個別の目的なく村をまわるのが目的(Weekly Message 2010.5.8)

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村でイベントを実現するには色々な情報交換や打ち合わせが必要です。

ただ関係者がいつでも思い通りに一堂に会して打合せを重ねるということは難しい。

村の皆さんと、個別にでも情報交換をしてまとめていかねばなりません。

地元のかたと会う方法のひとつは、主催者が地元の皆さんと「何時にどこで」と約束をとってお会いすることです。

もうひとつは、あたかも散歩しているかのように村をまわることです。

もちろん何時にどこにいけば誰々さんがいるはずだから......と緻密に因果関係を整理し、それに沿って行動したほうが細かい意味では確実です。

しかしとりあえず村をまわろうという感じで行動してみても、案外会えます。

これは個別の因果関係というより、会えるかもしれない潜在的確率を高めているのです。

何もしなければ確率はゼロですので。

一見あてどないかのように村をまわってみることで、
「忘れていたことを思い出した」
「明確に認識していなかったことを明確に認識した」
「会って相談せねばと思っていたひとが道端で仕事をしていた」
「意外な状況変化に気づいた」
などのことが起きます。

世界の因果律は自分の認識している因果関係より大きい。

したがって、因果関係を予測して行動することは必要ですが、自分の感知している因果関係より大きな因果律に実を委ねてみるようなことも必要なわけです。

「いそがばまわれ」の農村における意味は以上のようなことです。と勝手に定義しておきましょう。

まっすぐ最短距離で通勤することも必要ですが、あてどないかのように蛇行しながら通勤したりしてみると、道端で話しがまとまったりする。

もちろんこれで充分ということは常にありません。

やりとりの充分にできていないケースは申しわけありません。

私たちはいつも色々なことに頭を占領されています。でも空に伸びるアンテナのように、土にのびる根のように、色々なことにきづくようになりたいとは考えているのです。ご指導よろしくお願いします。(あさくら)


下は、本文とは直接関係ありませんが、農家のこせがれネットワークさんのこせがれ応援ソングです。

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このページは、ayabeが2010年5月 8日 00:40に書いたブログ記事です。

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