7月20日に綾部市と舞鶴市をまたぐ登尾峠にある石碑の拓本をとる会がありました。
この拓本は綾部市内各地の石碑のものと合わせて、9月25日~27日にアスパBホールで行われるパネル・写真展<不思議の国・志賀の里へようこそ>で展示される予定で、この夏に里山ねっとで受け入れる大学生の合宿で峠を越える予定もあるので、下見も兼ねて参加してきました。志賀郷の九つの峠を歩いて調べる会さんで看板を立てられたり、道が整備されていたので、お陰さまで昨年学生と登った時よりも通行しやすくなっていました。
普段土器などで同種の作業をやられている綾部資料館の三好博喜さんにお手本をとっていただき、事前にお墓で練習して来られた志賀郷に桜を育てる会の広沢副会長、志賀郷の九つの峠を歩いて調べる会の倉橋会長で合計3枚とりました。
早朝に出発したときに停車した車は、下山した時にはすっかり日に当たり熱くなっていました。この日は、大暑を前にとても暑い日でしたが、峠道はもちろんのこと石碑のある尾根も木陰のおかげで、下界の暑さを知らずに半日を過ごしました。文字通りお陰様でした。
拓本を取っている間、中国の「楓橋夜泊」の拓本を家に飾っているという話から、みやげ物の拓本は色が濃い、拓本にすることを考えると石碑を作るのは大事だという話を聞きながら、「one-off」という言葉が思い出せずネット検索した(入山口は電波が届かないが、山頂付近はアンテナ3本)。「ワンオフ」で検索すると、wikipediaにあるように、和製英語として手作りや一品物という意味で、高級なイメージの言葉です。一方「one-off」で調べますと、そもそもの語源は、金型を作る仕事からきているのですが、和製英語の「ワンオフ」がもつイメージとは違っていました。(one-off/wiktionary)
英語で「one-off」とは「一回限り」の意味で、再利用可能な金型を作るのは高価であるために、やっつけで作る(?)ようなことを指し、どちらかというと低級なイメージの言葉です。普段から金型や石碑をつくるように、後々の人が便利になるよう、丁寧な仕事ができればなあと考えて、そういうのをうまく表現する言葉がないかと思ったのですが、間違った意味で覚えていました。
google 画像検索で「道標」と検索すると石碑が多く出てきますが、「europe signpost」と検索すると石碑は出てきません(*1)。ヨーロッパの古い道標はほとんど木製でしょうか。one-offの仕事と言えるかもしれません。一方で日本の古の人たちは、山奥まで重たい石を担ぎ、後々の人の為に丁寧な仕事をしてきたんだと思うと、使われなくなった多くの峠に残る多くの石碑達に思いが募ります。お陰様です。(マエダ)
*1検索結果は変化します。ヨーロッパに石碑が全くないことを示すものではありません。
晴れた日の夕方、急に驟雨が来て虹がかかる。
そのような時に限ってカメラを持っていない。
大切な瞬間を記録することができず、なすすべなく立ち尽くしていると、
鈍感な人間でも、胸がかきむしられるような思いがするものです。
あるいは銀色に輝く雪の朝や、夢のような茜色に染まった夕焼け。
しかし仕事で急いでいるので、自動車を止めることもできず走り続ける。
永遠に記憶にとどめ、保存したい情景に限って、一瞬で失われ、二度と帰らない。
ああ、これは二度と見られないなあという「甘くて苦い諦め」です。
老人の昔話を聞くときもそうです。
ちょっとした畑仕事のこつや、伝統料理の以外な作り方。
昔の祭りのエピソードや、その老人だけが覚えているような民謡。
そのような話を聞いているとそれを全て記録して保存したいのですが、
そういうときに限って、レコーダーを持っていない。
あるいは持っていても、却って話の流れに水をさすような気がして、迷いが生じて出せない。
話自体はすばらしいのに、聞いている側にはビターな悔恨。
甘美な諦めなどとは言っていられない、胸がかきむしられるような瞬間です。
一体いままでどれだけの貴重な昔語りを、右から左へ、宙に消えるままにしてきたことか。
一方で、偶然にうまく行く時もあります。
何気なくカメラを回して静止させていたらその前を鳥が横切るとか、
撮影済みの映像にBGMをかぶせたら偶然、
場面転換とぴったり合った転調や変奏、展開部と重なるとか。
このように意図しない僥倖もあれば悔恨もあります。
それは世の常というか、表裏一体の事柄かもしれません。
そこを何とか、悔恨だけはないようにしたいのですが。
