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| コドモ達のタメに考エルコト 文●入佐 城司さん(大阪在住) |
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ハイジの泣きドコロ
「『アルプスの少女ハイジ』を見て一番泣いた場面は?」
こんな質問を受けたら、僕は即座にハイジが夢遊病になった第33話「ゆうれい騒動」と答えるであろう・・・。
本人の意志は無視されフランクフルトに連れてこられたハイジはそこで歩けない少女クララの「お友達」として一緒に生活することになる。
しかし都会の生活にまるでなじめないハイジはおじいさんの山を思うあまり夢遊病にかかる。
そして夜ごと起こる奇妙な出来事に「幽霊か」と大騒ぎになり召使いのセバスチャンらが見張っていると、夢遊病のハイジが帰ってくる・・・そんなお話である。
少なくとも子供の頃はこのお話では泣かなかった。
僕もまさか泣くなどと思ってなかったが不覚にも号泣してしまったのでした。
この時の感情の動きを少しだけ推測してみると思い当たるのは「親になった自分」から子供のハイジの心情を察することが出来るようになった、からだと思われる。
つまり、ハイジの山での生活、フランクフルトに来てからの苦悩、クララのお父さんやお婆さんのハイジを思う気持ち、そしてクララの悲しみ、いろんな感情がごちゃ混ぜになってワッと溢れてきたのがその時の涙、だったのでしょう。
■ 大阪の子供達
今僕は大阪市内に住んでいる。下町、と言えば下町であるがいわゆる「下町風情」はここには無い。長屋なんてのはもうとっくに存在しないし、マンションばかりが林立しその高層さとモダンさ、そして値段を競い合っている。
昔は有った空き地なども無くなり、隙間無く並んだ建物の間には子供達の通る空間もない。
たとえ空き地があったとしてもフェンスに囲まれ「立ち入り禁止」の看板が厳めしく貼り付けてある。
もちろん学校は厳戒態勢で人間の侵入を拒んでいるし、子供達が唯一外で遊ぶ場所となれば公園のみとなっているのだ。
それらの公園には確かに子供の数は多い。
これは郊外や、もっと田舎の公園などに比べても断トツに多い。
しかし、それに伴って親の数も多い。「こんなご時世だから・・・」という意見はたぶん正しい。
こんなご時世だから悪い人達から子供を守らねばならないし、人に迷惑をかけない様にしっかりと教え込まなければならない。
また、ケガなどをしないように近くに居てやらねばならないし、そして何より自分の意のままになるように監視しなければならない・・・。「これじゃまるでプリズナー(囚人)だな・・・」
■ 子供の野生
悲しいかな我が家の現状もそんな状況だし、もしかすると日本全国にもこの状況は徐々に拡大して行くことでしょう。
しかし、だからこそ僕はこんな風に考えるのだ。
「僕の育った環境に子供らを放(はな)ってみたい」と。
あれは下の子(長男)が3歳になったばっかりの頃、1年ぶりぐらいに山登りに行った。
前年に行ったときは背中におんぶしたまま歩き通したものであるが、果たして今回は歩いてくれるのか?まだ、ちょっと歩いただけでダッコをねだっていた長男を山登りに連れて行くのははっきり言って無謀だった。
しかしその「無謀」は途中でパラパラと崩れ去った。
長男は自然の中での「歩き」を楽しみとして受け入れ、岩が有れば登ってそして飛び降りる、崖が有れば自ら進んで駆け上がって行こうとし、川が有れば入って水遊びに興じる、という今までの「ダッコ君」からは想像できないような変貌を遂げた。
そしてそのハイキングの最終地点まで自分の足で見事に歩き通したのである。
そしてそれ以来、どこへ行っても「ダッコ」と言わなくなったのであった。
■ 自然に触れるということ
その時の長男の行動は僕の思考を大きく転換させてくれた。
そう、もっともっとノビノビと、そしてたくましく育ててやりたい・・・。
