|
|
| ビバ!素のまんま 文●河内 裕史さん(京都市在住) |
市野瀬バス停に到着した時、実は何かの問題が起き、運転手さんが急ブレーキを踏んだのだと思った。 『ボタン、押されませんでしたよね?終点ですよ』
女性の運転手さんからそう言われても、この何も無い左カーブが、まさかターミナルなバス停だとは、どうしても信じられなかった。
『えッ?市野瀬って…ココなんですか?』
未だ半信半疑な私は、それでも車外をキョロキョロと眺めながら、綾部駅からの運賃を用意し始めた。 この辺りのことは詳しくないこと、ましてや芝原キヌ枝さんについては知らないということを告げてそのバスは去り、道の向こう側の橋の袂に『市野瀬』というバス停の看板を見つけるまで、私は、この日一番の不安を抱いていた。
さて、そこからの「一本道」、手元の地図にあるような真っ直ぐな道では当然なく、思った以上に細い道が、より山深くへと延びているだけ。
『地図の通り歩けば、何も問題無いさ…』
と頭では思っているが、綾部駅では晴天だった空も、この辺りでは雪も降り出しそうなくらいの曇天。
大町バス停から先で現れた残雪も、ココではかなり残っている。せっかく前の晩から用意しておいた長靴を持って来るのをうっかり忘れてしまったこともあり、少し心細い気分になってきていた。そんな頃、散歩中の女性を発見。
『あのぉ…芝原さんのお宅って、この道でイイんですよネ?』
と、念の為に尋ねてみた。
『芝原さん?そうですよ。芝原キヌ枝さんのお家は…ホラ、あの青い小屋の上です』
ホッ、良かった!これでとにかく、芝原さんのお家に辿り着くことはできるぞ。
そう思い、それまでの不安がウソのように急にウキウキし始めた。それは、この辺りからの風景が、そこまでに比べ、少し開けたからということもあったかもしれない。
さあ、いよいよ青い小屋までもう少しだ…とその時、手前の小さな小屋で作業をされていたご婦人がお一人、こちらに近付いて来る。
『河内さんですか?』
『ハイ。あッ!芝原さんですか?』
満面の笑みを湛えた素敵なご婦人、芝原キヌ枝さんとの出会いは、私の場合、こんな風に始まった。
『今は、何をされてたんですか?』
何かの植物が、小屋の中で干されているのを見て、私はそう尋ねた。
『ハブ茶を作るための準備をしとったんです』 これまでの民泊体験記に書かれていた通り、芝原さんはとても元気で明るい方だった。
しかも、若い!最初、近付いて来られた女性が芝原さんだと気付かなかったのも、その溌剌とした若さのせいだろう。
『へェー、ハブ茶って、元はこんな感じなんですかぁ!』
『そうです。作っても作ってもスグに売れるんですよ』 ニコニコと笑顔の絶えない芝原さんとお話していると、やっぱり来て良かった!という思いがどんどん募ってくる。何だか、嬉しくて仕方がない。
『何か、お手伝いしましょうか?』
『いえいえ、それより家に入りましょう』
そんな会話を交わしながら、早速、芝原さん宅へ。そして、この瞬間から、私にとって本当に楽しく、貴重な二泊三日の農家民泊が始まったのだった。
細かい部分は異なるが、間取りが母の、兵庫県の実家のそれと本当によく似ていて、更に言葉も、母の実家の方言とそっくりな為、『お邪魔します…』というよりは、『ただいまー!』という懐かしさを感じたこと。
中に栗が入り、外がサツマイモ餡の和菓子と、ハブ茶を含めた2種類のお茶で、最初のおもてなしを受けたこと。
亡くなられたご主人の長靴を貸して下さって、目の前の畑口川の水に触れてみると、思ったよりも冷たくなかったこと。 後で、初夏を迎えた畑口川でのホタルの乱舞もカジカ蛙の合唱も、上林川のそれよりも更に素晴らしいのだと、本当に嬉しそうに仰ったこと。
