組織、共同体、あるいは持続可能な活動

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事業の価値には、精算価値と継続価値がある。たとえばたこ焼き屋にとって、たこ焼き用の鉄板の価値はたこ焼き屋を継続していく場合、たこ焼き屋を辞めて清算する時の価値よりも高いであろう。一般的に企業の会計は、継続することが前提であるが、業績の悪化などで、その前提が危うい時には財務諸表に、「継続企業の前提に疑義」の注記がなされる。継続することに疑義があるということは、掲載されている資産状況もあやしくなるのである。

あくまで会計上使われる言葉であり、突拍子もないかもしれないがヒト・モノ・カネ・情報・ナレッジといった資源において、精算価値と継続価値を見ることができるだろうか。もっとも知的財産としてカネに交換可能な情報資源もあるが、情報やナレッジといったものは、精算すれば資産同様に無価値になるものが多いであろう。さらにヒトについても存分に各員が能力を発揮し、事業の役割を担っていれば、3人寄れば文殊の知恵、3本の矢よろしく、個人個人の価値の総和以上に、事業の中のヒトの継続価値は高いだろう。組織の持つ資源を数値化することは難しいが継続価値と精算価値の差こそその事業を行う組織の強さであり、力と言えるのではないだろうか。

先日、大学と行っている地域活性化ボランティアプログラムの報告会があった。幾つかの地域の活動に学生が入って、ボランティアを通じて学びを得るというもので、受け入れ団体の一つとして約10プログラムの報告を聴いてきた。プログラム受講生は単位を取得することができるが取得した以降もボランティアとして参加されている学生も、受け入れ団体によっては少なからずあるようだ。活動の内容にもよりますが、受け入れ団体として継続して参加いただけるような、プログラムを目指せればと思う。

とは言え、大学から距離が離れていること、学業が本分であること、就職を控えていることなどあって、学生個人が継続的に参加することは難しい。これまで春になれば新しい学生を受け入れ、翌年度にはリセットして又あらたに学生を受け入れてきたが、ボランティアプログラムの受け入れを一つの事業としてとらえられないだろうか。リセットするということは清算するということであり、活動の価値をそれまでに留めるものである。学生の活動を継続的なものと前提とすることで価値を高めることはできないものか。

もちろん大学側が継続して受け入れ団体としてくれることが前提であるし、学習の場という点でどうなのかは正直わかりません。ただ学生たちが残した成果や抽出した課題や立案した解決策をリセットすることなく、翌年の学生に引き継いでいくことは、受け入れ団体としての力だと思う。(マエダ)

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このページは、ayabeが2010年1月12日 23:40に書いたブログ記事です。

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