ayabe: 2009年7月アーカイブ

日食

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部分日食がこの里山でも観測できました。


10時52分ごろから25倍速で再生

太陽が8割以上も欠ければ、暗くなってスズメやツバメの帰宅が始まり巣はにぎやかになるのかと思っていましたが、最大日食の時間になっても予想以上に明るく、里山ねっと周辺の鳥獣に影響は及ばないと分かり撮影を終了しました。夜になってニュースを見ていますと、日本以外にインド、ブータン、中国で皆既日食が見れたそうです。インドでは日食は神が隠れる不吉なもので、最大日食が過ぎ光が戻ると歓声が上がっていました。私は欠ける過程しか観察しませんでしたが、彼らにとっては丸い太陽に戻る過程の方が良い光景だったのかもしれません。

この春は新型インフルエンザの影響でマスク市場がにわかに活況を呈し、私も近所で購入したもののまだ使っていません。マスクならいずれ冬にでも使うでしょうけど、何年も使わないであろう日食レンズを2週間ほど前に通販で買おうかと思ったら納期が未定だったので、買いませんでした。普段着にはちょっと派手だし。カメラの液晶画面越しで観察していましたが、つい天を見上げてしまい、目ん玉への衝撃をもって太陽の明るさ加減を痛感しました。

しかしながら夜空に輝く2等星以上の星のほとんどが、太陽より明るく、地球から400光年離れたところにある北極星は太陽2000個分の明るさなのに対して、太陽の光が届くのは50光年までと聞いても宇宙の大きさは私の想像を超えています。(参考:Active Galactic「太陽の光はどこまで届く?」


星の大きさの比較~Youtube-Our small world

「とあるバス停にて]

 

日本のある村でのことです。

20代前半の青年が1日5便のバス停で
バスを待っていました。

そこを通りがかった
村の70代のおばさんが青年を見て尋ねました。

「テクテク旅にでも出るんか?」

 

青年はこう答えました。

「いえ、もうしてきたところです」と。

 

青年は直感があったのか村人に
思い切って尋ねました。

「田舎で小さな農をしながら、したいことがあるのです。
離れでもいいので、どこか空いている家はないですか?」

むうすぐバスがやってくる時刻です。

青年は小さな紙に自分の名前、連絡先などを
書いて、村人に手渡しました。

青年を乗せたバスは市街地方面へと消えていきました。

いまどきの若い人にしてはいいじゃないの。

青年のことが気になった村人は
心当たりの家をあたってみました。

 

人のこころを動かすってすごいことですね。

 

空家を探すときは人の心をも動かすこと。

 

それにしても

(いまは暑いけれど、)

テクテク旅って、いいですね。

(文・塩見 直紀)

存在を指し示すこと

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これが私の窓。(Das ist mein Fenster.)

というフレーズで、リルケの詩 Die Liebende
(恋している女性、Woman in Loveといったところでしょうか)は始まります。
http://www.rilke.de/gedichte/die_liebende_neue_gedichte.htm

人は言葉によって世界を分節(区分け)して認識する、

というようなことがよくいわれるのですが、

この詩は何となくそういう事態と関係しているように

勝手に思うわけです。

朝の薄明の中、寝覚めの自我は茫漠と広がっていて、

どこまでが自分でどこからが自分でないのか、

どこからが昼でどこからが夜なのか分明でなく、

自分と宇宙が一体のように思われる。

たとえ目覚めたとしても、恋や愛のなかにあるので、

なおかつ夢を見ているようである。

そのようななかで、ああこれが窓だ

というフレーズがあって、窓という事物が分節して認識されたわけです。

ただ窓は当然部屋の外の樹々や鳥や、風や空、昼や夜、星や宇宙、

といったものとつながっているので、

区別されて認識された存在としての窓が同時に、

私と世界とを区切りのない融通無碍なものとして風通しし、

つなぎつづけているわけです。

いきなり、これが窓ですといわれましても、

はいそうですかということになりますが、

場合によっては、存在を指し示すこと自体が無限の含意をもつわけです。

萩原朔太郎の詩(蛙の死)の一節に

「月が出た、
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顔がある。」

というのがありますが、

「月が出た」というのも
「丘の上に人が立つてゐる」というのも
「帽子の下に顔がある」というのも

個別にいわれてみたら、はいそうですか帽子の下に顔があるんですか

ということになりますが、

「月が出た、
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顔がある。」

といわれると生々しい世界の存在そのものを突きつけられたようでドキッとします。

帽子の上に顔があったらこわいですが、帽子の下に顔があるという

あたりまえのことをいわれてもなんだかこわい。

思うにこれは私という存在そのものの不安定さやこわさや無理さ加減と関係していて、

人間は肉と骨でできていますが無理して自我というものを持っているわけです。

森羅万象というように世界にはあれもありこれもあり何でもありますが、

つきつめて考えていけば私とそれ以外です。

それ以外を指し示すことで私も指し示されてしまう。

それでこわいのかなと思います。

なぜ宇宙のことを理解できるんだろうという趣旨のことをアインシュタインは言ったとか。

アインシュタインだから理解できたのかもしれないですが、

宇宙物理は数学的に記述できても、存在自体の不思議な感覚はつきまといます。

これが窓だ。

でなく

これが私の窓だ。

であるのは、たぶん、

私が窓なんでしょう。世界への窓なんでしょう。

窓は壁という物に開いた空間ですから、老子に「有之以為利、無之以為用」とあるように

有であることよりは無であることに意味がある。

私の存在とは指し示すことであり、指し示すことが私の存在なんでしょう。

現代人は戸籍や履歴書や仕事や役割やでやたら分節されているわけですが、

いま窓を開けると、田園は一面の緑で、

育ちゆく稲の苗の上を風が渡り、太陽が朝と夕の風光を作ります。

そんななかで宇宙内存在としての自分、窓としての自分を一瞬だけ感じたあと、

また普通の日常に戻るわけです。

(あさくら)

交流

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久田美峠の勉強会に参加しました。長く閉ざされていた荒れた峠道を整備していただいたおかげもあり、老若男女が舞鶴の久田美と綾部の志賀郷からそれぞれ山頂部に集い、歴史を訪ねるロマンチックな経験ができました。古くからこの峠を介して丹後国の村と丹波国の村との間で、海産物や農産物など物資の交流や婚姻の交流、神社参拝が行われていたそうです。

山道を歩きながら、ずいぶん昔に日系ブラジル人と交わした話を思い出していた。彼らはサッカーの大会で、ブラジルと関係のない対戦で隣国のアルゼンチンが出場しても決して応援はしない。むしろ隣国が負けることを願うらしい。そのことを当時僕は不幸なことではないかと不思議に思って、たとえば高校野球で地元の高校が大会に出なくとも地元の属する都道府県の代表あるいは隣近所の都道府県を応援したい心情を話したところ、隣り同士がいがみ合ってるくらいが活気があっていいのだと言われた。現にブラジルにしてもアルゼンチンにしてもサッカーへの情熱の高さは知られている。

地理的、政治的、歴史的な国のカタチにもよるのだろうけども、峠を介して交流したいにしえの人たちは村々にとって合理的、戦略的に交流していた。そして志賀郷側から上り山頂部に先に到着していた久田美の方に入れていただいたコーヒーはおいしかった。観戦者の熱狂とは関係なくサッカー場の芝の上では、試合後に現場の選手たちが握手を交わしているではないか。観戦しているだけと実際の現場での交流とでは天地の違いがあるのかもしれない。(マエダ)

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