいなのだ。なぜそのビジネスを始めたのか、誰のために何を貢献しようと思ったのか。経営哲学とも言うべきこの姿勢は、ますます光り輝くようになるだろう。それは引き算をしてみるところから見えてくる。本業は何だったのか、初心は何だったのか。引いても引いても消えないものこそ、本当の本質だ。(2002年8月16日付京都新聞より)
私たちはたくさんのものを「添加」してきましたが、いまはその「贅肉」をそぎ落とす時代、本質に帰る時代です。
引き算の思想ともいうべき、すぐれたメッセージを載せた数々の名著を出版されている地湧社(東京)の増田正雄社長からこんなことを教わったことがあります。
「日本文化とは、階段を登る文化ではなく、静静と、階段を背から一歩一歩下り、不要なものを一枚一枚、削ぎ落としていくような文化ではないか」と。
最近、苔玉や山野草のミニ盆栽が流行っていますが、それらも引き算の美学を求める人々の意識がカタチのなったもので、欧米で人気の「ZEN(禅)スタイル」です。日本の引き算の思想は21世紀の世界の「知的な地球資源」です。
時代のキーワードである「スローフード」や「スローライフ」、また「スモール」も同じでしょう。ないものねだりをせず、あるもの探しをする「地元学」も引き算の思想の1つのカタチといえます。引き算の時代。綾部はどんなビジョンをかかげ、どんなまちづくりが必要なのか。里山ねっと・あやべの役割は何なのか。
今年も残り3分の1。引き算の時代、引き算の人生・・・。そんなことを考える哲学の秋にしたいと思っています。(文・塩見直紀)※あやべ田舎暮らし情報センターで、『足し算の時代 引き算の思想』(PHP研究所)は貸出可能です。


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71●decade(10年間)
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9月9日(月)午後、我が家の稲刈りがついに始まりました。
嗚呼、これで来年の秋までのお米は何とかありそうだぞ!何があってもこれでなんとか生きられそうだと思いながら、笑顔で稲を刈っていきます。「米と味噌と塩があったら、生きていける」ということをいろんな人から聞いてから、我が家でも米と味噌は自給するようになりました。もう7〜8回、米づくり、味噌づくりをおこなってきました。
しかし・・・。この春、里山ねっとがあるこの平和な豊里地域で、小屋に保管されていたたくさんのお米が盗まれるという事件がありました。本当にうかうかできない時代になったものです。
稲を刈り、稲木での天日干し、籾(モミ)と藁(ワラ)にわける「脱穀」、お米の籾をとり、玄米にする「籾摺(す)り」、そして「精米」(七分・五分・白米)ができれば、食卓に新米が登ります。我が家には、昨秋収穫したお米があと少しあるので、新米はしばらくお預けです。
田んぼに立つとなぜだかいろんなことが去来していきます。
田んぼにおけるの草と人間(私)の競争は、今年も草の勝ちだったなあとか、田は稲だけの空間でなく、微生物、昆虫、植物等、多様な生命に満ちあふれる空間であるほうがいいなあとか、我が家は環境保全型農業だなあ・・・といろんなことが去来するのですが、いま、どうしても考えてしまうことがあります。
それは過ごしてきた「時」に関すること、「私たちの役割」についてです。
ヨハネスブルクでの環境・開発サミットが先日、閉幕しました。今回のサミットは1992年、リオ・デジャネイロで開催された、いわゆる地球サミットから10年目に開催されたものです。
私が地球環境問題に関心を持つようになったのは、1990年。1992年には地球サミット関連の末端の仕事をしていました。
今回のサミットは私たちに「この10年、あなたは何をしましたか?」と問いかけているように思えるのです。私と同じように、そんな自問をする人も多いようです。
この10年、いろんなことを始めたけれど、もっとできたのではないかとか、せずに今日まで来てしまったことはないだろうか・・・と。
本当にあっという間の10年でした。米や味噌づくりなどを始めたり、生き方、暮らし方を変えたりと、いろんなことを始めた10年でもあったのですが、やり残したことが山積していく10年でもありました。
9月11日。アメリカの同時多発テロから「1年」。
