リスクをどう分配しますか(VOL.357 2008.12.16)

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■富の集中、貧富の差が拡大すると社会がこわれてしまいます。「富の分配」は古代から現代まで人間の基本的な課題でありつづけてきました。いま、景気変動が労働者の生存の危機に直結しています。

■現代社会のもうひとつの論点は「リスクの分配」です。もちろん古代から色々な危険はありましたが、ここでは近代化に伴うネガティブな要素が無視できなくなり、その分配や偏りが社会的な焦点となることに着目しています。

■「産業と科学技術の発展によって社会が豊かになるという『単純な近代化』」に対して、「豊かさのために発達させてきたはずの産業や科学技術が予期せぬ「リスク」を生み出し、それがブーメランのように我々の社会に襲いかかってくる再帰的近代化」のなかに私たちはいるわけです。(飯田哲也『北欧のエネルギーデモクラシー』新評論235頁による)

■リスクを引き受けて影響を緩和する機能をもつもののひとつが保険ですが、保険が万能な訳ではありません。リスクが顕在化して被害が出てから保険で埋め合わせるより、リスクそのものを下げることが先決ではあるでしょう。

■近現代社会の負の側面は当然、農業に関する分野にもあらわれています。産業化にともなって農村のあり方は大きく変貌し存続の危機に瀕しています。一方で産業化の象徴であり、近代化と高度成長に伴って農村部の人口を呑み込んできた都市にも、都市のリスクがあります。

■「都市を支えてきた輸入食料や資源は価格高騰や品不足にさらされ、コミュニティー意識が希薄な近郊団地では、今後十年で一斉に住民が高齢化し、孤独死など社会危機が頻発する恐れが高まる」(京都新聞2008年5月6日「過疎の行方(5)夜明け前」による)。

■それに関して中山間地域研究センターの藤山浩氏の提案しているのが、「都市住民が農山村と『生命保険』のような協定を結ぶこと」(同上)です。「放棄された農地や山林に先行投資すれば、十-二十年後に安全な食料を供給し、災害時には一定期間受け入れる疎開協定も結ぶ」(同上)。

■新潟のかみえちご山里ファン倶楽部の関原剛さんも、日本の食料自給率が低いということの実態は農村の自給率でなく都市の自給率であることを指摘し、都市と農村との間の保険の構想を示唆しています(かみえちご叢書『未来への卵-新しいクニのかたち』および綾部里山交流大学2008講義)。

■安藤昌益の「不耕貪食」の議論は辛辣の感もありますが、戦争直後にみられた買い出しに象徴されるように都市の生存が実は農村に依拠しているのも事実。「都市でも田舎でも、どちらに住んでも資源と食糧は共通の課題。そこに保険をかけるのは生き方の幅を広げる上で意味がある」(「過疎の行方(5)夜明け前」、藤山氏)。

■都市が富を蓄積し、リスクは農村に回してきたあり方を転換していくきっかけとして、このような新しい保険も、地域通貨と同じく、実験してみる価値があるかもしれません。一方で、保険という形式でお金を移動する以外に、国産の食品を意識的に購入するだけで、農地を保全する効果はあります。「享楽としての消費」から「保険としての購入」へ。それは未来世代との契約という意味も持つはずですよね。(あさくら)

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このページは、ayabeが2008年12月16日 21:59に書いたブログ記事です。

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