どこの神社で祭りがありましたか

|

「福知山の神社で祭りがありました」

とテレビでいうのでどこの祭りか、御霊神社か

と思ってみていたら、

大原神社だった

ということがありました。

大原神社は三和にある有名な神社で、

昔は綾部からも盛んに参りに行ったとのことですが、

大原神社を福知山の神社というのは相当な慣れが必要です。

市町村合併で三和も大江も福知山になりました。

ですから元伊勢神社も「福知山の神社」なのでしょう。

今後、福知山の神社とテレビで言ったら、

大原神社なのか元伊勢神社なのかと思い迷わねばなりません。

綾部市で2007年10月に開催された全国水源の里シンポジウムでも、

合併は役所のためであって住民のためではないということが

明確に語られていましたが(矢野学氏)、

最近は合併が相次いだのでローカルな利害関係が代表されにくく、地理的感覚もよくわからなくなりました。

福知山といっても三和かもしれず、大江かもしれないし、

南丹といっても美山かもしれず、八木かもしれず、園部かもしれません。

興味深いのは、他の地域からさいきん京都にはじめて来た人がいっていたことで、

その人にとっては福知山というと大体どこかわかるが、

三和や大江といわれるとそもそも三和や大江ということが初耳なので、

福知山といったほうが大体の方向がわかるとのことでした。

住民自身が合併を望んだようなケースもなくはないでしょうし、

三和といい美山ということ自体も合併に伴う近代地名ですが、

最近の合併は完全に身の丈を越えてしまった感じがします。

実際、京都府内各地の天気予報では、「南丹」という予報ポイントとは別に、「美山」という予報ポイントがあります。

ヨーロッパ地方自治憲章のなかに

Public responsibilities shall generally be exercised, in preference, by those authorities which are closest to the citizen.

という一節(4-3)があったりしますが、
http://www.bunken.nga.gr.jp/siryousitu/eturansitu/charter/eu_kensyo_yaku.html

ここに述べてきた地名をめぐるよくわからなさは、

この「closest to the citizen」(市民に一番身近であること)に問題が出てきていることを示しています。

報道では場所を示すときに市町村名でいわなければならない、

だから福知山市といい南丹市といわなければならないという

前提があるようですが、そうすることでかえって

地元の人間にとっては場所がわからないということです。

新聞の見出しに「南丹で祭り」とありますが、

なぜ「美山で祭り」と書いたらいけないのでしょうか。

完全にそのほうがわかりやすいのではないでしょうか。

「南丹で祭り」という見出しだと、

美山なのか八木なのか園部なのかと思い迷い、

細かい本文を読んでからようやく美山だとわかります。

報道関係者に真剣に考えていただきたいのは、

市町村単位での場所定義を墨守するのでなく、

身の丈にあった場所定義をしてほしいということです。

里山ねっと・あやべにも各地からお客様がきてくださいます。

お客様の住所から里山ねっとへの道案内をさせていただくのですが、

京丹波といい京丹後といっても大変広いですので、

京丹波のどこか、京丹後のどこかをおうかがいするようにしています。

里山ねっと・あやべも当然 closest to the citizen でなければならないわけですが、

一方で都市農村交流の結節点ですので、都市の皆さんにとってもclosest

でなければならない。そこでclosestは文字通りの時間的・空間的なもの以外に

時間・空間を越えた意味でもそうでなければならないので、反省し思案しています。

(あさくら)

このブログ記事について

このページは、ayabeが2009年9月15日 11:50に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「「石も積もれば」(VOL.394 2009.09.01)」です。

次のブログ記事は「「いまカメに出合えるということ」(VOL.397 2009.09.21)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.0