『素のまんま』である蔵に案内して頂く際、塩見さんからも伺っていた2本の名木に抱きつかせて頂いて良いですか?と尋ねると、
『どうぞ、どうぞ。子供さんらは、上の方まで登ってやで』と、笑顔で応えて下さったこと。
よっしゃ、そしたら俺も、今度来た時には登らしてもらおッ!と思ったこと。
蔵の入口に、HPなどで観ていた蓑と笠が掛かっていたこと。
その蓑に、芝原さんお手製の可愛い「ミニ笠」が乗っかっていたこと。
実は、その蓑がネズミに齧られて、だいぶ短くなったというお話を聴き、ネズミは何でも齧るんだなと、かなりビックリしたこと。
芝原さんには、もうほとんど感じなくなったということだが、蔵に入ると、木の良い香りが、未だかなり香ってきたこと。
歌も句もお上手で、新聞やテレビで何度も優秀作として紹介されたにも関わらず、そうした受賞作などを全く「スクラップ」などされずにいらっしゃるということが可笑しかったこと。
朝が早かったので、蔵で昼寝をさせて頂いたが、疲れ過ぎていたのか、あまり眠れなかったこと。
蔵の壁の上の方にある『水』の文字や、母屋の屋根の中ほどにある家紋のこと、
それに昔はお手洗いだった建物の「通風孔」が、何気にハート・マークなことなど、
それまで気付かれなかったことや、私が初めて質問する旅人だと知り、なんだか嬉しかったこと。
そうこうしている内にお風呂の時間となり、母の実家で入る以来の五右衛門風呂を満喫したこと。
それにしても、熱めの湯が好きな私が、次の日もそうだったが、水をかなり足したこと。
天気が悪かったせいもあったが、塩見さんからお聴きし、私も『オオッ!それは良いアイデアですねッ!』と思っていた、次の旅人の為に、せめて焚き付けの小枝だけでも拾ってくるというのを、2日間ともすっかり忘れてしまったこと。
芝原さんにその旨を話すと、『そんなに気を使うてもらわんでも、良いんやで』と、笑顔で話され、でも私は苦笑いしたこと。
浴室の天井がかなり低く、『息子さん、そんなに背が高いんでしたら、かなり大変だったでしょうねェ!』と盛り上がったこと。
農作業をお手伝いさせて頂くタイミングを逸し、知らない間に夕食タイムになったこと。
そこで、大量の食事を目にし、『コレ、喰い切れるかなァ…』と不安になっていたら、『たくさん食べとくれでねェ。食事の残るんが一番困るんですわな』と早速、‘ジャブ’で牽制され、たぶん、2日分くらいは喰わされたこと。
『むかごが、もう無うなってしもうて』ということで、ホカホカで旨々の、我が家で喰っている丹後産のものよりも二周りほど大粒のコシヒカリに、数え切れないくらいのギンナンが入ったご飯、肉、山盛りに近い‘ヤマノイモ’の効果がてきめん?で、食後から就寝前にかけ、鼻血が出そうになったこと。
‘ちょろぎ’という、シソ科でおせちの黒豆に乗っかっているらしい縁起物を紅白で頂き、帰宅後に調べたところ、「赤いモスラの子供」と説明されているものがあり、『そう、その通りッ!』と爆笑したこと。
その他、野菜やお漬物、味噌などに至るまで、例え今ではご自身で作ってらっしゃらなくても、そのほとんどをお友達からなど「地元」で揃えられる豊かな食卓だったこと。
『テレビはね、CMが好きやないもんで、NHKしか観ちょらんのです』と仰ってたのを、『そうですか。でも、民放にも面白い番組がありますよ。例えば…』ということで、2日目の晩に「鉄腕DASH!」を一緒に観、『これは、良い番組やわねェ』と仰っていただいたこと。