21世紀の生き方、暮らし方を一人ひとりが求めることが、希望の世紀を創ることになると、あらためて、そう思います。
私たちは今からこんな問いを胸に生きていかなればなりません。「これからの10年で本当にすべきことは何か」という問いです。
厳しいけれど、チャレンジングな時代です。(文・塩見直紀)


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72●そのままでいいということ
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8月31日から1泊、宇治市在住の20代の女性2名が綾部に遊びに来てくれました。
インターネットで「農家民泊」を検索したら、里山ねっとのホームページと出会いましたとのこと。インターネットは新しい出会いをどんどん創っていってくれます。
都会の方に自宅を開放し、「素のまんま」の自分になれる、ほっとできる時間・空間を提供されている芝原キヌ枝さんにホームスティをお願いしました。
芝原さんがお住まいの地域は綾部でも有数の蛍が多い地域で、山椒魚も住んでいると昔から伝わっています。幹線道路からはずれていて、車も通ることもなく、桃源郷のようなところです。携帯電話も入りません。そこがまたいいのです。
庭には綾部の名木100選に入った木が2本もあり、その木陰で飲む抹茶は最高です。
暗闇、星々、五右衛門風呂、縁側、お昼寝、野道歩き、川遊び・・・。二人とも「素のまんま」邸をとっても気に入ってくださったようです。
「素のまんま」という屋号(?)は芝原さんの命名です。飾らず、そのまんまでお迎えをする。一期一会のご縁でおこしくださった方に、「そのままのあなたでいいのです、本来の自分になれますように」と願うような空間です。
芝原さんに素のまんま邸のセールスポイントを書いてもらいました。
「南北の風吹き抜ける夏座敷」農家の畳の間・4間を開放。ごろ寝最適(自然クーラー)。五衛門風呂。美しい星々と暗闇。時がとまったような空間でゆっくりお寛ぎください。川にはハヤ、メダカ、沢蟹、また初夏に鳴く河鹿の声、蛍の光は一服の清涼剤です。時には猿の群れ30匹前後出没します。体験メニュー・・・フキ採り、山椒採り、栗拾い、藤蔓で籠編み(年中)など。緑に包まれた静かな山里、携帯電話不通の秘境です。スーパーも遠く、素材を買わないで地にあるもの素のまんまでお迎えいたします。
アクセス・・・綾部市街から車で約30分(あやべ温泉まで約6キロの地点)
田舎でのひとときを贈る農家民泊とは「福業」だと思います。「副業」や「複業」でもありません。
私自身も農家民泊2軒、安心院町で体験し、3度(大人9人、子ども3人)、我が家で受入をしてきましたが、本当にそう思います。
農家民泊は農村の21世紀の新しい使命といっていいかもしれません。「農家民泊の発見」は、ある種、革命的な出来事ではないかとそこまで思ってしまいます。自分も幸せになり、ビジターも幸せになっていく。そんな福業が日本にどんどん広がっていけば、この国はもっと変わっていくでしょう。
芝原さんを見ていて、「天に持っていけるものは、人に与えたものだけ」という聖書のことばをふと思い出しました。特別なものを用意しなくても、そこにあるものだけでいいのです。新しい何かを付け加えなくても、心を開き、ただ日常を丁寧に過ごすだけでいいのですね。
余談ですが、二人が発った翌日から猿が群れでまた出没するようになりました。
※体験記をホームページで公開中です。http://www.satoyama.gr.jp/minpaku.html※農家民泊(1日移住・1日田舎暮らし)を体験に関心がある方は担当・塩見直紀まで。詳細をメールでお送りいたします。


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73●二十四節気とメイルニュース
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春分の日が終わり、春の気がますます濃くなっていく「清明」の日(4月5日)に、里山ねっと・あやべが創刊した「里山的生活メイルニュース」も、この秋分の日で12号となりました。これからさらに秋は深まり、冬へと、時節はゆっくりと移ろっていきます。