極端な考えは、世界の全ての情報を保存できるビデオカメラのようなもので、
それをハードディスクにためていくようなことですが、
いったい何バイトあったらいいのか想像もつきません。
とあえずカメラやレコーダーを常時携行しよう、そして
遠慮やためらいに打ち勝ってそれを使おうという月並みな結論でしょうか。
二度と帰らない風景や記憶をかたちにとどめること。
永遠の課題です。(あさくら)
NHKのバラエティー番組「みんなでニホンGO!」という番組を見ていると、最近「普通」の価値が上がっているとの事。若者の間で使われる「フツーにかわいい」「フツーにおいしい」という表現は、「フツーに」という副詞をつけない時よりも、「かわいい」や「おいしい」を強調しているようである。人によっては、「チョーかわいい」よりも「フツーにかわいい」ほうが、よりかわいいニュアンスで受け取るようだ。
「普通に行く」「普通に話す」など「普通に」は動詞を修飾しても、「かわいい」とか「おいしい」など形容詞を修飾するのはイレギュラーな使い方と感じていたが、現代ではそれぞれの「普通」の意味が異なってきているのだろう。
形容詞を修飾する「普通に」を最初に目にしたのは「大衆食堂の研究」著者の遠藤哲夫氏が書いた数年前の記事である。
「大衆」なる言葉がつくだけで、「貧乏種」「愚民種」にみられ嫌われたりすることもある。しかし、大衆食堂でめしくう人たちは「おれたち大衆だよ、文句あるか」ってなものだ。そして、「大衆食堂ってのはね、普通にうまければいいのだよ、特別にうまい必要はないのさ」と言ったりしている。私は、「普通にうまい」と「特別にうまい」を分けるセンスに「なるほど」と感心したのだが、ある大衆食堂のオヤジも、同じようなことを言った。「うちにはうまいものなんかないよ、うちの家族が食べているのとおなじ普通のものを出しているだけだよ、うまいものが食べたければよそへ行ってよ」などと。取材を申し込むと、「いやあ、うちは普通のものしか作ってないからねえ」という答えが返る例は少なからずある。この「普通」って言葉は、「スタンダード」とも置き換えられそうだし、大衆食堂や大衆食を語るとき、とても便利のように思う。そもそも私が大衆食堂に、めしをくう以上の関心を持ったのは、その普通の料理、普通のメニューである。(大衆食と普通にうまい)
ここでは現代使われているような「フツー」ではなく、「特別」の対として使われているものの、「最後に、大衆食を支えてきた貧乏人が「普通にうまければいい」というのは謙遜である。
」とあるように、彼らにとって「普通にうまい」は「超うまい」よりも「うまい」のかもしれない。
「普通」の価値が上がっているというNHKの番組の推論を借りると、「普通の食材」や「普通の調味料」などの価値は現代において上昇していて、里山ねっとが食堂で提供している食事は「普通にうまい」と言っていいのかもしれません。
先週のトヨサト食堂は、戦前から大衆食堂の定番に君臨するカレーでした。こだわりの特別なカレーでしたが、フツーにうまかったでしょ?好評、完売のためスタッフの分は無かったので、残念ながら食べれませんでした。(マエダ)
6月12日と19日に里山ねっとで行われるイチオシカフェ「蚕都あやべ・桑と繭で遊ぼう!」を主催されるNPO法人綾部ベンチャー・ものづくりの会さんに100匹分けていただき飼育し始めました。(飼育記録(*1))
飼育方法などを教えていただくなかで、蚕は自然界に存在しないと初めて知りました。天の虫と書いて蚕ですから、天然のものだと思っていましたが、野に放しても自然界では生きる事ができず、成虫になっても飛ぶこともできないそうです。
久しぶりに見た蚕に最初は気持ち悪かったのですが、世話してると愛着もわき、繭を作り始めるのを眺めていると時間を忘れることもあり、夢にも出てきました。部屋中が繭だらけになって、体中に絹糸がまとわりついているところで目が覚めました。
中国では5000年の歴史があるらしく(*2)、古事記や日本書紀の記述ではは7世紀の段階で養蚕が既に当時の日本国家にとって重要な産業になって(*2)
おり、カイコから糸を紡ぐ技術は、稲作などと相前後して伝わってきたと言われている(*2)
。
昨年の今頃は鳥インフルエンザ、今年は口蹄疫が深刻な問題となり、農体験を行っている里山ねっとも予定が中止になるなど無関係ではいられませんでした。
5000年の歴史の中で、養蚕も深刻な問題を乗り越えてきたのだろうな思いました。(マエダ)
瓢箪から駒を狙う。
