地域資源発掘と誇り(VOL.351 2008.11.8)
石川県津幡町に河合谷小学校がありました。残念ながら2008年3月に閉校となりました。今は鍵がかけられているそうですが、河合谷小学校には物語があります。
河合谷村で初等教育を整備するには老朽化した校舎を建て替える必要があった。内閣総理大臣の年俸が12,000円、小学校本科正教員の月俸が40円から 180円の当時、校舎の建設費は45,000円弱と見積もられた。それだけの予算は河合谷村にはなく、そのまま老朽化した校舎を使用していくのにも限界があった。小学校に通学する児童たちのために、いかにして建設費を捻出するかの話し合いが1926年(大正15年)に村役場で行われ、河合谷村自治改良委員会によって「全村民で酒を飲んだつもりで毎日最低5銭以上を貯金する」という、「つもり貯金」を実施し全村民が禁酒を行うという提案が行われる。この禁酒提案に至るまで、農業の改良、勤倹貯蓄など様々な提案はあったが、いずれもこれまで著しい効果がでなかった経験と、村内における酒の消費量が毎年80石を下回らず金額にして約9,000円(当時の額面)という数字により、禁酒を行えば5年で4万5,000円を捻出可能であると村民に説明すれば納得するであろうというもの。(中略)1926年4月から行われた全村での禁酒により、村にあった8軒の酒屋は自主廃業した。これら自主廃業した酒屋は後に村から表彰される。目的を共有し達成させるために全村民が禁酒を行うという異例の出来事は全国で「禁酒の村」や「教育の村」として話題になり、日本国内だけでなく海外メディアも取材に訪れた。また、北國新聞によって取り上げられてから、広く情報は知れ渡り、「帝國唯一の禁酒小学校」とまで称されるに至る。教育の村としての精神は現代まで受け継がれ、現代でも教育費を町民で出し合ったり、禁酒の規約第四条で遵守すべき事であった、禁酒標札を今なお掲げ続ける家も残る。(Wikipedia)
その河合谷小学校のご出身で中央大学土木工学科の谷下教授と先週お会いいたしました。先生はこの夏、都市システム研究室の生徒さんと河合谷の方々と一緒に集落を歩き、地域資源マップとしてまとめられました。
この演習は集落の今後の展開可能性を探るもので、谷下教授は、河合谷は、小学校は閉校となっても、教育を大事にする地域として今後もありつづけてほしいと願っております。
とおっしゃられています。
また、農山村の問題として「誇りの喪失(注)」についても言及されていましたが、谷下先生からは地元への誇りを持ち続けておられることが、伝わってきました。(マエダ)
注:世界8月号 小田切徳美「農山村再生の課題」より
農山村では、地域社会の空洞化が進行している。なかでも、中山間地域では、典型的に「人・土地・ムラの三つの空洞化」を見ることができる。(中略)こうした変動も、実は実態の表層に過ぎない。その深層にはより本質的な事態が進んでいる。それは、地域住民がそこに住み続ける意味や誇りを喪失しつつある「誇りの空洞化」である。
追記
谷下教授の報告書は「楽しい谷下家」に掲載されています。

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