二十四節気にあわせて、メイルニュースを発行していると、季節の移ろいをみんなと共有でき、自然や季節への感性が研ぎ澄まされていくようで、大変よい効果があるような気がしています。レイチェル・カーソンのいう「センス・オブ・ワンダー(自然の神秘さや不思議さに目を見張る感性)」を取り戻していくよいきっかけになるのではないかと考えています。
こうした二十四節気に発行していくスタイルも、里山ねっとの新しい可能性を拓くかもしれませんし、売りの1つに育てていくこともできます。節気ごとに発行していくメディアは他にあるかもしれませんが、私自身はまだ出会ったことがなく、オンリーワンなことの1つとして、大事にしていきたいと思います。
里山的生活メイルニュースの内容は、
里山ねっとのイベント情報(石窯によるパン焼きクラブ「とよさと石窯夢工房」、森林ボランティア「フェアリー・オブ・グローブ(森の妖精)」)、綾部の人材を紹介する「里山の師に会いにゆく」「人の宇宙」、21世紀を生きるために先人のことばを紹介する「里山系★未来の言葉」、田舎へのホームステイ「農家民泊」案内、綾部へ移住した方々のエッセイ、空家情報、あやべ田舎暮らし情報センター、21世紀のおすすめ本など・・・。
内容的にもまだまだですが、今後も21世紀の生き方、暮らし方を考えるための「きっかけ」、希望という「新しい風」・・・をお届けできるよう精進していきたいと思います。
発行してうれしかったことは、家族が住む海外へ、また知人の住む府外へと、多くの方がこのメイルニュースを転送くださっていることです。そうした自発的な、草の根的な動きによって、新しい輪が少しずつ広がりを見せています。またホームページを通じて配信希望のメールも全国から届くようになっています。
個人的にも、進学と同時に長く音信不通となっていた友がなつかしいメールをくれたりとこのメイルニュースは時間という氷を「アイスブレイク」してくれるツールにもなっています。
最近、ふとこんな目標(コンセプト)?がこぼれてきました。
「ありネタ(在来のもの)で、ここまでやれるのか、ここまでできてしまうのか、ここまで書けてしまうのか・・・」ということばです。
地元学の「ないものねだりから、あるもの探しへ」というフレーズに影響を受けてのことですが、綾部の超ローカルな何かに「光」をあて、それを丁寧に拾い集め、哲学し、吟味し、市内外に発信し、「21世紀の最先端化」してしまうという目標です。
里山ねっとが発行するこのメイルニュースを一緒に育てていってくださるとうれしいです。
どんな進化(深化)をしていくか、それはみなさまの掌中にあります。
最後に、メイルニュースには出て来ないニュースを1つご紹介しましょう。
里山ねっとがおこなったパン焼き教室で出会った二人が、この秋、結婚することになりました。10月半ば、里山ねっとにおいて、手づくりの宴がおこなわれる予定です。末永く、お幸せに!(文●塩見直紀)


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74●火消し壷
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数年前まで、我が家のお風呂は五右衛門風呂でした。長い間、祖母が焚き木や焚き付け用の柴を燃やし、お風呂を沸かしてくれました。焚き木(薪)づくりは父の土日の仕事でした。
祖母と一緒にお風呂の焚(た)き口で過ごした時間、あたたかさ、マッチ、煙・・・。なつかしい思い出です。また、子どもたちはそこで効率的な火のつけ方、扱い方を学んでいきました。焚き口は総合学習の場だったのです。
温度が上がり、家族の者がお風呂に入りだす頃、真っ赤に燃え、黒くなった木(炭)を火消し壷(つぼ)に入れていきます。ふたを閉め、空気を遮断し、数時間すると、「消し炭」ができていきます。
最近、小さな庭に七輪(しちりん)を出し、秋刀魚、焼き鳥、竹串に刺したパン、焼きおにぎり・・・を焼くことにつれあいがハマっています。
保育園や幼稚園、小学校から近所の子どもたちが帰ってくるころ、焼きおにぎりを焼き始めます。香ばしいにおいが近所に立ち込め、たくさんの子どもたちがやってきました。この夏、我が家の庭で突然開店した子どもたちのためのお店屋さんは大はやりでした。
