ayabe: 2010年7月アーカイブ

フツーと普通

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NHKのバラエティー番組「みんなでニホンGO!」という番組を見ていると、最近「普通」の価値が上がっているとの事。若者の間で使われる「フツーにかわいい」「フツーにおいしい」という表現は、「フツーに」という副詞をつけない時よりも、「かわいい」や「おいしい」を強調しているようである。人によっては、「チョーかわいい」よりも「フツーにかわいい」ほうが、よりかわいいニュアンスで受け取るようだ。

「普通に行く」「普通に話す」など「普通に」は動詞を修飾しても、「かわいい」とか「おいしい」など形容詞を修飾するのはイレギュラーな使い方と感じていたが、現代ではそれぞれの「普通」の意味が異なってきているのだろう。

形容詞を修飾する「普通に」を最初に目にしたのは「大衆食堂の研究」著者の遠藤哲夫氏が書いた数年前の記事である。

「大衆」なる言葉がつくだけで、「貧乏種」「愚民種」にみられ嫌われたりすることもある。しかし、大衆食堂でめしくう人たちは「おれたち大衆だよ、文句あるか」ってなものだ。そして、「大衆食堂ってのはね、普通にうまければいいのだよ、特別にうまい必要はないのさ」と言ったりしている。私は、「普通にうまい」と「特別にうまい」を分けるセンスに「なるほど」と感心したのだが、ある大衆食堂のオヤジも、同じようなことを言った。「うちにはうまいものなんかないよ、うちの家族が食べているのとおなじ普通のものを出しているだけだよ、うまいものが食べたければよそへ行ってよ」などと。取材を申し込むと、「いやあ、うちは普通のものしか作ってないからねえ」という答えが返る例は少なからずある。この「普通」って言葉は、「スタンダード」とも置き換えられそうだし、大衆食堂や大衆食を語るとき、とても便利のように思う。そもそも私が大衆食堂に、めしをくう以上の関心を持ったのは、その普通の料理、普通のメニューである。(大衆食と普通にうまい

ここでは現代使われているような「フツー」ではなく、「特別」の対として使われているものの、「最後に、大衆食を支えてきた貧乏人が「普通にうまければいい」というのは謙遜である。」とあるように、彼らにとって「普通にうまい」は「超うまい」よりも「うまい」のかもしれない。

「普通」の価値が上がっているというNHKの番組の推論を借りると、「普通の食材」や「普通の調味料」などの価値は現代において上昇していて、里山ねっとが食堂で提供している食事は「普通にうまい」と言っていいのかもしれません。

先週のトヨサト食堂は、戦前から大衆食堂の定番に君臨するカレーでした。こだわりの特別なカレーでしたが、フツーにうまかったでしょ?好評、完売のためスタッフの分は無かったので、残念ながら食べれませんでした。(マエダ)

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