自然に触れて初めて今まで眠っていた「野生」が目覚めたのかも知れない。
これは歩く道の脇に生えている草や横切っていく虫たち、登らねば越えられない岩や渡らねば進めない川、そんなリアルな感覚を身につけたり、挑戦したりすることによって子供が本来持っているエネルギーを発散させ、感覚を磨くことが出来、感性を豊かにするのではないだろうか。
これは石だらけの町フランクフルトに閉じこめられていたハイジが決して癒されることなく夢遊病になった事へと繋がっている。
都会育ちで親の監視下でしか生きていない子供達は、いずれそのもてあましたエネルギーを「違うカタチ」で噴出させないと生きていけない・・・。
ただの想像でしか無いが現代の子供達の状況を見ているとあながち幻想と言い切れないところに現代の病巣がある。
そして、まだしばらく都会生活が続く我々にとって、自然とゆっくりと向き合える場所、思う存分味わえる場所、そんな場所を僕は探し始めたのであった。
■ 理想の遊び場を求めて
僕たち家族はよく山登りに行くのであるが、朝のうちに出発し、弁当を持参して、ほとんどが日帰りでクタクタになって家に帰る。
あまり「テントを張ってキャンプ」と言うのには興味がないのだ。
と言うより自然を満喫するといいながら河原でバーベキューをし、その後始末もせずに帰っていったり、夜中になると山の中にもかかわらず打ち上げ花火をしたり、大音響で音楽をかけたりと、うんざりするような人たちに遭遇するからイヤなのだ。
じゃあ、「理想の遊び場は?」と聞かれると
何点かポイントを上げることが出来る。
・近くに川が有ること
・近くに広葉樹林が有ること
・近くに田圃があること
・山菜(きのこ)取りなどができたらうれしい
・それらが自由に侵入(笑)出来ること
・虫がたくさんいること
・泊まることが出来ること
・出来るだけ安価であること
・気兼ねしなくても済むこと
・地元の人とのふれ合いがもてること
などが今考えている遊びのポイントである。
少々勝手な言いぐさのような気がするが、僕の勝手な想いなのでご了承頂きたい。
そんな理想を求めていろいろ探しているうちに、たどり着いたのが「里山ねっと・あやべ」であった。
そして「農家民泊」という宿泊形式。「これだっ!」と思った。
そして里山ねっとあやべのHPで綴られている言葉を読むたびに「もしかしてこの綾部なら・・・」という気がしたのであった。
そしてなかなか予約は取れなかったが、やっと取れて行ってきました。
その時の模様は
HP http://www.asahi-net.or.jp/~uc6j-irs/digisai2/index.html
に書いてあるのでそちらを見て欲しい。
結論的にはまだ一泊二日なのでキヌ枝さんにも僕ら側には多少の遠慮(気兼ね)が存在するのはどうしようもないことだが、僕たち家族が「おばあちゃんの家」に行くような感覚でキヌ枝さん宅に泊まれるようになれば、理想にかなり近くなるんじゃないかな、と思った。
また、「里山ねっと・あやべ」という組織を持っている綾部市に限りない可能性を感じるのは僕だけでは無いはず。
綾部なら出来る、綾部でなければ出来ない、そんな遊び場をもっと提供してもらえたら、、、なんて住んでる人にはちょっと申し訳ない気がする(笑)。
●入佐城司さんのプロフィール
1963年、大阪府枚方市生まれ 現在、大阪市阿倍野区在住。
現在、大阪市という都会から田舎暮らしを見つめ、田舎に行っては大阪を眺めている2児の父親です。
職業はソフトウェアのプログラマーですがこの歳にしてカメラに目覚め保育園や小学校のアルバム撮影&編集を目指す今日この頃。
●入佐さん、綾部での農家民泊とすてきなメッセージをありがとうございました。
いっぱい家族で遊ばれたとうかがっています!
綾部がもっとすてきになるように応援、よろしくお願いします!
ありがとうございました!(塩見直紀)
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