料理が好きなつれあいにとって、シンプルな調理器具である七輪を使って、できるだけ環境にやさしく、おいしい料理を簡単に作ることは、チャレンジすべき、極めていきたいことの1つのようです。
つれあいの七輪料理を見ていて、ふと、こんなことを思いました。
あの火消し壷は、いったいどこに行ったのだろう、と。
料理を終えてもなお、七輪の中でまだ赤々と燃える炭というローカルエネルギー。火消し壷で空気を遮断すれば、「とき」は止まり、エネルギーはいつまでも温存されます。
いまではもう火消し壷を使う家も少なくなっているようですが、それでも大事にされているものの1つではないかと思います。
それにしても我が家の火消し壷はどこにいったのだろう。
いま一番欲しい物は?と尋ねられれば、「火消し壷(つぼ)」と即答するでしょう。(文●塩見直紀)


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75●里は魂の出会う場所
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人の出会いって、本当に不思議です。
昨年、福知山で田舎暮らしをしているという同世代の女性が中型バイクに乗って、里山ねっとにやってきました。
中丹広域圏内の行政発行の広報誌に里山ねっとが紹介されていて、興味をもって訪ねてくれたとのこと。
1人の訪問者は、いつしかボランタリースタッフとして、イベントを手伝ってくれるようになりました。
そして・・・。
同年、里山ねっとのパン焼き教室で人生のパートナーに出会い、今秋、結婚されることになりました。
今週末、里山ねっとにおいて、手づくりの宴がおこなわれます。
当日、二人は駆けつけてくれたみんなのために、石窯に火を入れ、パンやピザを焼き、もてなすそうです。
二人はとっても自然な生き方、シンプルな生き方をされています。
お二人の生き方を見て、持続可能な生き方、暮らし方をしていたら、幸せにならないはずがないのではないか、とさえ思ってしまうくらいです。
幸せになる方法。それは、本当に大切なことに的を絞った生き方なのかもしれないなと思いました。
綾部という空間が、そんな「大事なことを考えるのにふさわしい場所」、「21世紀の生き方、暮らし方を考えるための、思索空間」になれたらいいなと思います。
里山ねっとは志を同じくする人の「出会いの場」でもあります。里山ねっとが縁で紡がれていく「21世紀の物語」。
「里山的生活メイルニュース」やこのウィークリーメッセージでも時折、紹介してまいります。
たくさんの物語が紡がれていっています。どうかお楽しみに!(文・塩見直紀)
●村祭り(豊里西地区秋祭)について
太鼓や笛の囃子、奴振りの行列、子ども太鼓など。大勢の見物客で賑わいます。小さな村祭り。ぜひ足をお運びください。日時:10月14日(月・祝) 昼12時から午後3時頃まで 場所:綾部市里山交流センター(旧豊里西小学校・綾部市鍛治屋町)。備考:当日、付近は交通規制あり。午前11時までなら、里山交流センターに駐車可能。お問合せ:ご一報いただければ、里山ねっと事務局でお答えいたします
●お礼10月1日付のウィークリーメッセージ「火消し壷」をお読みくださった福知山市在住の村上隆司さんが、「火消し壷」を4日、里山ねっとまで届けてくださいました。思いがけない尊いプレゼントにびっくり!「もったいない精神」の象徴として大事にし、子どもにもその精神を伝えてまいります。本当にありがとうございました!(塩見直紀)


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76●週末は森の中へ(1)にぎわいと静けさと
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生まれ育った里を歩く度に、持ち山に入る度に、思い出す言葉があります。
大阪で魅力的な活動をされている里山倶楽部副代表・大亦義朗さんの次のことばです。
「どんな山にも必ず持ち主がいます。里山はその持ち主が抱く“思い”や手入れによって、たとえばミカン山とかクヌギ山、スギ山というように、できあがっています。持ち主に何の思いもない時、そこは荒れ山になってしまうのです。」(『月刊アネモネ』1999年8月号より)
この地域では多くの家が山を持っています。「山を持つ」といっても、一山(ひとやま)丸ごと持つのではなく、多くは山の一区画を所有しているくらいなのですが、我が家にも何ヶ所か「持ち山」があります。