しかし、翌週の企画がおバカな内容だった為、『来週は、観なくてもイイかもしれませんね…』と私が落ち込んで言うも、『よいよい。来週も観ます!』と仰ってたのに、メモに放送日時を書いてらっしゃらなかった為、後日、お電話をした際に、『あの「鉄腕DASH」という番組、アレ、いつ放送じゃったかいねェ?』と尋ねられ、思わずズッコケたこと。
突き当たりの集落、市志への道が、夜は全くの闇だということでそれを味わおうと、サーチライトをお借りし、防寒も万全で出動するも、本当に真っ暗闇で、少ししか歩けずに戻ってきたこと。
で、その「リベンジ」とばかり、翌晩にはもう少し先まで行き、所要時間も短かった
ことで、初日、いかにビビッていたかを思い知らされたこと。
その後、少子高齢問題や最近の凶悪犯罪、イラクへの自衛隊派遣問題や環境問題、そして何故か嫁・姑問題に至るまで、本当に多くの「シリアスな」話題についてたくさんお話をし、たくさん考えさせられたこと。
そしてそれ以上に、かつての暮らしの大変さや美しさ、私が持ち出すバカ話などで、二人とも大いに笑ったこと。
夕方頃から気になっていた良い香りの正体が、私の寝所となった仏間の仏壇で焚かれていたお線香だと知ったこと。
で相変わらず?『良い香りですかいねェ?』と芝原さんが、まるで他人事のように仰ったこと。
そして寝る前に、ペンシルバルーンで「ラブ・プードル」という風船アートを作って差し上げたところとても喜んで頂き、帰りの朝、食卓近くに飾って下さったこと。
芝原さんには、初日に「犬」を、翌日には「ウサギ」の作り方を教えて差し上げ、どちらも本当に上手く作ってらっしゃったこと。
そして、その風船を『誰かが来ちゃったら、どれかを上げちゃろう!』と仰ってたのに、『どの作品も良いわねェ…』ということで、結局、全部を手許に置いておきたいということになり、大爆笑になったこと!
こうして、初日の夜が終わったこと。
翌、2日目の朝、『てるてる家族』を一緒に観ながら朝食を頂き、浅野ゆう子はキツイ母親役であることを教えて下さったこと。
で、岸谷五朗と同じで「おとぼけ夫婦」だという勝手なイメージが、脆くも崩れ去ったこと。
朝食後に裏山を登り、山頂付近にて、今や「害獣」でもある鹿を目撃したこと。
途中、高級爪楊枝の原料となるクロモジを見付けましたヨと伝えると、『まぁ、そんな所まで登っちゃったんかいネ!皆さん、お墓までは行かれるけど、そんな所まで登られたのは、河内さんが初めてですよ』と仰ったこと。
そして猿ほどではないが、やはり鹿も「食害」すると聴き、私が『そしたら、鹿をやっつけたったら良かったですネ!』
と言った時に悲しそうな顔をされ、あぁやっぱり芝原さんは、心の優しい方なんだなぁ…と改めてしみじみ感じたこと。
それよりも、その裏山、今でも熊が出るとその時初めて知ったこと!
念の為に、口笛を吹いたり、独り言を言ったりしていて良かったぜいッと思ったこと。
何より、2反の畑が10棚並んでいる裏山からの眺めが、本当に素晴らしかったこと。
まだまだ量が多い昼食を頂いた後、スーパーカブをお借りして、東舞鶴を目指したこと。
しかし、バイクを揺らす強風や顔面を叩き付ける霰に遮られ、それに菅坂峠の頂上付近に撒かれていた「凍結防止剤」を見て、真冬の日本海を拝むのは断念したこと。
その帰り、折角だからと市志へ向かい、集落内で思わぬ人助けをしたこと。
前の晩に聴いていた、六地蔵は発見できるも、神社とそこへ向かう階段も見付けられなかったこと。
市志は、小さな温泉町のようで美しかったこと。
それにしても、芝原さん宅から僅かしか離れていないのに、残雪の量が多かったこと。
そして、この愉快な「小旅行」?が、実は「免許不携帯」でのトリップだったこと(ワハハッ!)