「瓢箪から駒」というのは、狙っていないことが起きることですから、瓢箪から駒を狙うというのは形容矛盾にも思えます。
しかし瓢箪から駒ということはあるなあ、と思いました。
MBC(南日本放送)が制作したテレビ番組のDVD「やねだん~人口300人、ボーナスが出る集落~」を見たのです。
http://www.mbc.co.jp/tv/yanedan/
鹿屋市柳谷(やねだん)地区は豊重哲郎さんをリーダーとして地域再生にいどみます。
「柳谷集落がめざしたのは「行政に頼らない地域再生」。集落総参加で労力や経験を提供しあい、土着菌を使った土作りやオリジナル焼酎づくりなど、独自の商品開発で自主財源を増やしたほか、住民の工夫で福祉や教育も自ら充実させていった。そして自主財源はみるみる増え、すべての世帯にボーナスが配られるほどになる。その画期的な取り組みから、柳谷集落の愛称「やねだん」は、次第に全国に知られるように・・・。」
(上記MBCのWEBより)
これはもちろん画期的なことですが一番うえで瓢箪から駒と書いたことについて、自主財源が増えたこと自体は目的に含まれていたはずなので、注目したいのはむしろアーティストを呼んだことですね。
空家を「迎賓館」に改造し、全国から「アーチスト」を公募する。
そして実際、全国から画家や写真家が集まってくる。
なぜ「アーチスト」たちを招いたか。
番組のなかで語られているのは、文化が大切ということです。
しかしDVDをみてみるとわかりますが、「アーチスト」たちが果たしている役割は単に文化水準を高めるとか教養をつけるといったことではない。
地域再生に不可欠な「シンボル作り」「アーカイヴ記録」「広報係」といった本質的な機能を果たしているのです。
画家が、村の施設や特産品のために、太陽をかたどったシンボルマークをつくる。
写真家が、村人たちの一番いい笑顔を撮影して記録していく。
シンボルマークや写真は複製可能ですから、焼酎や土着菌とあいまって、やねだんの表象が村の外へどんどん広まっていく。
このうえにビデオジャーナリストがいたら最高ですが、その役割はMBCの「やねだん~人口300人、ボーナスが出る集落~」制作スタッフが果たしてくれました。
このようにして、「アーチスト」たちは創造・記録・広報という機能を果たしていく。それがDVDを見ていると如実にわかりました。
このように文化という当初の目的を超えて、実質的な「機能」を果たしていくことを瓢箪から駒と書いてきたわけですが、実は最初からそれを狙っていたのかも。
だとしたらすみませんでした、となります。釈迦の掌といったところでしょうか。
「やねだん」では村内放送にも力を入れているでしょう。情報の持つ力を大切にしているのだなあということがわかります。
徳島県上勝町で起きたことも同じような好循環の事例かと思います。
葉っぱを特産品にする。
すると高齢者の知識が活かされ、活躍の場ができる。
葉の受注FAXのために通信網が整備され、地域のコミュニケーションの可能性も高める。
お金に余裕ができる。
高齢者が元気なので医療費や介護費がかからなくなる。
そしてますますお金に余裕ができる。
若者も戻ってくる。
細部で違いがあるかもしれませんが、好循環の連鎖ということは確かかと思います。
当事者にとっても予想以上だった波及効果もありうることでしょうが、そうした波及効果の発生を含めて、狙っていく。
瓢箪と馬とどちらが大きいですか。
どう考えても馬のほうが瓢箪より大きいでしょう。
でも小さなもののなかに無限に大きな可能性が詰まっているいう意味では、十分にありうること。
ここでの瓢箪から駒の意味は、波及効果は大きいなあということです。想定外のことが起きるというより、雪だるま式に因果関係がふくらむということですね。
やはり瓢箪を放置しない、瓢箪を振ってみることだなあと。そんな結論でした。
(あさくら)
里山ねっと・あやべ 設立10周年記念シンポジウムのゲストはこの「やねだん」地区の豊重哲郎さんです
http://www.satoyama.gr.jp/topix/2010/05/-102010620.html
里山ねっとのそば塾で常連の大工さんから鳥の巣箱をプレゼントしていただきました。春先に松の木に設置してから、音沙汰ありませんでしたが、スズメやツバメなんかの鳴き声がにぎやかになってきた近頃、小鳥が巣箱の近くで歌っていました。