私も小学生の頃(昭和40年代の終わり)、植林を手伝ったことがあります。家族で山に入り、急斜面に杉や檜を植えた記憶があるのですが、いつしか多くの家では、山は遠いものとなっていきました。いまでは自分の山の境(区域)がわからない人も多いといいます。山は刻刻と変わっていっています。
燃料革命で薪や柴(小枝など)が台所(かまど)で使われなくなったこと、そして、お風呂で使われなくなったことが大きな要因です。軒先にたくさんの薪を積み上げている家は本当に減っています。
先日、ある方が、昭和30年頃、薪を作り、大八車に載せ、親と一緒に町中に売りに行き、よいお金になった話を聞かせてくださいました。クヌギなど切っても再生する木々はいつまでも恵みをもたらしてくれるものだったようです。
この春、福知山市環境市民会議の依頼を受けて、里山ねっとがある綾部市鍛治屋町を約40名の福知山市民と一緒に「里山ウォーク」をおこないました。
里山ねっとを出発、植えられたばかりの苗がある田んぼ、こんもりとした塚(八塚・やつか)、大好きなお地蔵さんと1本檜の風景、都会ではめずらしいため池を通り、野道歩きを楽しみました。そして、福知山市報恩寺(たけのこで有名です)へとつながる三坂(さんさか)峠に向かいました。
この地域と福知山の報恩寺地域は婚姻関係も多く、三坂峠は街道として、往来も多かったようで、峠へと向う村はずれの一軒は数代前は茶店だったといいます。
そのお宅のおばあさんに「茶店ではどんなものを出されていたのですか?」と下見で訪ねたとき、聞いてみました。メニューはもうわからないようですが、いつか年に1度でも茶店を復活できたらおもしろいですねと途中、話しました。
村はずれから三坂峠までは私が「鍛治屋の桃源郷」と呼んでいる地で、茶店のおばあさんが畑仕事をされるくらいで、人っ子一人いません。春先、野道を歩くと、なんともいえない幸せな気持ちになれる隠れスポットです。
昔はこの峠近くまで田んぼがありましたが、いまでは放置されたり、植林されて、鬱蒼とした人工林となっていたり、木につるがまきついていたり、猪を捕獲する檻があったりと少し寂しい空間になってしまっています。
環境市民のメンバーを連れて、我が家の荒れ山がある三坂峠(福知山との市境)まで登っていきました。木漏れ日が差し込む峠。心地のよい汗をかき、みんなの気持ちが何だかやさしくなった瞬間でした。急に鳥の声が聞こえてきました。
みんなで目をつぶり、何種類の鳥がいるか聞き分けるゲームをしてみました。
それまで、みんなは話しながら、山道を歩いてきたのです。わずか5分くらいだったのですが、瞑想のような深い時間をそれぞれ楽しみました。
みんなの心には何が去来したでしょうか。
そのとき、ふとこんなことを思ったのです。いま、山には賑わいとこうした静かな時間が必要だと。
少しでも山に入っていく人が増えていくこと。そして、山の深い時間、一人っきりの瞑想的な至福の時間を過ごす人が増えていけばいいなあと思います。(文・塩見直紀)
●10月の森林ボランティア10月19日(土)10:00から、森林ボランティア「フェアリーオブグローブ(森の妖精)・あやべ」を開催します。今回は竹炭焼き体験で、「1泊2日」のコースとなっています。20日(日)もおこなっています。会場は綾部市里山交流センター(旧豊里西小学校・綾部市鍛治屋町)で、見学歓迎です。お問合せは事務局・塩見勝洋まで。ayabe@satoyama.gr.jp


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77●週末は森の中へ(2)NPO誕生
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いま、山に入る人はいったいどのくらいいるのだろう。

たった一人で山に入るのは本当に勇気がいります。荒れた山は行く気も薄れ、悪循環となります。持ち主の「思い」の無い山、薄れた山、それがいままでの我が家の山でした。本当に「思い」が「カタチ」をつくるようです。この世のすべては、思いのカタチでもあります。
綾部にUターンした1999年は雪も多く、たくさんの杉や檜が倒れました。倒木で道がふさがり、必要に迫られて、チェーンソーを購入しました。帰綾して、初めての大きな買い物がチェーンソーだったことは何か象徴的でもあります。
