湧き水の響きが聞こえますか(VOL.347 2008.10.6)
綾部市里山交流研修センターのある鍛治屋町は川の源流域のなだらかな台地にあり、谷川の水流は乏しいのです。
しかし八塚という地点の台地は上部まで水田として開拓されています。
初めてこの階段状の台地を見上げた人は、水田用の水がどこから来ているのかと不思議に思うことでしょう。
台地より上手にある空山という山の麓の谷に池があり、その堤防の端から等高線に沿うように水路が引かれて、八塚台地の水田に水を供給しているのです。
微妙な勾配で水を引いた昔の人の工夫に感心させられます。
空山という大きな山は富士山状の景観を提供しているだけでなく、おそらく鍛治屋町付近の水源涵養の機能も果たしているのでしょう。
「地元学」のキーワードのひとつは水だろうと思います。
国土地理院の地形図に小川のレベルまでは描いてあるのですが、井戸や湧き水や田畑の水路までは網羅されていません。
田畑や集落の分布から、隠れた機能を果たしている水流の脈動をききとることはある程度できそうですが、最終的には足で現場を歩くほかないでしょう。
「水の行方をみんなで調べていったら、これも面白かった。村の風景・佇まいは、水が作っている。農業用水路より下に田圃があって、用水の行かない上に、だいたい畑とか家がある。竹とか栗とか雑木山とか。水が作っている風景ですね。私はそれをいま「水の景」と呼んでいる。秩序があるのです。......水を調べていったらなぜそこにこういうたたずまいが生まれたかということがわかる。」
と、熊本の吉本哲郎さんは語りました。(「綾部里山交流大学2008」9月講座)
綾部市上林の五津合町に清水という村があります。昔は出水とも書いていました。谷の出口に扇状地状の堆積があり、その端から湧水があるものと思われます。
地滑りで透水層が露出すると、地下水の湧出がみられるので、地滑りの跡にも集落が立地することがあります。
このようにして水の在処をみつけて人は住み、田畑を開拓してきました。はるか先史時代に見いだされた水の在処に人が住み続けている場合もあろうと思われます。
水流の存在は自然のものも人工のものも含めて、里山の風景の節目をなしているようです。従って、「人の健康は血のめぐりだろう。地域の健康や元気は、水のめぐりだ。」(吉本さん)という指摘にも頷けます。
新潟の関原剛さんも、「クニの地形的な発生差異」についてのお話のなかで、ひとつの水系のまとまりに規定された卵形の盆地はクニとして機能しやすいと指摘されました。(「綾部里山交流大学2008」9月講座)
この卵形の盆地ということのモデルが、中ノ俣に象徴される上越市付近の村々にあることは明らかと思われます。
中ノ俣は海の近くにありながら、下流から川を遡って行くことは容易でなく、むしろ山を越えてアクセスするしかない袋状の盆地です。地図をみるとひとつの小宇宙を作っていることがわかり、ハッとさせられます。
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=370614&l=1380923
京都では丹後半島に似た雰囲気の地形がありますが、綾部の上林谷もひとつの小宇宙といえるかもしれません。
吉本哲郎さんは今回綾部入りされた際、ここには「水の景 風の景 土の景 光の景」がある、心を動かされる風景があると感じられたそうです(同上)。
地質図や植生図、遺跡地図や住宅地図はある。しかしまだ綾部の水の地図は作られていない。村人の一人一人は心の中にイメージを持ちつつも、まだ可視化されていない、そんな情報です。
それぞれの村で、小宇宙の地図を作る。そんなところから、「水源の里」をはじめとする村々の再生に新しい展開があるかもしれないと思います。(あさくら)