巣箱は里山ねっとのトイレの近くにあるので、最近はうれしいもんだからトイレ行くたびに巣箱を見ています。でもあんまりじろじろ見てると、これからの出産に悪影響を与えないかと自問し、遠くから見ています。ビデオも遠くから望遠でとっているので、手ぶれがひどい。1分30秒くらいから著しく手が疲れて手ぶれが激しくなる。里山ねっとによくボランティア活動に来ていただいている植田さんに聞いたところシジュウカラとの事。
1970年代に、イギリスで人家に配達された牛乳ビンの蓋が、勝手に開けられるという騒ぎが起こった。原因を調べると、シジュウカラの一種が嘴で紙製の蓋を破っていることが発覚した。この地方では、それまでも同じような牛乳配達が行われていたが、そのような被害はなかった。しかも、この時の被害が、一羽の鳥によるものではなかったことから、恐らくある一羽がその方法を発見し、他の個体がそれを見てまねたものと考えられる。つまり模倣によって、新しい行動が伝搬したものと考えられる。その後に牛乳ビンが金属の蓋に変わって、それ以降は同様な被害は消えたと言う。(文化(動物)-wikipedia)
そういえば子供のころに紙の牛乳キャップを集めていましたが、検索してみますと現在も収集されている方がいらっしゃるようです(参考)。まだ紙キャップの牛乳が配達されているところがあったら、イギリスのシジュウカラに教えてやりたい気分です。(マエダ)
村でイベントを実現するには色々な情報交換や打ち合わせが必要です。
ただ関係者がいつでも思い通りに一堂に会して打合せを重ねるということは難しい。
村の皆さんと、個別にでも情報交換をしてまとめていかねばなりません。
地元のかたと会う方法のひとつは、主催者が地元の皆さんと「何時にどこで」と約束をとってお会いすることです。
もうひとつは、あたかも散歩しているかのように村をまわることです。
もちろん何時にどこにいけば誰々さんがいるはずだから......と緻密に因果関係を整理し、それに沿って行動したほうが細かい意味では確実です。
しかしとりあえず村をまわろうという感じで行動してみても、案外会えます。
これは個別の因果関係というより、会えるかもしれない潜在的確率を高めているのです。
何もしなければ確率はゼロですので。
一見あてどないかのように村をまわってみることで、
「忘れていたことを思い出した」
「明確に認識していなかったことを明確に認識した」
「会って相談せねばと思っていたひとが道端で仕事をしていた」
「意外な状況変化に気づいた」
などのことが起きます。
世界の因果律は自分の認識している因果関係より大きい。
したがって、因果関係を予測して行動することは必要ですが、自分の感知している因果関係より大きな因果律に実を委ねてみるようなことも必要なわけです。
「いそがばまわれ」の農村における意味は以上のようなことです。と勝手に定義しておきましょう。
まっすぐ最短距離で通勤することも必要ですが、あてどないかのように蛇行しながら通勤したりしてみると、道端で話しがまとまったりする。
もちろんこれで充分ということは常にありません。
やりとりの充分にできていないケースは申しわけありません。
私たちはいつも色々なことに頭を占領されています。でも空に伸びるアンテナのように、土にのびる根のように、色々なことにきづくようになりたいとは考えているのです。ご指導よろしくお願いします。(あさくら)
下は、本文とは直接関係ありませんが、農家のこせがれネットワークさんのこせがれ応援ソングです。
善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。これらのことは古代のキリスト教徒でも非常に良く知っていた。これが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である。(中略)およそ政治をおこなおうとする者、とくに職業としておこなおうとする者は、この倫理的パラドックスと、このパラドックスの圧力の下で自分自身がどうなるだろうかという問題に対する責任を、片時も忘れてはならない」(マックスウェーバー『職業としての政治』~1919年の学生に対する演説)
過程よりも結果が求められる政治家において、高貴さや清潔さといったものが必要と説くウェーバーにとって、そのパラドックスは大きな問題だったのだろう。
職業政治家がいつ頃からいたのか分からないが、ごく近年になって生まれたであろうNPO職員という職業につけていることは、貴重なことだと思う。
