2005年8月アーカイブ

tsuru.JPG

綾部発のメッセージ力、情報発信力を高めるべく、

事務局長以下、スタッフ4名が、それぞれのブログの運営者となる
以下のような「スタッフブログ」に
チャレンジして、1か月が経ちました。

・高倉 武夫(事務局長)・・・「あぜみち日記」
http://www.satoyama.gr.jp/blog/azemichi/

・塩見 勝洋・・・「森の妖精」
http://www.satoyama.gr.jp/blog/sylvan/

・安達 智代・・・「デジカメ初心者のさとやま日記」
http://www.satoyama.gr.jp/blog/wind/

・塩見 直紀・・・「BLISSFUL CITY」
http://www.satoyama.gr.jp/blog/con/


いまもブログの修行中なのですが、みなさま、どのような感想をお持ちでしょうか?

途中、サーバーダウンというアクシデントがあり、
こころもダウンしてしまいましたが・・・、
いまではすっかり回復しています。

※せっかくコメントいただきましたのに
ダウンとともに消えてしまいましたこと、
心よりお詫び申し上げます・・・。

写真を活かしたブログを初めてスタッフはどう変ったのか。

・シャッターチャンスに敏感になった
・PR力、情報発信力が高まった
・コミュニケーションが深まった

など、いろんな効果が出ています。

そして、何より、

毎日が以前に増して楽しくなっているようです。

ブログのチカラ。

すごいですね!

1つのメディアがこんなに人を変えるなんて。

市民農園で収穫された大きなきゅうりの写真のように
(森の妖精 http://www.satoyama.gr.jp/blog/sylvan/)
カメラを構えて、みなさまのお越しをお待ちしています。

ブログによって、綾部発のメッセージ力がどんどん高まり、
コミュニケーションが生まれ、「新しい風」が吹くといいなと思います。

みなさま、今後ともご声援のほどよろしくお願いします!
(文・塩見 直紀)

202.jpg 

10年目の米作り。収穫の日がだんだん近づいてきています。
 
今年のみ面積を半分以下の1反(50×20m)にしました。
昔ながらの縦横1尺(約30cm)間隔。
植えた苗の株数を数えてみると約6000本でした。
 
6000株がいったい何キロのお米になるのかな。
とっても楽しみにしていたのですが・・・
 
8月の初め、イノシシ親子が田んぼで戯れ、いや大暴れしていました。
 
田んぼには「V」のサイン入り。
 
里山ねっと・あやべ主催の「あやべ里山米作り塾」の田んぼはというと・・・
 
塾生制作の12体の「案山子」のお陰か、無事だったようです。
 
「案山子力(かかし・りょく)」、すごいですね!
 
塾の田んぼがある鍛治屋町民による「案山子の人気投票」。
 
こどもからお年寄りまでたくさん投票いただき、
投票結果がでています。
制作者(塾生)への発表は次回の稲刈りの日(9月10日予定)です。
 
「あやべ里山米作り塾」の田んぼは
お世話をいただいた地元・山下竹次さんの陰日向のご努力もあって、
周囲の方も驚かれるほどの豊作となっています。
 
塾生のみなさま、新米、楽しみですね!
 
(文・塩見 直紀)

古今東西の先人のことばには、21世紀の生き方、暮らし方の
ヒントがあります。持続可能で多様性にあふれる新世紀のみんなの
知恵にしたく、現在、ホームページでは約300のことばを公開中です!
 
こころをこめて、未来をひらく里山系のことばを新しく15個、贈ります。
 
遠くて綾部に来られない方も訪れて元気になれる、希望のホームページに
なれたらうれしいです。
 
里山系の言葉が、みんなの心の財産になるよう、シェア(共有)して
いきましょう!すてきな言葉が見つかったら、ぜひお教えください。
「1000」のことばが目標です。
 
●松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ(服部土芳「三冊子」)
 
●武蔵野を散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向く方向へゆけば必ずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。(国木田独歩『武蔵野』)
 
●サケが森をつくる(カナダの少数民族の言い伝え)
 
●可能な限り五感を働かせて体験を積むということが、今のような手づまりの時代には最も重要である。自然こそが、最大の教育者なのである。(木村尚三郎さんのことば『耕す文化の時代』より)
 
