ayabe: 2009年9月アーカイブ

色の匂い

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9月24日、「志賀郷に桜を育てる会」が主催された「登尾峠で学習会~城屋峠旧道を歩く」に参加した。私はこれまで登山やハイキングとはあまり縁がなかったのですが、7月の久田美峠での勉強会に続いて2回目の参加でした。今回は立命館大学や明治大学の学生を交えて13名の登山で、200年前の旅人が残したという石碑の付近で腰を下ろし川端二三三郎先生の講義を聞かせていただいた。

城屋峠

前回参加した久田美峠と比べて距離は短かったものの、予想以上に傾斜がきつく足元の悪い個所もあり、この山を人間以上に歩行しているであろう獣の細道よりも険しかったかもしれない。地元の方は道中ずっと会話を弾ませる口も足も元気な方もいらっしゃいましたが、私は耳も足もついていけなかった。列から少し遅れ、会話の声が遠のき、足元に注意して黙々と歩いている間「いろはにほへと ちりぬるを わがよ???ういのおくやまきょうこえて???」という歌を反芻していました。

諸行無常をうたっていることは、何となくわかりますが、私にとってあいまいな記憶しかない歌です。しかしながら地元の方々から「奥山」と呼ばれる山を歩いている状況とのシンクロと「有為の奥山今日超えて」という語呂が歩をすすめてくれたような気がします。

古くから言葉を換えて諸行無常についてうたわれており、荒れてきた古い峠も、すり減ってきた石碑も無常を感じさせるものではある。同時に人々は諸行無常にあらがってきたのも事実である。

山を降りた後、学生の発表会を聞き、地元の方の感想を聞き、それぞれ感じた色の匂いは同じものであったと思う。古の人が感じた色の匂いとは違うかもしれないが、未来の人にこの色の匂いを感じてもらえるよう無常にあらがっていければと思う。(マエダ)

色は匂へど 散りぬるを
我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

綾部にUターンして、今年で丸10年となります。

帰郷してまもないころ、
こどもと自転車で「散歩」していたら、

川沿いの田んぼでカメと出合いました。

すごく尊い生き物と出合ったようで、
二人で手を合わせたいような気になったことを思い出します。

子どもは数年前、つれあいの運転する車で帰宅するとき、
道路を横断中のカメと出合ったとのことでした。

ひかれては危ないので
川のそばまで運んだとのこと。

いま12歳ですが、人生で2度、

自然なカタチで身近なところで
カメと遭遇して、印象深かったようでした。

カメは千年

ということで

カメは時間を超越したような
特別な存在なのでしょうか。

田んぼにシマヘビがいるだけで
家のそばに沢ガニがいるだけで

生きてくれていたのか!

と叫びたくなるような
時代となってしまっています。

人間以外の友たちも
「安心・安全」に生きられますように。

(文・塩見 直紀)

「福知山の神社で祭りがありました」

とテレビでいうのでどこの祭りか、御霊神社か

と思ってみていたら、

大原神社だった

ということがありました。

大原神社は三和にある有名な神社で、

昔は綾部からも盛んに参りに行ったとのことですが、

大原神社を福知山の神社というのは相当な慣れが必要です。

市町村合併で三和も大江も福知山になりました。

ですから元伊勢神社も「福知山の神社」なのでしょう。

今後、福知山の神社とテレビで言ったら、

大原神社なのか元伊勢神社なのかと思い迷わねばなりません。

綾部市で2007年10月に開催された全国水源の里シンポジウムでも、

合併は役所のためであって住民のためではないということが

明確に語られていましたが(矢野学氏)、

最近は合併が相次いだのでローカルな利害関係が代表されにくく、地理的感覚もよくわからなくなりました。

福知山といっても三和かもしれず、大江かもしれないし、

南丹といっても美山かもしれず、八木かもしれず、園部かもしれません。

興味深いのは、他の地域からさいきん京都にはじめて来た人がいっていたことで、

その人にとっては福知山というと大体どこかわかるが、

三和や大江といわれるとそもそも三和や大江ということが初耳なので、

福知山といったほうが大体の方向がわかるとのことでした。

住民自身が合併を望んだようなケースもなくはないでしょうし、

三和といい美山ということ自体も合併に伴う近代地名ですが、

最近の合併は完全に身の丈を越えてしまった感じがします。

実際、京都府内各地の天気予報では、「南丹」という予報ポイントとは別に、「美山」という予報ポイントがあります。

ヨーロッパ地方自治憲章のなかに

Public responsibilities shall generally be exercised, in preference, by those authorities which are closest to the citizen.

という一節(4-3)があったりしますが、
http://www.bunken.nga.gr.jp/siryousitu/eturansitu/charter/eu_kensyo_yaku.html

ここに述べてきた地名をめぐるよくわからなさは、

この「closest to the citizen」(市民に一番身近であること)に問題が出てきていることを示しています。

報道では場所を示すときに市町村名でいわなければならない、

だから福知山市といい南丹市といわなければならないという

前提があるようですが、そうすることでかえって

地元の人間にとっては場所がわからないということです。

新聞の見出しに「南丹で祭り」とありますが、

なぜ「美山で祭り」と書いたらいけないのでしょうか。

完全にそのほうがわかりやすいのではないでしょうか。

「南丹で祭り」という見出しだと、

美山なのか八木なのか園部なのかと思い迷い、

細かい本文を読んでからようやく美山だとわかります。

報道関係者に真剣に考えていただきたいのは、

市町村単位での場所定義を墨守するのでなく、

身の丈にあった場所定義をしてほしいということです。

里山ねっと・あやべにも各地からお客様がきてくださいます。

お客様の住所から里山ねっとへの道案内をさせていただくのですが、

京丹波といい京丹後といっても大変広いですので、

京丹波のどこか、京丹後のどこかをおうかがいするようにしています。

里山ねっと・あやべも当然 closest to the citizen でなければならないわけですが、

一方で都市農村交流の結節点ですので、都市の皆さんにとってもclosest

でなければならない。そこでclosestは文字通りの時間的・空間的なもの以外に

時間・空間を越えた意味でもそうでなければならないので、反省し思案しています。

(あさくら)

道を歩いていたら、

畑の片隅に小石がたくさん積み上げられている
畑と出合いました。

篤農家の老夫婦が畑の作業中、こつこつ拾い、
外に出していったのでしょう。

石も積もれば、といいますが、
すごいものですね。


14年目の田んぼ(=米づくり)ですが

今年も手での田草取りを素足でおこないました。

素足だと小さな石や土質など
とっても敏感になります。

小石でも踏むと痛く感じることもあり、
また、稲の生育に影響があるかもと思うと

思わず、泥のなかに手を入れて
取り出してしまいます。

見つけては、野道に投げることもありましたが、

今年からは小袋を携帯しています。

気をつけないと、

小石くらいあってもいいじゃない!

と感じなくなってしまうかもしれません。

そうなることは僕はこわいと思うのでした。

この考えは
他者に押し付けようとは思いません。

自分が大事にしていきたいことの1つなのです。

田んぼや畑の小石を拾いだし、
積んでいくこと。

小農といっても広い土地。

まだ出合っていない石も
たくさんあることでしょう。

石との巡り合いも楽しみながら
こつこつ拾って、積んでいきましょう。

脱出を、救済されることを

夢見ている石もあるかもです。

(文・塩見 直紀)


 

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