ayabe: 2008年12月アーカイブ

節目という言葉は、竹の節から来ているそうです。 竹の節からは、枝が生えています。その部分を角に見立てて、来年の干支の牛を作ってみました。でも数人に何に見えるかを尋ねると半数ほどの方は「犬」と答えました。。

牛の竹細工

今年は幸喜山荘に薪ストーブがつきました。里山ねっとで人気の石窯パン焼き体験でも薪を使いますが需要が増えましたので、私も寒い日には数本薪割りをして体を温めます。

スパーンと割れると爽快なのですが、こんな節があると、かえってストレスがたまるほど割るのに苦労します。竹と同様に節は幹を強くしている。

節のある薪

今年の始めに里山ねっとの敷地内にある広葉樹が電線に干渉し始めたので、切って頂きました。夏は木陰を作り、秋にはどんぐりを落とす木でしたので、電線のほうを切りたい気分だったのですが、残念ながら丸裸になりました。

半年ほど経ったときにふと見ると、木の生命力は、僕の想像以上で、切り落とされた部分からだけでなく、幹からも細かい枝が生まれていました。

木と幸喜山荘 木から小さい枝

竹の節というのは、竹の子の時から、その数は変わらないそうです。だとすれば節目というのは年月を重ねるごとに増えるものでなく、節目と節目の間が成長するのです。

時間の経過の中で、節目そのものよりも節目と節目の間にどれだけ成長したかが重要なのでしょう。でも節がなかったら、成長した竹を支えることが出来ないし、節からは枝や笹が生まれます。1年の節目を迎え自身を振り返り、幹や竹の節のような時間を過ごせたらと思います。良いお年を。(マエダ)

「豊かに蒔く者は」

 

聖書のことばに

豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ることになる

というのがあります。

2008年を振り返りながら、

ぼくは今年、どんな種を蒔いただろうと

思い返しています。

畑に蒔いたもの、今の時代に蒔いたもの。

個人的な事業で蒔いたもの、
里山ねっと・あやべで蒔いたもの。

死蔵したりせず、

豊かに蒔く者であれたらと思います。

今年もたくさんの愛を
ありがとうございました!

世は不安もいっぱいですが、

とにかく

すてきな1年となりますこと、祈っています。

(文・塩見 直紀)

■富の集中、貧富の差が拡大すると社会がこわれてしまいます。「富の分配」は古代から現代まで人間の基本的な課題でありつづけてきました。いま、景気変動が労働者の生存の危機に直結しています。

■現代社会のもうひとつの論点は「リスクの分配」です。もちろん古代から色々な危険はありましたが、ここでは近代化に伴うネガティブな要素が無視できなくなり、その分配や偏りが社会的な焦点となることに着目しています。

■「産業と科学技術の発展によって社会が豊かになるという『単純な近代化』」に対して、「豊かさのために発達させてきたはずの産業や科学技術が予期せぬ「リスク」を生み出し、それがブーメランのように我々の社会に襲いかかってくる再帰的近代化」のなかに私たちはいるわけです。(飯田哲也『北欧のエネルギーデモクラシー』新評論235頁による)

■リスクを引き受けて影響を緩和する機能をもつもののひとつが保険ですが、保険が万能な訳ではありません。リスクが顕在化して被害が出てから保険で埋め合わせるより、リスクそのものを下げることが先決ではあるでしょう。

■近現代社会の負の側面は当然、農業に関する分野にもあらわれています。産業化にともなって農村のあり方は大きく変貌し存続の危機に瀕しています。一方で産業化の象徴であり、近代化と高度成長に伴って農村部の人口を呑み込んできた都市にも、都市のリスクがあります。

■「都市を支えてきた輸入食料や資源は価格高騰や品不足にさらされ、コミュニティー意識が希薄な近郊団地では、今後十年で一斉に住民が高齢化し、孤独死など社会危機が頻発する恐れが高まる」(京都新聞2008年5月6日「過疎の行方(5)夜明け前」による)。

■それに関して中山間地域研究センターの藤山浩氏の提案しているのが、「都市住民が農山村と『生命保険』のような協定を結ぶこと」(同上)です。「放棄された農地や山林に先行投資すれば、十-二十年後に安全な食料を供給し、災害時には一定期間受け入れる疎開協定も結ぶ」(同上)。

■新潟のかみえちご山里ファン倶楽部の関原剛さんも、日本の食料自給率が低いということの実態は農村の自給率でなく都市の自給率であることを指摘し、都市と農村との間の保険の構想を示唆しています(かみえちご叢書『未来への卵-新しいクニのかたち』および綾部里山交流大学2008講義)。