●これまでは誰も彼もが近代化の名目のもとに、家庭電化とかモータリゼーションの実現に夢中になってきたけれども、今後は、近代のもう一時代前の、すなわち農業の時代に、私たちの生甲斐や喜びの原点が求められるのではないか。 (木村尚三郎さんのことば『耕す文化の時代』より)
 
●農村の人たちは、もっと自信を持って、自分たちこそがこれからの日本の担い手だという意識を持つべきである。これからの生甲斐、真の意味の文化創造、ほんとうの教育、美意識の養成、そして創造性の発揮は、土と親しみ、自然から学び、自然と人間との調和をはかりつつ農業にいそしみ、美しい農村を作り出すことを通して、初めて実現されると思う。(木村尚三郎さんのことば『耕す文化の時代』より)
 
●土地ごとに自ら耕し、そしてそれを楽しむことこそ、文化の本質である。
(木村尚三郎さんのことば『耕す文化の時代』より)
 
●豊かさは、ゆったりしていなければならない。
豊かさは、少し不便でなければいけない。
豊かさは、静かでなければならない。
豊かさは、ひかえめでなければならない。
豊かさは、自然と調和していなくてはならない。
豊かさは、ちょっと懐かしくなければならない。
豊かさは、個人的でなければならない。
(長尾藤三さんのことば『おじさん自転車講座』より)
 
●自転車という「ご本尊」を得てから、僕は進歩かに遅れることがこわくなくなりました。自分の肉体が何万年前とほとんど変わらないのだから、生活だってそんなに変わらなくたっていいじゃないか。そういう開き直りができるようになりました。しかもそれは悲痛でも決死でもない。その正反対の爽やかで清々しい気持ちなのです。ボクにはむしろ最先端を追いかけている人達の方が、必死でお気の毒に思えてくる。
進みすぎがこわいと思う人は、どうぞ自転車に乗ってみてください。もう持っている、乗っているという方は、自転車が発する声をしっかりと聞いてみてください。少なくとも10万円位の、できることなら20万円以上の、本当に心をこめて作られたいい自転車で、まだきれいな空気の吸える地球をスイスイ走ってください。自分からだが発信するメッセージも聞こえてくるはずです。
 もうこれ以上の進歩はいらない。
 もうこれ以上の便利は恐ろしい。
 もうこれ以上のスピードは不快だ。
 もうこれ以上の自然破壊は狂気の沙汰だ。
(長尾藤三さんのことば『おじさん自転車革命』より、以下同)
 
●田圃里山という環境は非常に多くの生き物の住処を用意した。要は生態的多様性が
高いのである。生物が住めない環境に、結局は人間が住めるわけはない。それなら生
物がもっとも多様化する環境が、人間にきわめて適した環境であることも、当然なが
ら推論できよう。(養老孟司さんのことば『都市主義」の限界』中央公論社より)
 
戦後の日本がいかに都市化したか、それがいかに行き過ぎたか、それはもはや歴然
としている。(養老孟司さんのことば『都市主義」の限界』中央公論社より)
 
だれでも一度、都会の限界を考えてみたらいかがであろうか。都会だけでは、世間
は立たない。それは鴨長明の時代から、知れきったことではないか。都会とは要する
に「黒山の人だかり」であろう。そこになにかあるのかと思って、どんどん人が溜ま
る。べつに何もありはしないと思うのだが、それでも人はどんどん溜まるのである。
(養老孟司さんのことば『都市主義」の限界』中央公論社より)
 
●何事のおはしますかはしらねどもかたじけなさに涙こほるる(西行が伊勢神宮に詣でたときに詠んだといわれる歌)
 
●何の木の花とは知らず匂哉(松尾芭蕉が伊勢に来て作った有名な句)
 
●ぼくは、魔法は絶対にあると思う。魔法というのは、春になって、水が温んで、川の中でカエルの卵がオタマジャクシになる。これは魔法だよ。オタマジャクシのシッポがとれてカエルになる。これは魔法だよ。ぼくは魔法なんて小さいときから見ている。魔法はあるんだよ。(C・W・ニコルさんのことば/翻訳家・松岡佑子さんの講演録『夢と言葉と魔法を少し』より)
 
●薔薇はなぜという理由なしに咲いている。薔薇はただ咲くべく咲いている。(シレジウス)
 
●薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花サク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。
(北原白秋)