いままでは山菜を採りに年に数回しか入らなかった私ですが、そんな山にいま、月1回以上、入るようになりました。
数回しか入らなかった山に、毎月入るということ。それは本当にすごいことではないかと思います。
それはこの夏、綾部に誕生した新しいNPO法人(特定非営利活動法人)のお陰です。
名前を間伐材研究所といいます。代表は幹田秀和さん。縁あって綾部に住むことになる大阪府高槻市生まれの20代です。
ひとつのNPOの誕生は私たちを山に導いていくことになります。
大学卒業後、株式会社環境事業計画研究所に入り、吉村元男所長のもとで、間伐材でつくる「わいわいテント(バックミンスター・フラーが半世紀前に考案したフラードームのいわば間伐材版。三角形を組み合せ、半球をつくる)」を担当した幹田さんは、縁あって、綾部へ。綾部に魅せられていきます。
山のこと、間伐のことをもっと学びたいと、NPO法人日本森林ボランティア協会(大阪)の門をたたきました。現在はそのスタッフでもあります。
間伐材研究所のメンバーもなかなか個性的です。祖父が大工だったという人、現在、駆け出しの大工の人、家具づくりを学ぶ人、山や木が好きで森林組合に転職した人、父が林務系の公務員だった人など・・・。
いま、再び、幹田さんたちと山に入り、思います。本当に好きじゃないとこれは続かないなあと。みんなを見ていると、インドの思想家クリシュナムルティのことばを思い出します。
「花が好きだったら、庭師になりなさい。・・・自分の好きなことをするとき、そこには恐れも比較も野心もない。あるのは愛だけである」。
寝食を忘れて、打ち込めること。それが21世紀をきっと拓く。それはさらに確信へと変わっていきました。
幹田さんは、綾部との縁深まって、もうすぐ、綾部に移り住みます。(文●塩見直紀)
幹田さんに間伐材研究所の紹介文を書いてもらいました。
NPO法人間伐材研究所は、「間伐材を使って、水源の森を守ろう!」を合言葉に、今年(平成14年7月認可)誕生したばかりのNPO法人(特定非営利活動法人)で、綾部市を中心に活動しています。
日本面積の3割近くを占めるスギ・ヒノキの人工林は、昔から木造住宅に使われるなど、日本独自の「木を使う文化」を支えてきました。また森林土壌の水源涵養効果によって、私たちは自由に水が使える生活を送って来れました。しかし近年、日本の木が使われなくなり、間伐の遅れなど整備不足が問題になっています。多くの人工林はやせ細り、野生動物は減り、川の水は汚れ、私たちはますます山から遠くなっています。
私たちは間伐材や森林に関わる現状や事例を学びながら、皆さんにも紹介していこうという目的で、全国の間伐材活用事例を取材し、年に4回、「間伐材新聞」という会報を発行して会員の皆さんに配っています。
そしてもう1つの活動として、毎月第1日曜日に「定例会」を行っています。これは実際に山に入って、森林を整備したり、木にちなんだイベントを開催したりしながら、森や間伐材について学んでいこうというものです。現在はメンバーの山をお借りし、階段やツリーハウスを作りながら、みんなが遊べる山を目指して、毎月楽しく活動しています。
参加者は綾部市からだけではなく、京都や大阪から参加される方もおり、1回につき6〜10人ほど。下は20代から上は60代まで幅広く参加されています。参加料は、会員の方は無料(年会費:2000円)、会員でない方は1回につき500円となっています。
今後は、定例活動の他にも、ログハウス作りや子どものためのイベントなど、様々な活動を予定しています。
森づくりを楽しみたい方、間伐材で工作してみたい方、森林を守るために何かしたいと思っている方、一度、私たちの活動に遊びにきませんか。
連絡先は、TEL:090-9540-0937(幹田秀和)、FAX:0773-43-0463です。


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78●菊薫るよろこびのまち
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きくづくり きくみるときは かげのひと
菊の季節になると思い出す句があります。
