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| 「芝原キヌ枝さんという生き方」 文●矢尾 まさ子さん(東京在住) |
◇ぴちぴちの72歳、登場。◇
今年72歳を数える芝原キヌ枝さんは、バラ色の足裏を持つおばあちゃんだ。
失礼。おばあちゃんなんて呼ぶには若すぎる。
新緑のけぶる5月5日に初めてお会いしたとき、キヌ枝さんは小走りで自宅から出てきて、軽く50メートルは先にいる私たちに向かって大きく手を振って迎えてくれた。
その小柄な身体のすばやいことといったら。到底70代とは思えない。
しかも近寄ると、つやつやした笑顔が少女のよう。
もっとよろりとした「お年寄り」をイメージしていた私たちは、本当にこのぴちぴちした方がキヌ枝さん?と面食らってしまった。
そう、キヌ枝さんは予想を裏切る天才なのだ。
キヌ枝さんが一人で暮らす古い農家での民泊体験。
1泊2日の滞在期間は驚かされることの連続だった。
◇天からのごほうび。◇
キヌ枝さんは、京都府綾部市の山里暮らし。
数年前にご主人を看取ってから、田の字型の広い農家に一人で住んでいる。
周囲には川と田んぼと山だけ。
他には何もない、絵に描いたような田舎風景が広がる。
なにしろキヌ枝さんの家から先は、1.5キロメートルほど集落がない。
ときどきサワガニが横断するだけの、静かなカントリーロードが続いている。
だけどキヌ枝さんの日常は、都会の人間が想像するようなさみしさとは無縁だ。
なぜならキヌ枝さんには赤ピーマンがある。
嫁いで50年目の去年、長年続けてきた米づくりに「今までよくやった」と区切りを付けた。
年金があるから、ぜいたくをしなければ暮らしていくことはできる。
だから今は好きな赤ピーマンの栽培だけを細々と続けているのだ。
ご主人と二人でずっとやってきた赤ピーマンづくりは、半分仕事で半分は趣味のようなもの。
できのよいものは農協に出荷するけれど、お友達やご近所に分けて喜ばれるのが何よりうれしいと顔をほころばせる。
このお顔がなんともかわいらしい。
また、キヌ枝さんには生け花がある。
昔からコーラスやバレーボールなどいろんなお誘いはあったけれど、ハードな農業をしながら子育てをし、パートの仕事もしていたから、趣味は生け花だけと決めた。
その代わりこれだけは続けさせてとご主人とお姑さんに頼み込んで、京都市の家元のところに8年間も通い続けたというパッションの持ち主だ。
もちろん今でもお花が大好き。教室で後進の指導に当たることもある。
玄関先の壷にさりげなく投げ入れられた野花のアレンジメントを見ていると、キヌ枝さんの少女のような感性は花との対話から生まれているのかも知れないと感じる。
そして、70歳になったキヌ枝さんに突然降ってわいた話。
それが旅人に自宅を開放する「農家民泊」の受け入れ先になることだった。
もちろん農家民泊なんて聞いたこともない言葉だったけれど、元来人間好きのキヌ枝さんは、そのコンセプトを受け入れた。
民泊を始めて2年が経つ今、やってくる旅人との出会いはキヌ枝さんの生きがいになっているという。
「どの時代が一番よかったかって聞かれるけど、いつだって今が最高よ!」
そういって生きる喜びをほがらかに享受しているキヌ枝さん。
「農家民泊」のコンセプトは、
天が彼女に授けてくれたごほうびだという気がしてならない。
◇農家民泊「素のまんま」、誕生。◇
そもそもキヌ枝さんが民泊を始めるきっかけとなった出会い。
これがまたご縁を感じる物語なのだ。
それは、キヌ枝さんが綾部市の公募する「21世紀に残したい綾部」のエッセイに幼いころの思い出を書いて応募したことに始まる。
用事があって出かけた市役所で、たまたま応募用紙を目にしたのだとか。
「そのころちょうど自分史を書く講座に2年間通って、少女時代の思い出をまとめたところだったの」
フットワークの軽いキヌ枝さんは、早速書き溜めた文章のうちの一部を応募した。
腰と同様、軽い気持ちだったらしい。
すると、それを読んだというある人から電話がかかってきた。
「芝原さんに、ぜひお目にかかりたい」
愛用のカブでどこへでも出かけていくキヌ枝さん、「こんな田舎じゃ来てもらうのも申し訳ないから、どこかで会うことにしましょう」というと、
「いえ、お住まいのご自宅に伺いたいんです」と電話の声。
ハテサテ不思議なことをいう人がいるものだと思いながら迎えた人が、塩見さんという若い男性だった。
◇運命の縁側会談。◇
綾部市には「里山ねっと・あやべ」というネットワークがある。
