ウィークリーメッセージ「地には平和」(VOL.407...2009.12.8)
昔の人が現代人より達者であったという話はよく聞きます。
平均寿命の長短は別論として、起伏の激しい長距離の山道を短時間で歩くことができたとか、一日中山仕事をして平気であったとか。
綾部里山交流大学の2009年12月講座で松村苗未さんのお話を聞いて、昔の人が達者であったことと食事との関係の指摘があり、ハッとしました。
http://www.satoyama.gr.jp/topix/2009/12/200912.html
昔の人が達者であったことと、粗食・穀物食など食事のあり方が関係していたかもしれないという視点は面白い。
石油時代になって自力で長距離を歩いたり重いものを運んだりする必要がなくなったから足腰が弱くなったのかな、という外的な要素だけを考えていましたが、生命力のある食料をたべているかどうか、といういわば内的な要素からも、「昔の人の達者さ」を考えるべきだなという点に気づかされました。
もうひとつは食べることのあり方がささやかな平和運動でもあるだろうという点。
肉食への傾斜や食料の大量廃棄など現代の食事情がかかえる問題に対して、足元の食生活を見直すことが、戦争や飢餓への異議申し立て、意思表示にもなるでしょう。
穀物を動物に与えてその動物を食べるより、穀物をそのまま人間が食べたほうが資源効率がいいはず。
ハンバーガー・コネクション問題といって牛の牧場を作るために森林が伐採されたりしてもいますから、肉食中心のあり方を見直すことが気候変動問題への対処につながるかもしれない。
単に個人的な健康にいいということではなく、社会的な構造を見据えたうえで、それに対する問題提起として、自分の食のあり方を見直していく。
以前、「パンのみによってでなく象徴によって生きる」というようなことを書きましたが、
http://www.satoyama.gr.jp/mt/weekly/2009/03/post-34.html
ここでは食べることのあり方が、自分対世界の関係の関わり方についての象徴である。
松村さんのお話しを聞いてなかなか反省させられることばかりでした。(あさくら)