誰の作かはわかりませんが、美しい花を咲かせる背後には熱い思いの積み重ねの日々があり、つくってみて始めてその苦労がわかるのですという歌だと解釈しています。
前の年の咲いている間から霜を気づかい、堆肥づくり、土づくり、芽が出れば水をやり、虫をとり、カタチと、まるで赤ちゃんを育てるような気配り、心配りがあって、初めて大輪の菊が咲き、私たちはそれを観賞することができます。
最近、「育児は育自」だといわれるようになりました。子どもを育てるということは、自分を育てるということ。私も育児を通じて、それを実感しました。
もしかしたら、菊づくりも育自なのかもしれないなと、ふと思いました。この世のすべてのこと(仕事も農業も、家庭も人間関係も・・・)は「育自」なのかもしれません。
里山ねっとがある地域をバイクで走っていたら、菊づくりを始めて2年の男性に会い、道端で「どうですか?」と声をかけました。
「今年は肥料過多で3分の2を枯らせてしまいました。でも、花が大きくなったら、本当に楽しいし、うれしい。よろこびです。花はうそをつきませんね。(よくても悪くても)こちらの行為にちゃんと応えてくれます」と話してくださいました。
いま、「よろこび」という言葉はまちづくりの重要なキーワードではないかと思います。
「よろこびがたくさんあるまち」にますますなっていってほしいです。
11月3日、手塩にかけたたくさんの菊を今年も拝見できました。今日の日までの尊い献身の努力に敬意を表したいと思います。
遠くから菊花展を見に来てくださった方、ありがとうございました。
校庭に 菊薫るかな 豊西の秋(塩見直紀)


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79●祈りのお風呂
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最近、話題になっている「農家民宿」。農家に泊まり、野菜作りなど田舎生活を体験する新しい旅のスタイルです。そこで広がるのは、まるで故郷に帰ったような、なつかしい風景。採りたての野菜で郷土料理を食し、農家の知恵を聞きながら語らい、そこにはゆっくりとした時間が流れています。そんな心豊かな旅を提案します・・・。
社団法人家の光協会(JAグループ)が発行する季刊誌『やさい畑』では、この秋号より、農家民泊によるグリーンツーリズム特集「人に出会う旅、農に出会う旅」を企画されました。
季刊誌『やさい畑』は市民農園や家庭菜園をされる主に都市部の野菜づくり愛好者のための雑誌です。
農村風景や畑、田舎の暮らし、自家製野菜の漬物や保存食、郷土料理など、フードジャーナリストの平松洋子さんとフォトジャーナリスト・写真家の菅洋志さんが取材をされてきました。
11月16日発売される秋号には、農家民泊で有名な大分県の安心院(あじむ)、来春号には岩手県遠野、夏号には長野県の安曇野が予定されています。
インターネットで検索して綾部を知りました、来年の秋号に綾部での農家民泊の取組みを取材させてくださいと家の光協会の編集部から先日、お電話があり、「素のまんま」の芝原キヌ枝さんにご無理をいい、2日間にわたる取材の受入をお願いしました。
綾部の魅力に光があてられ、さらに輝きを見せてもらった素敵な取材だったのですが、その中で、特に印象が残ったのが芝原さんが焚かれる五右衛門のお風呂でした。
なつかしい台所空間内にあるお風呂の焚き口に芝原さんはマットを敷かれ、そして静かに正座をされました。裏山でひらった焚き付けの柴に火をつけるとあっという間に火が燃え上がりました。
数年前に亡くなったご主人が遺してくれたという薪をそれにのせます。ご主人はなんと10年分の薪を芝原さんに遺されたとうかがいました。燃え盛る炎、そして、琴線にふれるお話。みんなこころが癒されていきました。
正座をし、お風呂を焚かれる芝原さん。そのお姿を見て、「祈り」のようなものを感じたのは私だけではなかったでしょう。
ああ、お風呂に入れるって、祈りの結果なのだなとふと思いました。昔はこうして暮らしのなかに、いっぱい祈りがあったのです。そういえば、祖母もそうだったなあと懐かしい思い出が甦ってきました。
今月末、綾部市内の方が「息子に1度、五衛門風呂を体験させたいです」と、なんと市内から農家民泊をしに来られます。
芝原さんに火の扱い方を教わりながら、お風呂を一緒に沸かし、親子でお風呂なんて、なんてすてきなプランでしょう!
