畑と文化を耕そう」(VOL.334 2008.07.14)

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5月の茶摘み体験会では、お茶のウンチクと、出来たての新茶を持ち帰った。 夕食後に、珍しく家族の湯飲みを出して、受け売りのウンチクを語りながら、教わったどおりに一旦湯飲みに湯をいれ、少し冷まして急須に湯を戻し、最後の一滴までお茶を出し終えたとき、家族はテレビに夢中だった。

我が家では、茶碗と箸は属人器となっているが、湯のみは共有して使っている。あまり上品でないかもしれませんが、我が家でお茶は、ご飯を食べた後の茶碗で飲む文化となっています。ちなみに職場では、スヌーピーのマグカップを専用で使っている。

今年綾部に移住されたそば職人の安喰さんには、里山ねっとで蕎麦打ち体験を開催していただいています。里山ねっとには、蕎麦打ち道具や食器類もあるのですが、安喰さんは、労を惜しまず器などを持参されます。

体験会には遠くは大阪から「マイ包丁」「マイ伸ばし棒」を持参でこられた方もおられました。安喰さんは「大晦日には日本中の人が蕎麦を打つようになればいいな」と仰います。そうなったら、家庭の中に属人器や属人機が増えるかもしれませんね。

今年の里山そば塾第一回目は8月3日に種まきを行います。(参加者募集中

体験後に何を家庭に持ち帰ることになるでしょうか。畑と文化を耕しましょう!(マエダ)


参考

Be-eater「共用器/銘銘器/属人器」より

  • 器は共用器、銘銘器、属人器(銘銘器のうち、特定個人に決まった器)に分類される
  • 本格的な属人器は江戸時代に銘銘が箱膳を持ち合わせてから(箱膳から卓袱台へ)
  • 鉢や高杯を使って、銘銘が食物を取り分けて食事をする(共食)ようになったのは西日本で2,3世紀、東日本では4,5世紀ごろから(「魏志倭人伝」には、日本は、高杯を使って食べ、箸を使わず手づかみで食べていた、とある)
  • 属人器をもつのは日本と朝鮮半島で、中国や欧米にはない。したがって、中国の影響が強かった沖縄では属人器は一般的ではなかった
  • 西日本ではお嫁入りの日、門口で自分のご飯茶碗を割る風習があった、また、棺が出るとき、故人のご飯茶碗を割る風習があった。」
  • (佐原真著「考古学つれづれ草」より)

和食の力 考古学つれづれ草

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このページは、ayabeが2008年7月14日 15:58に書いたブログ記事です。

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