2009年8月アーカイブ

ガソリンタンクのたとえを使わないで

トランジション・タウンと急にいわれても、どんなタウンですかということになるかもしれませんが、

この場合のトランジションは、ピーク・オイルと気候変動の危機を認識して持続可能な地域へと転換していくことです。
http://www.transitiontowns.org
http://www.transition-japan.net

ですから何かよくわからないけれど途中の段階にある町ですということではなくて、明確に脱石油文明をローカルから進める動きなのだと思います。

世界各地の町が続々と参加していますが、綾部はまだです。
http://www.transitiontowns.org/TransitionNetwork/TransitionCommunities

さて transitionnetwork.org にある Transition Initiatives Primer という文書に The misleading petrol tank analogy(ガソリンタンクに例えるべからず)という話しがあります。

http://www.transitionnetwork.org/Primer/TransitionInitiativesPrimer.pdf#page=4
(訳は、transition-japan.netの日本語版による)
http://www.transition-japan.net/information/transition/primer.pdf#page=3

「運転中にガス欠になってしまう経験をした人は多いでしょうが、ガソリンタンクへの例えが石油減耗に対する予測を微妙にゆがめることになります。
この考え方は簡単で、ガソリンを最後の最後まで使い果たし、約97%がなくなってしまうまで車はスムーズに動きます。しかしここに至って初めて、「ガソリン減少」の影響を感じ始めます。車は激しく振動して音をたて始め、早く手を打たないと突然止まってしまいそうです。
このパターンに従えば、減少サイクルの最後の最後まで燃料メーターを無視することができるということになります。
しかしながら、石油減耗が工業社会に影響を与えるやり方は、これとは似ても似つかないものです。大切なのは、いつ石油が枯渇に近づくかということではなく、タンクの石油が残り半分になった時(あるいは半分を使い果たした時)なのです。」

ここでいわれているのは石油が物理的に存在するかどうかではなくて(それも当然無限ではないわけですが)、社会的に潤沢に入手可能かどうかです。

ある時点を越えると、石油があっても入手できない。急に状況が変わってしまう。

金融危機の次はオイルの危機かもしれず、一部の人しかオイルにアクセスできないようになる可能性もあります。

これに限らずものごとが直線的に推移しないケースは沢山あります。

人間の思考は非常に簡単な足し算や掛け算で物事を考えやすいので、

指数的な急増や急減をイメージしにくく、従来の延長線上で物事を考えがちです。

ですから「減少サイクルの最後の最後まで燃料メーターを無視することができる」ように考えがちですが、

それでは痛い目にあいます。

まわりが従来の延長線上で振る舞っているときに、違うパラダイムで行動することは

ひやひやすることかもしれませんが、実際には従来の延長線上で振る舞っていること自体、

あぶないと考えなければならない。

証拠が明らかになるまでは座して待つ、でなく先手を打たねばならない。

物事には時差があります。

人間は本当に痛い目にあうまでは物事をきちんと認識しないので、

世界中がピーク・オイルの問題を痛感するようになるまでに時差があります。

また脱石油を進め、ピーク・オイルへの対応能力を高めておくことも

一朝一夕にできることではないので、そこでも時差があります。

日本は特に「空気」が支配しがちで、空気が変わるまでは物事が変わらず、

一方でいったん空気がかわると一気に雪崩を打ったりするものですが、

空気がかわるまで待っておこうでなく、こちらから空気を変えてやろうと。

ピーク・オイルは直線的にでなく一気に来る。

だからこちらもその前に、従来の延長線上でなく一気に行動。

オイルを例にとりましたが、農業人口は70代が中心で、もうしばらくすると一気に引退する。

直線でなく曲線で変化する物事が沢山まちかまえていそうです。そしてそれらが複合的に来るのです。

(あさくら)

マニフェスト

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今日第45回衆議院議員総選挙が公示されました。各党のマニフェストが公開されているのでざっと見ましたが、2005年に比べて、ビジュアル的に見やすくなったということは分りました。