ウェーバーの言うパラドクスの存在は、何も政治家のみならず、NPO職員、すべての職業にも当てはまるのは、「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは真実ではない」ことが、「人間の行為にとって」とウェーバー言っているように、現在企業にも強い倫理感が求められる以上、すべての人が忘れてはならないことだと思う。
いまだにNPOとボランティアが同じように語られる事がありますが、職業としてNPOがある以上は、ボランティアという善が必ずしも善をもたらすとは限らない。(マエダ)
NHKテレビの「クローズアップ現代」で、「廃墟」を特集していました。
軍艦島を典型例とする「廃墟」に人々が惹かれているそうです。
廃墟めぐりをして映像を記録し、WEBサイトにアーカイヴしていく若者たちのグループ。
廃墟めぐりをするなかで知り合って結婚するという人もいました。
長いですが番組のアブストラクトをそのまま引用してしまいます。
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2874
《打ち捨てられた炭鉱跡、巨大な製鉄所、役目を終えた水力発電所など、いわゆる「廃虚」が今、新たな観光地として、若者を中心にブームとなっている。中でも、去年4月に一般公開された長崎市にある端島(はしま)・通称「軍艦島」は、1年間に7万人が訪れ、15億円の経済効果が上がっている。しかし一方、歴史がさほど古くないものは文化財としての評価が難しく、保存は容易ではない。朽ち果て安全性に問題を抱えるものも多い。欧米では、「近い歴史を学ぶことは未来を生きるヒントを得ることだ」と考えられており、「廃虚」を公害など負の遺産も含めて残し、教育や地域の活性化に利用している。番組では、今、脚光をあびる「廃虚」が語りかけるメッセージと、その利用の課題を探る。》
日本では公害など都合のよくないことは「水に流す」「お茶を濁す」という傾向が強くて、公害の象徴を解体してしまって記憶を残さない傾向も強いです。
公害や資源の枯渇のことを考えると、単に工場萌えとも言っていられないかもしれません。
産業革命以降の資源消費や人口増大は人類史のなかでも決定的に突出した目立つ現象で、現在も人はとどまるところを知らない産業化のただなかにいて、出口を知らないわけです。
産業革命以降の経済は石炭や石油、金属など枯渇性の資源に裏打ちされていて、永続可能な経済とは言いがたい。
その意味で産業遺産は永続不可能な社会と関係あるものなので、「猿の惑星」において自由の女神を見て衝撃を受けるのと一緒のような要素があるのかもしれません。
すると、特段、典型的な公害とは無関係のようなものであっても、産業遺産は永続不可能な社会に生きる我々自身に対して、普段隠蔽している都合のよくないことをつきつけるような面を持っているのかもしれない。
「千と千尋の神隠し」でも或る場面でものすごいごみだらけのどぶ川が出てきてドキッとしたことがありました。
ともかく「水に流す」のではなく記録として残す。外交文書にしても何にしても記録を保存するということ自体根付いていない国では、上記の「近い歴史を学ぶことは未来を生きるヒントを得ること」というのは銘記したいことです。
綾部里山交流大学の講師では飯笹佐代子さん(2007年講師)が産業遺産とその活用事例について話してくださいました。
産業遺産のほか、近代化遺産という言い方もあるのですが、何となく綺麗なので、やはり廃墟というのが心象風景にはマッチします。
産業考古学というのもあります。
近代以降の産業遺産に関する考古学(アルケオロジー)といったところでしょうか。
考古学の対象は何ですかといわれて通常おもい浮かべるのは、石器だったり古墳だったりするわけですが、ここでは工場だったり鉄道線路だったり倉庫だったり、産業革命ないしそれ以降の遺構が考古学の対象です。
今も産業化された社会ですから、産業化を過去のこととして考古学の対象としている場合ですかというような見方もありうるわけですが、産業遺産というのは現在でもあり過去でもあるような不思議な存在です。
考古学が案外アクティブな学であったりするようなのと同じ意味で、産業考古学もアクティブであると。
ここで大きく出ると、いま人はなぜ廃墟に惹かれているのか。
滅びゆくものの美学、わびさびみたいなことなのか。
「クローズアップ現代」でいっていたのは、そこに歴史が秘められているということがひとつ。
でも歴史が秘められているだけなら何にでも歴史は秘められています。仏像とか。