閉校になった小学校の校舎を利用し、綾部市や里山体験、移住などに興味を持つ人たちのための情報発信基地となっているのだ。
塩見さんはこの里山ねっと・あやべのスタッフの一人で、豊かな里山風景が残る綾部とそこに暮らす人の魅力を、いろんな形の情報発信で世の中に伝えようとしていた。
初めての電話があってからほどなくして、キヌ枝さんの庭に面した縁側のテーブルセットで、運命の縁側会談が行われた。
ふたりは会ったその日に意気投合。とっても話が弾んだらしい。
キヌ枝さんは穏やかな塩見さんのやわらかな佇まいに心をひかれ、塩見さんもキヌ枝さんのつつましくもポジティブな生き方に感銘を受けた。
お茶を飲み飲み話すうち、キヌ枝さんが
「この家も一人じゃ広すぎてもったいないから、若い人でも来てくれるといいんだけど」
と何気なく漏らした一言を、塩見さん、聞き逃さなかった。
「えっ、本当ですか、芝原さん?! だったらぜひ農家民泊をしましょう!」と熱っぽく説得され、とんとん拍子に話がまとまったのだとか。
塩見さんは塩見さんで、田舎で小さな農を営みながら本当にやりたいことをして暮らすという独自のスローライフを模索する中で、
「綾部にはたくさんの宿がない。都会の人にゆっくりと里山の魅力を知ってもらうために、普通の農家が旅人を受け入れてくれたら…」
と常から考えられていたようだ。
ふたりの出会いは必然だったに違いない。
芝原さんと塩見さんにお会いして、ますますそう感じた。
民宿ではないから、特別気取ったおもてなしはしない。
気を張ることなく、ありのままの家でお迎えするから、旅人もありのままの姿で来てほしい。
芝原さんが自宅に付けた屋号「素のまんま」には、そんな優しい心遣いが表れている。
◇書きたいけど、書きません。◇
実は芝原さんからは、面白い話や、ためになる話をたくさん伺った。
正直言って、お食事しながら話しているだけで涙が出たことも一度じゃない。
芝原さんの口から出る一つひとつの言葉が、心にすぅっと染みて、気が付いたら知らない間に涙がこぼれているのだ。
私の魂をゆさぶった芝原さんの生き方や人生観。
体験したすべて、学んだすべてをここに書きたいけれど、やっぱり書かないことにしようと思う。
この文章を読んだ縁ある方が、いつか綾部を訪れ、そして芝原さんにお会いして、直接何かを感じ取ってほしいから。
先入観や予備知識なんてなくていい。
ただ、綾部に行って、芝原さんに会ってみてください。
芝原さんご自慢の五右衛門風呂に浸かって、お風呂上りに足裏マッサージをさせていただいたこと。
芝原さんの足の裏がとっても健康で、バラ色に輝いていたこと。
蔵を改造した離れの茶室で、知らない間に昼寝をしていたこと。
そろそろ夕食を食べませんかと起こしに来てくれたとき、里山の夕暮れがとても静かで美しかったこと。
土の匂いや草の匂いと一緒に、そのときの情景が昨日のことのように思い出せる。
「私たちは夫や息子を戦争に取られずに済んだ。なんていい時代に生まれたんだろう」
「どんな理由があっても戦争はよくない」
テレビを見ながらそういった芝原さんの真剣な横顔。
思い出すだけで涙が出てくる。
こんなに毎日に感謝して、朝が来ることに感謝して、周りの人や自然に感謝して、私は生きているだろうか?
足もとの虫から見知らぬ世界中の人々にまで、こんなに深い愛情を持って生きているだろうか?
芝原さんの生き様に触れることができたことが、私たちの幸せです。
優しく迎え入れてくださって、本当にありがとうございます。
また、絶対に、近いうちに、遊びに行きますからね!!
今度はもっともっとたくさんの友人を引き連れていくかも知れません。
かなり賑やかになるかも知れませんが、どうぞ覚悟しておいてくださいね。
●矢尾まさ子さんのプロフィール
1975年、福岡生まれの転勤族育ち。東京在住3年目。
個人美術館の学芸員を経て、企業の存在価値やワークスタイルの可能性を伝えるライターへ転職。結婚を機に、天から与えられた使命を探す旅を始める。
レイキ、玄米菜食などを実践する中で、綾部に出会う。
現在は育ててくれた制作会社で週休4日(火・水・木)勤務を実現し、半会社員ライター・半天職探しの日々を送っている。
●矢尾さん、すてきな応援メッセージをありがとうございました!
綾部を気に入ってくださり、本当にうれしいです。再訪をお待ちしております!
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