民間でマニフェストを評価するところがいくつかありますが、どこも評価方法を明示したうえで採点を行い、どの政党も100点満点で半分とれていないというような状況です。

図表1-1:個別政策評価項目
① what:政策として何を行うかが書いてあるか
② why:その政策を行う理由や背景が書いてあるか
③ when:その政策の実現に向けて具体的な期限を設定しているか
④ how:政策実現へのプロセスや方法を示しているか
⑤ appeal:有権者の関心を引き付けるものであるか
図表1-2:個別政策評価の基準
1点: 書かれてなく、わからない
2点: 書かれてあるが、よくわからない
3点: 書かれていないが、わかる
4点: 書かれてあり、わかる
5点: 書かれてあり、よくわかる
(PHPマニフェスト検証委員会)

このような評価方法を見ると、シンプルなことに思えるのですが、いざ自分が提案をするときには難しいものです。

政党マニフェスト
自由民主党 自民党の政策「みなさんとの約束」
公明党 '09 重点政策から(PDFファイル)
民主党 民主党の政権政策マニフェスト2009
社会民主党 衆議院選挙公約2009・概要版 Manifesto(第一次案)
国民新党 国民新党の政権政策
日本共産党 「国民が主人公」の新しい日本を――日本共産党の総選挙政策
新党日本 日本「改国」宣言(PDFファイル)
改革クラブ マニフェスト全文版(PDFファイル)
みんなの党 選挙公約 みんなの党「マニフェスト2009」

「ともへ」(VOL.391 2009.08.11)


10月半ばの村祭りのころまで
里の草刈りが続きます。

今年もたくさん田んぼや畑などを刈りました。

草を刈っていくと、里の風景が
保てるのでうれしい気持ちになれます。

今年の草刈りはまだありますが、
すこし早いけれど、懺悔を。


草払い機を使うと、
たくさんの虫や小動物を傷つけてしまいます。

地球の小さな仲間たちの住みかである草むらを
刈っていくと、

カエルやショウリョウバッタなどが
逃げていきます。

でも、

高速回転する歯に向かって飛び込んできて
命を落とすカエルもいたりします。

 

今年も幾匹かを天に帰してしまいました。

そんなとき、ぼくは

金子みすゞさんの詩「大漁」のなかの
「とむらい」ということばを思い出すのでした。


大漁   金子みすゞ

朝やけ小やけだ
大漁だ
大ばいわしの
大漁だ。

はまは祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の いわしのとむらい
するだろう。

**

小さな友へのとむらいのこころ。

忘れませんように。

 

9月の初旬には14回目となる
新生・我が家の稲刈り予定です。

(文・塩見 直紀)

 

NHKの「プロジェクトX」は終了しましたが、

類似のTV番組は多くの局で目にします。

水戸黄門と同様、フォーマットは大体かたまっていて、

主人公が困難に直面するけれどもそれを乗り越えて

目的を達成します。

時には話を作るために少し無理して困難な状況を探し出して

きているのではないかと思えるときもあります。

ところで気にかかるのは、

フォーマットが大体かたまっていることよりは、

達成する目的自体の正当性が充分に検討されているのだろうか

ということです。

自動車や電気製品や外食の売上げを、いかに新技術やマーケティングで

工夫して伸ばしたかというストーリーはわかりますが、

その目的達成と、

エネルギー消費抑制や食品の安全性、消費者の権利などが

どういう関係にあるかは言及されていないように思えます。

外食産業がどのようにして売上げを伸ばしたかというストーリーと、

外食産業がどのような材料を使っているかという論点が

どのようにリンクしているのだろうかと思って見ていると大抵リンクしていない。

組織が目的達成のために何でもするという性質自体は

一朝一夕には変えがたいものですから、チェックアンドバランス

がきちんとはたらくような仕組みが必要で、

TV番組の場合でいえば、別の観点から見たような検証番組も必要です。

高度成長の時代は、みんなで一斉に目的達成に向かって頑張るような

時代だったのかもしれませんが、

今後はむしろ、目的自体の正当性が問われる時代。

登山ツアーでも、予備日がなく、

後ろからは後発組のグループが来るから後退できないし、

予定の旅館や帰りの電車が予約してあるからそれに

間に合わせて下山しなければならない、救援要請すると救助費用が

かかるから救援要請もしづらい、

天気や体調もおかまいなく、

とにかくパッケージ通りの計画達成が至上命題

というような状態で進行すると、大変なことになってしまいます。

むしろ答えのない状況のなかで

撤退戦略を具体化し軌道修正していくことが大切な時代です。

いかに既定のパラダイムのなかを突進したかではなく、

全然別のパラダイムもあるじゃないかということに

気づかせてくれるような本や映像を期待します。

(あさくら)