「クローズアップ現代」では、高度成長時代に育った団塊の世代と、安定成長の時代に育ちデフレの時代を生きる若者とでは感受性が違うのではないかということがコメントのなかで示唆されていました。
たしかに、縮み社会に生きる者が廃墟のなかに今の自分や将来の自分と相通じるもの、アナロジーを見出して共感しているというのはひとつの説明であるかもしれません。
ここではさらにもうひとつのことをいいたい。人気のある映画やアニメの類で、廃墟と化した世界、荒涼とした風景を舞台としたものが多いように思われることを参照してみましょう。
そこでは弱い少年が別人のように振舞ったりするわけです。
そこでは荒涼とした世界が逆説的に、人を自由にするような舞台装置として機能しているのかもしれない。
そのようなことからすると、まだこのような説明は直観的なものにとどまりますが、もしかすると人は廃墟に自由、ないし自由に通じるかもしれない何か、を見て取っているのではないか。
私の仮説は、現代社会は高度にシステム化されすぎていて、さらにそれが「縮み社会」化することによって、人々の精神を圧迫し続けている。部品や歯車として失敗なく機能し続けることが要求されているわけです。
それで潜在的には誰もが産業革命以降の経済システム化された社会に音[ね]を上げていて、みんな一度「なにもかも、おじゃん」にしたいと感じているのではないか、というようなことです。
産業化のなかで、橋や鉱山やビルは、現役でシステムに組み込まれていた時代もありました。
ところが現在は廃墟というのは、退役、お役御免になって、システムから免除されています。
そして野ざらしで雨に打たれている。役割のないのが役割、みたいな。
そこに降る雨は、いわば社会に降る雨でなくて宇宙に降る雨なわけです。
みんな社会に音を上げている。今は特にそうです。でもなかなかシステムの外には出られない。
人は社会の外、システムの外に憧れる存在である。
で、雨に打たれている橋や煙突を見ると、部品となることから解放された自由を見て取ると。
ただそれを観光名所にしはじめると、またシステムに組み込まれてしまうかも。
たとえば田舎暮らしや農業にシステムからの解放を見出しても、田舎暮らしや農業をするというのもそれはそれでシステムに組み込まれていく面があります。
そこがむずかしいところです。(あさくら)
(参考)
「「軍艦島は私たちの社会の未来の象徴だ。資源を使い果たしたら、私たちも地球を捨てることになるのだろうか」。島をつぶさに見たフランスの建築学校生、ポリンヌ・ル・バスさん(22)(フランス・レンヌ市)はこう感じた。」「フランス国営テレビは昨年、島を取材。番組をまとめたDVDでは、炭鉱閉山で「最先端の」軍艦島が衰退していった歴史を紹介したうえで、「日本の近代化を夢見てできた島。今までの世代は石炭、石油を使い果たしてきた。これからは先を見て変えていかなければならない。自分たちにとって本当に大事なものを見ていこう」といったコメントが添えられている。」(読売新聞2010年4月23日記事「廃虚・軍艦島に5万9000人上陸...解禁1年」)
「思い、ですね。情熱や思いがあると思いが口から吹き出してくる。」
宮治勇輔さんの言葉を聞いて、参ったなーと、また思いました。
綾部里山交流大学2010年3月講座「すべての人が社会起業家になる時代に向けて」。
宮治勇輔さんのクラスの講演後、質疑の時間でした。
その「立て板に水」のような講演力、プレゼン力はどうやって鍛えられたのかという質問が出ました。
答えは、
1.塾の講師経験があり訓練になったこと。
2.場数を踏んでいること。
3.思い。情熱や思いがあると思いが口から吹き出してくる。
でした。冒頭の「参ったなー」がこの3.です。
通常、「上手な話し方」のマニュアルのようなものがあるとすればそれは腹式呼吸であったり相手の目を見て話すであったり、
ともかく技術的なことです。
一方で塾の講師や場数は、技術というか、経験や訓練にかかわることです。
でも「情熱や思いがあると思いが口から吹き出してくる」には内容と全人格との一致があります。
質問は講演力、プレゼン力に関するものでしたが、むしろ全人格が先なので、講演力、プレゼン力はあとからついてくるものなのだということが端なくも表現されました。
今一つな例えですが、火事のとき、火事だーと叫ぶのは発声の技術ではないですから。
生存闘争ですので、存在を賭けているわけです。
とにかく、「思いが口から吹き出してくる」には参った。
宮治さんの講演自体、「思いが口から吹き出してくる」ようなトークでした。
(あさくら)

宮治勇輔さん
