ガソリンタンクのたとえを使わないで
ガソリンタンクのたとえを使わないで
トランジション・タウンと急にいわれても、どんなタウンですかということになるかもしれませんが、
この場合のトランジションは、ピーク・オイルと気候変動の危機を認識して持続可能な地域へと転換していくことです。
http://www.transitiontowns.org
http://www.transition-japan.net
ですから何かよくわからないけれど途中の段階にある町ですということではなくて、明確に脱石油文明をローカルから進める動きなのだと思います。
世界各地の町が続々と参加していますが、綾部はまだです。
http://www.transitiontowns.org/TransitionNetwork/TransitionCommunities
さて transitionnetwork.org にある Transition Initiatives Primer という文書に The misleading petrol tank analogy(ガソリンタンクに例えるべからず)という話しがあります。
http://www.transitionnetwork.org/Primer/TransitionInitiativesPrimer.pdf#page=4
(訳は、transition-japan.netの日本語版による)
http://www.transition-japan.net/information/transition/primer.pdf#page=3
「運転中にガス欠になってしまう経験をした人は多いでしょうが、ガソリンタンクへの例えが石油減耗に対する予測を微妙にゆがめることになります。
この考え方は簡単で、ガソリンを最後の最後まで使い果たし、約97%がなくなってしまうまで車はスムーズに動きます。しかしここに至って初めて、「ガソリン減少」の影響を感じ始めます。車は激しく振動して音をたて始め、早く手を打たないと突然止まってしまいそうです。
このパターンに従えば、減少サイクルの最後の最後まで燃料メーターを無視することができるということになります。
しかしながら、石油減耗が工業社会に影響を与えるやり方は、これとは似ても似つかないものです。大切なのは、いつ石油が枯渇に近づくかということではなく、タンクの石油が残り半分になった時(あるいは半分を使い果たした時)なのです。」
ここでいわれているのは石油が物理的に存在するかどうかではなくて(それも当然無限ではないわけですが)、社会的に潤沢に入手可能かどうかです。
ある時点を越えると、石油があっても入手できない。急に状況が変わってしまう。
金融危機の次はオイルの危機かもしれず、一部の人しかオイルにアクセスできないようになる可能性もあります。
これに限らずものごとが直線的に推移しないケースは沢山あります。
人間の思考は非常に簡単な足し算や掛け算で物事を考えやすいので、
指数的な急増や急減をイメージしにくく、従来の延長線上で物事を考えがちです。
ですから「減少サイクルの最後の最後まで燃料メーターを無視することができる」ように考えがちですが、
それでは痛い目にあいます。
まわりが従来の延長線上で振る舞っているときに、違うパラダイムで行動することは
ひやひやすることかもしれませんが、実際には従来の延長線上で振る舞っていること自体、
あぶないと考えなければならない。
証拠が明らかになるまでは座して待つ、でなく先手を打たねばならない。
物事には時差があります。
人間は本当に痛い目にあうまでは物事をきちんと認識しないので、
世界中がピーク・オイルの問題を痛感するようになるまでに時差があります。
また脱石油を進め、ピーク・オイルへの対応能力を高めておくことも
一朝一夕にできることではないので、そこでも時差があります。
日本は特に「空気」が支配しがちで、空気が変わるまでは物事が変わらず、
一方でいったん空気がかわると一気に雪崩を打ったりするものですが、
空気がかわるまで待っておこうでなく、こちらから空気を変えてやろうと。
ピーク・オイルは直線的にでなく一気に来る。
だからこちらもその前に、従来の延長線上でなく一気に行動。
オイルを例にとりましたが、農業人口は70代が中心で、もうしばらくすると一気に引退する。
直線でなく曲線で変化する物事が沢山まちかまえていそうです。そしてそれらが複合的に来るのです。
(あさくら)
