山も里もブローデルの海。 (VOL.354 2008.11.23)

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■綾部市の四方市長に関する記事が掲載されている現代農業増刊『集落支援ハンドブック』(2008年11月)を見ていて、中央大学の白水智氏のインタビュー「いま山村の歴史と生活文化から何を学ぶか」(158頁)に注目しました。白水氏はNHKブックス『知られざる日本』(2005年)の著者です。

■原風景という表現はしばしば目にします。稲作が日本の原風景、とか。ただ人は平地の水田だけで生きてきたわけではありません。山でも生きてきました。

■「かつての山は、今では考えられないほど多くの人口を養っていたらしい」(『知られざる日本』17頁)。ではどのようにしてそれが可能だったか。自給自足か。

■「山村の生活」イコール「自給自足」というイメージを持ちがちですが、どうもそうではない。

「むしろ山の生産の多くは商品生産だった」「日本の前近代でも自給自足は当たり前ではなかった」「山で生産するお椀や杓子のような木工品でも、材木でも炭でも、自分で使う分だけつくるなら数日でできてしまうわけで、そのほかの日は何をしているかというと商品生産をしていた」(『集落支援ハンドブック』159頁)。

「自給自足で村が成り立ち、外部との交流なしに生きてきた、隠れ里のような山村はまずなかったといってよい。......どのような特産品をもち、どのような生業の組み合わせをもち、そしてどのような交流のしかたをするかはさまざまであるが、交流そのものがどの山村でも見られたことは間違いないといえる」(『知られざる日本』178頁)

■田村善次郎氏はこう書いています。「二〇年も前のことになるが、仲間とヒマラヤの山地を歩いたことがあった。山を登り、尾根を歩き、谷に下り、また山を上りという毎日を繰り返してタライの山地からグレートヒマラヤの山中まで入っていったのだが、その時、どこまで行っても行き止まりのないことに驚いた。岩山の踏み跡も定かではない道を行き、雪の峠で心細くなっても、その峠を下ると村があり、人が住んでいることに安心もし、また感動もした。今も鮮やかに思い出すことができる。その想いを帰って宮本先生に話した時、先生はひとこと「秘境がないんじゃ!」とおっしゃられた。どういう意味でいわれたのか今もって良くわからないのだが、かつての日本の山中も、ヒマラヤ山地ほど規模は大きくなくとも、行き止まりのない、秘境のない山地ではなかったろうか。」(宮本常一編著『山の道』八坂書房の田村「解説」)

■この「秘境がないんじゃ!」もおそらく上記の「隠れ里のような山村はまずなかったといってよい」と同じ趣旨なのでしょう。

■そしてこの議論が当てはまるのは山地だけではない。綾部の近くの美山町は山地ばかりでなく水田もありますが、江戸時代の人々は水田で自給していたわけではないようです。水田面積がもともと多くはなく、高率の年貢、そして重労働ゆえ多くの米をむしろ消費することもあり、米の生産は必要量に対して不足していた。むしろ何らかの交換で生きていたようです。

「自家不足分の米を買い、高率の年貢を支払うだけの売り上げがあった。米は原則として不足分は買ってでも食べていたわけである」(『美山町誌』下巻227頁)「われわれの先人の多くは、それぞれ何らかの余業稼ぎ(米作り以外の仕事)で年貢の手当をして、それぞれの暮らしを立てていたのだ」(同244頁)

■フランスの歴史家フェルナン・ブローデルは『フェリーペ二世時代の地中海と地中海世界』で、海に着目した歴史を書きました。この海に相当するものとして、交易の場としての山を見ることができないか。そんなことを考えています。すると重畳する丹波の山並がそのまま海の波のようにも思えてくるのです。

■時代による変動はあるでしょうが、生命や生活を維持する基本の部分でも案外、交換や交流の役割が大きい。里山をとりまく問題も、交換や交流の変化であり、今後の課題はそれをどう再構築していくかということになります。もちろん米や木材などの産物を交換することはできます。ただそれらは物としては似てきますから、付加価値が難しい。現代において重要なのはそれらにコンテンツを載せることだという気がします。本当に生産を行なっているのは自然ですから、交換に値する価値とは何かを考えていくのは大切な課題という気がします。

(あさくら)

 

※「私は農村とかかわりはじめた時から、農村が成り立っていたのは、昔の農家さんが農業以外にも生業としての仕事を持っていたからこそではないか、なぜ農政は専業農家の育成だけを目標にしているのか疑問に思っていた。」
中村貴子、書評(『京の田舎暮らし』)、『農業と経済』2009年7月号114頁

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このページは、ayabeが2008年11月23日 23:57に書いたブログ記事です。

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