「美しくしてから手ばなすということ」・・・VOL.291(2006.12.19)

| | コメント(0)

bino.jpg

「美しくしてから手ばなすということ」


「詩」という漢字は
「言」に「寺」と書くけれど

漢字の成り立ちを調べたらおもしろそうです。

お寺の鐘のようにこころに響いた何かを
言葉にしたものが詩なのかな。

これは勝手な解釈です・・・。

21世紀は「詩の時代」と誰かが言っていました。

いろんな大変なことが起こるこの時代に

詩人のこころ、詩人のような感性、センスが
とっても大事になっている

ということなのかな。

これもぼくの勝手な解釈です・・・。

最近、開いた詩集にすてきな作品があり、はっとしました。

大好きなはたちよしこさんの詩です。


 落葉
      詩・はたちよしこ

 樹は
 つかわなくなったものを
 なぜ
 こんなに 美しくしてから
 手ばなすのだろう

 燃えるように かがやかせて


(はたちよしこ詩集『また すぐに会えるから』
大日本図書・2000より)


人間はつかわなくなったものを
美しくしてから手ばなすことはそうないけれど、

葉っぱは美しくしてから手ばなしていく。

人も美しくして手ばなすことを
千に1つでも、万に1つでもできたら

少しでもそれを心がけたら何かが変わり始めるかも!

そんなことを思いました。

この冬も詩人のこころを大切に
ゆっくり歩めたらと思います。

(文・塩見直紀)

コメントする

このブログ記事について

このページは、ayabeが2006年12月19日 07:15に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「「大地の窓」・・・VOL.290(2006.12.12)」です。

次のブログ記事は「「未来可能性」・・・VOL.292(2006.12.26)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.0