「たしかにすっぱいけれど」(Weekly Message VOL.410...2009/12/29)

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かくまつとむさんの『野山の名人秘伝帳』では美山町の料理旅館「つるや」さんの「松葉サイダー」を紹介しています。

一升瓶に松葉と砂糖水を入れると発酵して微炭酸の「サイダー」になる。ちょっとした魔法です。

店主の子供時代にお母さんが作ってくれたそうですが、お母さんは店主に作り方を教えなかった。

「毎年梅雨明け頃になると、子供の頃に田舎の母が作ってくれたサイダーの味を思い出すんです。私が母に、どないして作るん? と聞いても、笑うばかりで教えてくれませんでしてね。」(34ページ)

「つるや」さんは最近は料理旅館ですが、以前は「行商人相手の商人宿」だったそうです。

しかし社会の変化、交通の変化にともなって、行商人自体が減ったのでしょう。料理旅館に衣替えして、料理の工夫につとめるなかでサイダー作りを試みますが、秘訣がわからない。

「そんなときふと目がいったのが、松の若葉でした。サイダーを造るのはたしか梅雨明けでした。その頃、松の若芽がぐんぐん伸びるんです。......昔飲んだサイダーの瓶に入っておったのも、松の葉でなかったろうかと、ふと思うたんです。」(36ページ)

今の私たちは松葉を食べたり飲んだりすることは思いつかない。しかし思いついた。

お母さんは言ったそうです。「あんた、ようこの味がわかったな。あのとき聞かれても作り方を教えなんだのは、自分で工夫してほしかったからなんや。よう松葉に気づいた。こういうことが大事なんや」(36ページ)

「つるや」さんの門前の看板にはサイダーの文字が書かれていて、一杯300円の松葉サイダーを頂いてみるとその透明なグラスのなかにこんな無限の物語が秘められています。

街道沿いの交差点に立地していて商人宿だった「つるや」さんですが、付近の道路のつけかえが進んでいて、近くの川にかかる橋も架け替え工事の途中です。道路の付け替え後は裏通りになります。時代の変化はとどまることがないようですが、応援したいと思います。

『野山の名人秘伝帳』では松葉サイダーが発明された時期について「一升瓶が日本酒の汎用輸送容器として主流になっていく大正以降のアイデアではないかと思われる」と推定しています。

今でこそありふれている砂糖ですが、その頃はもっと貴重品であったことでしょう。

少し前の世代の人から聞くことがあるのは、アメの作り方です。

米や芋を煮て、芽の出た麦の胚芽をすりつぶしたものを混ぜます。しばらく置いてから漉して、煮詰めます。

すると水飴や砂糖を使わずに飴ができます。昔はお菓子がないのでこのようにして子供のおやつにしていたのだとか。

胚芽の飴。『美山町誌』に載っている話をいつも思い出します。

「朝鮮から美山にきたSさんは当時を振り返りこんな風に語った。......戦後は配給が少なくて食べるものも無くて......ちょうど上の子が出来た時、食べるものがなくてなくて、......それでお父ちゃんが結婚のふとんを日本人の親方の家に持って行った。あら麦一斗、米一斗と換えてきた。その米が水につけると浮くんや。......自分は食べずに子どもに食べさせて......少し楽になったのは、アメを作り始めてからや。どこで覚えたかアメの作り方知っていた。砂糖は使わない。ごはんを蒸してもやしを入れて煮詰めて煮詰めて、米一升とアメを交換した。少し良くなって、よし子どもに食べたいだけ食べさせてやろって思って、二升も三升も炊いた。そしたら食べる食べる。おまえらまだ食べるかって聞いたら、お腹いっぱい、でも口が食べたいって言った。」(『美山町誌 下巻』553ページ)

「お腹いっぱい、でも口が食べたい」という時代のなかで、「どこで覚えたかアメの作り方知っていた」ことが役に立った。

布団と米を交換して、米からアメを作って、そしてアメを米に交換する。

「少し楽になる」契機となったアメの作り方は、「どこで覚えたか」とはいってもやはりお母さんなのかお婆さんなのか、近い家族から学んでいたというのが最も高い可能性ではないかと思います。

ここでサイダーからふと、レモネードのことを連想してみます。

アレックスのレモネードという物語をテレビで見たことがあります。書籍にもなっているようです。

詳細情報にあたれていませんが、腫瘍にかかってしまったアレクサンドラという少女がレモネード販売の輪を広げ、がん対策のファンドができたという実話だと思います。

たしかにレモネードという媒介なしにお金だけを寄付することもできるけれど、レモネードを購入するという行為を媒介とすることで物事が可視化され、コミットしやすくなる。そしてじわじわと広がっていく。

たしかに病気自体はたとえようもなくビターなことですが、人生がすっぱいレモンのようであっても、レモネードに変えればいいじゃないかということだったと思います。

そんな象徴交換の媒介として「すっぱいけど甘い」レモネードは唯一無二の表象であったように思います。

松葉サイダーや、もやしの飴や、レモネード。

ビターなこともある人生を少しだけスウィートにする魔法。ちょっとした工夫の産物が無限の物語を生む可能性を秘めて、まだ私たちの身近に眠っているような気がします。(あさくら)

このブログ記事について

このページは、ayabeが2009年12月31日 22:56に書いたブログ記事です。

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