そして、いくら遠くても、この瞬間のためなら、この地まで、十分に来ていただく価値がある、そんなことを強く実感した次第です。
『やさい畑』は来年の8月16日、全国の書店に並ぶ予定です。(文・塩見直紀)
※芝原さん、また取材に協力してくださったみなさま、また取材陣のみなさま、本当に尊い時間をありがとうございました!心より感謝申し上げます。※家の光協会のホームページhttp://www.ienohikari.or.jp


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80●Peace and Quiet 
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アウトドア&自然な暮らしを提案する月刊誌『BE‐PAL(ビーパル)』(2002年12月号・小学館)を見ていたら、とっても素敵な記事が載っていました。
『NEW YORK‘S 50 BEST〜Places to Find Peace and Quiet〜(ニューヨークの静かでなごめる場所50)』(1997年刊行)というガイドブックが昨年から売れているといいます。
登場するのは、公園や広場、教会、美術館の中庭、ホテルのロビーなど、静かでなごめる“都会の聖域です。
その地図にはガソリンスタンドや駐車場はありませんが、有機野菜のレストランは載っています。高速道路は載ってませんが、川沿いの遊歩道は載っていたりします・・・。
地元民しか知らないような「静かでなごめる空間」を紹介した本なのですが、書店のレジ脇に置かれ、大変よく売れているといいます。
9・11テロ以降ニューヨークの人々は、自分たちの街の身近なものに目を向けはじめました。
自分たちの生活圏内に「気持ちいい空間」を見つけていく。いま、そんな動きが世界の見えない潮流となっています。21世紀はきっとそれがどんどん深まっていく世紀です。
読み進めていくうちに、ニューヨークっていい街だなという気がしてくる、そんな魅力を持った本のようです。
先日、綾部在住の洋画家関輝夫さん・範子さんご夫妻(アトリエ夢旅人舎)にお昼を誘われました。
いつもは庭の柿の木の下のテーブルや薪ストーブのある部屋で寛がせていただくのですが、今回はお家と裏山の間にある駐車場が昼食会場でした。初めての試みだそうです。
なんともいえないかわいい里の山。山は紅葉が一番美しい頃でもありました。
真っ白なテーブルクロス、関さんが焼かれた器と手づくりの料理の数々。なんとも言えない至福の時間過ごさせていただきました。
Peace and Quiet。
綾部にはたくさんの「Peace and Quiet」があります。
里山ねっと・あやべのホームページでも「思索空間」というコーナーを考えています。綾部の「Peace and Quiet」な空間を紹介していきます。(文・塩見直紀)
※里山ねっとのホームページ「人の宇宙」のコーナーでは、関さんご夫妻を紹介中です。ぜひご覧ください。アトリエもぜひ一度お訪ねください。

■WeeklyMessageバックナンバー■
 

※このコーナーでは週一回、里山ねっと・あやべからのメッセージをお送りします。
ぜひご意見をお聞かせください。(事務局 塩見直紀)


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