後で2倍の投資より今2割の投資
朝日新聞で連載されている「ニッポン人脈記」。写真家の白川義員氏に関する記事に、こうありました。
......2013年に出す写真集「永遠の日本」のため、いま国内を歩く。白川は苦しんでいる。国立公園の中に、平然とホテルが立ち並ぶ日本の現状をみて思うのだ。「収録したい風景がない」......
(朝日新聞2009年6月13日)
日本文化論では、日本人は和を尊び、自然を対立的に見ず大切にするということになっています。
古典的な文献からそのようなフレーズをとりだすことはできるのかもしれませんが、それは物事の半面で、ヨーロッパではありえないような景観破壊(アレックス・カー『犬と鬼』が指摘するような)を続け、国土をセメント漬けにしてきたのも日本人です。
ともかく古都でも田園でもカメラを構えてみるとほぼ間違いなく電柱や電線が構図の中に入ってきます。
慣れは怖いものですが、外国の人々からみれば日本人は相当、景観を大切にしない人々とうつっているに違いありません。
ここまでくると、電線を地中化すること自体がまた大工事になってしまいます。
電化を際限なく進めることは問題ですが、どうせなら最初から地中化しておいたほうがよかったなあということになります。
水田の圃場整備では、多くの自然河川が縦横直角のコンクリート水路に姿を変えました。
そうすると水田の機械化効率を最大化できますが、一方で降雨時に水が走りますし、水辺の生態系も失われてしまいます。
それで再度、近自然工法で水路を造り替えたくなるのですが、いちど大出費をして圃場整備をしていますので、近自然工法で作り直す余裕はなかなかありません。
だったら最初からもう一工夫して、近自然工法による圃場整備をしていればよかったのではないか。
でも血のにじむような努力をしてようやく圃場整備自体ができたので、当時は仕方なかった......。
悩みの深い話です。
でも電線にしても水路にしても、最低限の投資が10として、後で20の投資があらためて必要になってしまうよりは、最初から12の投資をしたほうがよいのではないか。
家の改造工事をしたら、あと一息がんばって薪ボイラーや太陽パネルもつけよう、みたいな。
アメリカでニューディールの対象が「ダム」から「グリーン」になったのは象徴的なので、今後は公共事業といっても一過性の景気対策でなく、先を見据えたことが必要なわけでしょう。
2が5個集まったら10ですが、8を10にするための2より10を12にするための2のほうが重要。
10の投資ではあとでまた追加で10必要になるかもしれませんが、いま12投資しておけば、あとで10を20にしなくてすむので、12から20への追加の8をセーブできるからです。
(あさくら)