「帰宅」後、またまた農作業手伝いのタイミングを逸し、水菜などの食材を、知ら
ない間に収穫されてしまったこと…。
2日目の夕食で、未だたくさんの食事が並んだが、それでも私が、若い頃と比べると喰えなくなったということを、ようやく分かって下さったこと。
そして、例の「鉄腕」で、雌ヤギのマサヨが子ヤギを産むも、いつ死んでもおかしくない早産で、一緒に固唾を飲んで見守ったこと。
翌、最後の朝は、芝原さんのご都合で、お兄さんの桜井さんに、あやべ温泉まで送って頂けることになったこと。
で、念の為に桜井さんへ電話され、『電話しといて良かったわ。明日やと思とってなかったみたいやでなぁ』ということだったこと。
桜井さんが撮られた頭巾山での天文写真が、本当に素晴らしかったこと。
トランプを使ったマジックのほとんどが失敗するも、とても喜んで下さったこと。
そのタネを、結局、教えて差し上げる時間が無かったこと。
お手洗いの電球が切れ、スペアを探されるも見つからず、サーチライトでの「暗闇トイレ」が、かなり楽しかったこと!
消灯後、枕元で民泊の感想を認めたこと。
布団の中で、『なんとか、このまま綾部から帰らずにいられる方法は無いもんかなぁ』と半分以上マジメに考えたこと。
こうして、2日目の夜が終わったこと。
翌、3日目の朝、お弁当を作って下さったこと。
天候が、冬のこの地域には大変珍しく、朝から快晴になったこと。
桜井さんも交え、蔵でおうすを頂いたこと。
後の車中でも含め、桜井さんが訥々と環境問題や旅の思い出などを語って下さったこと。
そして、こんな私が『素のまんま』の101人目の旅人だったこと―。
そして11時が過ぎ、とうとう芝原さんとのお別れの時。
とても名残惜しいが仕方がない。本当は抱き付きたかったが、桜井さんも傍にいらっしゃる為、少し汗ばんだ手で握手し、そして車へ乗り込んだ。ずっとずっと手を振る私。ずっとずっと見送って下さった芝原さん。
『春になったら行ってみよう』なんて言わずに、「勢い」も借りての今回の農家民泊は、一生忘れられない想い出となるだろう。 さて、この旅には嬉しい「オマケ」もたくさんあった。
それは、芝原さんとの別れの後、桜井さんに結局、あやべ温泉の上にある国宝二王門下の駐車場まで送って頂き、二王門だけでなく光明寺の本堂へも参詣したことや、駐車場からの絶景の中で、頭巾山の位置を教えて頂いたこと。
そして、麓まで軽ハイキングを楽しみ、あやべ温泉と芝原さん特製のお弁当を堪能したことや、その後での綾部駅へ向かうバスにて、2組合計4人のおばあさん達と仲良くなり、内お一人にトチ餅を頂いたお礼?として皆さんに風船アートをプレゼントしたこと。
そして更に、旅の初日の朝、早起きした甲斐があり、鍛冶屋町にある里山ねっと事務局を訪ね、スタッフの方とお会いでき、たくさんお話ができたこと。
そういう、今回の旅に関する全てのことが、本当に楽しく想い出深い。皆さん、本当
に有難うございました!
最後に、芝原さん。また遊びに行かせて頂きます!そして次回、そちらを訪れる際は、お別れまで待てずに再会の時点で ‘ハグ’させて頂くかもしれませんが、どうか許してやって下さい。ちなみにハグの意味ですが・・・。
最後に、綾部から戻って以後の私は、京都府北部の、特に‘舞鶴’の気象情報が、とても気になって仕方がない。
大変、長くなりました。失礼致します。
●河内裕史さんのプロフィール:1967年、京都府生まれ。
関西の私立大学を卒業。京都市内在住。
現在、将来の夢である「半農半カフェ」に向け、驀進中!
趣味は、カフェ巡り。特に古民家や町屋を改造したカフェが大好き。口癖は、『金なら無いが、ほっこりカフェの数&繁盛するカフェのノウハウなら、たくさん知ってるぜいッ!』
最近、強く感じることは、『今の世の中、ハグが足りんぞ、ハグがッ!』
最近の関心事は、マクロビオティックやベジタリアン的生活。
料理教室にも通い始めました。一番の自慢は、芝原さん宅での101人目の民泊者だったこと!
●河内さん、すてきなエッセイをありがとうございました!何度も笑わせていただきましした!
ちなみに「ハグ」とは・・・。「ハグ」というすてきな絵本も出ています。抱きしめたくなるようなすてきな絵本です。(塩見直紀)
|
|

農家民泊 TOP
|