■安藤昌益の「不耕貪食」の議論は辛辣の感もありますが、戦争直後にみられた買い出しに象徴されるように都市の生存が実は農村に依拠しているのも事実。「都市でも田舎でも、どちらに住んでも資源と食糧は共通の課題。そこに保険をかけるのは生き方の幅を広げる上で意味がある」(「過疎の行方(5)夜明け前」、藤山氏)。

■都市が富を蓄積し、リスクは農村に回してきたあり方を転換していくきっかけとして、このような新しい保険も、地域通貨と同じく、実験してみる価値があるかもしれません。一方で、保険という形式でお金を移動する以外に、国産の食品を意識的に購入するだけで、農地を保全する効果はあります。「享楽としての消費」から「保険としての購入」へ。それは未来世代との契約という意味も持つはずですよね。(あさくら)

先日、MAC京都の公益法人研修会に参加してきました。京都市交通局協力会の乾雅晴会長の株式会社化する公益法人の動向についてのお話や、綾部市の四方八洲男市長の講演「地方自治も経営だ」がありました。立命館大学の千代田邦夫教授は「包括外部監査法人から見たパブリックセクターのあり方」の演題でお話をされ、複式簿記が陰陽に通ずるというお話が印象的でした。

受動的な性質を「陰」、能動的な性質を「陽」に分類する。(中略)これらは相反しつつも、一方がなければもう一方も存在し得ない。森羅万象、宇宙のありとあらゆる物は、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、陰と陽の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれる。(wikipedia「陰陽」)

調べてみますとイタリアの数学者ルカ・パチョーリーは500年以上前に、地球上の営みの根本原理は、宇宙のバランスであると考え、宇宙を支配する陰陽のバランスを経済活動の計算過程にとりいれ、複式簿記を初めて説明したことで、会計の父と呼ばれている。大航海時代のイタリアの貿易商人たちは航海ごとに資本を募り、複式簿記をつけていたそうです。

陰陽というと、平安時代の吉凶を占う陰陽師を連想しますが、陰陽そのものが吉凶を表すものでなければ、善悪でもプラス/マイナスでも因果でもトレードオフの関係でもありません。たとえるなら表裏や左右のように見方を変えるとひっくり返るような相対的なものだと思います。マクロビオテックや漢方薬では、相対的な陰陽というのが食事や投薬を決める重要な要素となっているようです。

スローイズビューティフル」の著者でNGOナマケモノ倶楽部を設立した辻信一氏は、お金について、社会が平和で安定したものであるには「陰陽」のバランスが必要なのだが、これまでの経済は男性的な「陽」のエネルギーをもつ通貨に支配されてきたとし、既存の通貨にとって代わるものでなく、それを補完する女性的な「陰」のエネルギーを活性化するスローマネーの必要性を説き、実際に地域通貨「ナマケ」も実践しておられる。

里山ねっとでは、21世紀の生き方暮らし方として農のある生活を提案し、田舎暮らし相談を受ける中で、さまざまなライフスタイルを目にすることがあります。これらのライフスタイルは必ずしも一方向ではありません。シンプルライフ、エコロジー、サステナブル、健康志向などはいずれもスローライフの文脈で語られることがありますが、それぞれは別のものです。しかし辻信一氏はこれらには共通のエネルギーがあるとおっしゃいますが、僕には良く分かりません。

しかしながら、現代科学でも交感神経と副交感神経のような相反する制御がひとつの器官に作用していることが知られていますし、最近初代新幹線「0系」が操業終了でニュースになりましたが、新型のN700系のデザインには相反するような条件からバランスの取れた解を見つける遺伝的アルゴリズムという技術が使われていて(参照)、これは計算機の世界でヒューリスティックと呼ばれる技術の一つで、必ず正しい答えが導けるわけではないが、ある程度のレベルで正解に近い解を得るもので、さまざまな分野で利用されています。

陰陽を相対的なものとすれば、既存の通貨にも、スローライフにも陰陽があるといえます。今の私には陰陽についての素養も世界を見る目もありませんが、何かもっと知るべき陰陽があるはずだと、来年度の予算を立てるべく会計ソフトと格闘しながら思いました。(マエダ)

「20年」

 

バブルの頂点の年といわれる1989年、

会社に就職したぼくは、9年10か月、在籍し、
1999年1月20日、会社を卒業しました。

Uターン時の年齢は33歳。

若かったです・・・。

月日は流れは早いもので

 

 

このアーカイブについて

このページには、ayabe2008年12月に書いたブログ記事が含まれています。

前のアーカイブはayabe: 2008年11月です。

次のアーカイブはayabe: 2009年1月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.0