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民泊での「出会い」 文●武林 さおりさん(大阪在住)
平成15年12月9日(火)〜12月11日(木)

バスは市野瀬に向けて走る。空は曇天。途中から雨も降り出し、寒さはいっそう体に染みわたる。日中の気温が7度。雨や寒さへの覚悟がなかった私は、早くも心が萎えそうになった。
 
今回、この民泊には一人で申し込んだ。いろいろなご縁とたくさんの方のご配慮により、ようやくそれが実現したのだ。にも関わらず、綾部のこの地にやってきた途端、不安がうずき出した。そもそもここに至るまでにもたくさんの迷いがあって、優柔不断な私はその申し込み自体にも長い間しり込みしていた。特に明確な目的はない。ただ何となく心惹かれるものがあり、どうしても綾部の地を自分の肌で感じてみたかった。そして、民泊を受け入れておられる芝原キヌ枝さんに、是非お会いしてみたかったのだ。しかし、こんな曖昧な考えの自分が一人お邪魔して、ご迷惑ではないだろうか?気まずくなったらどうしよう?いや、でもどうしても行ってみたい・・・自分でも呆れるくらいこの葛藤を続けた末にやっと申し込みをしたのだった。そして、実際に綾部に着いてもなおその葛藤を繰り返しているのだ。全く自分でも情けない。
 
「本当に来てよかったのかな・・・」
 
不安の種はバスに揺られながらどんどん膨らんでいった。一方で、車窓から見える山々の木々は、すっかり葉を落とし、白い肌を剥き出しにして本格的な冬の到来を待ち構えていた。突然の訪問者である私にも「おまえは何をしに来たのか?」と問うているようだった。私はちょっぴり引き返したいような気分に駆られた。
 
終点市野瀬にバスが着く頃には、乗客は私だけとなっていた。不安は正に最高潮。運転手さんに挨拶をしてバスを降りようとすると、そんな私の心を知ってか知らずか、運転手さんは笑ってこう言った。
 
「お迎えさんですよ」
 
ふと目をあげると、雨の中、市野瀬橋のたもとで私を一人待って下さっている人がいた。芝原キヌ枝さん、その人であった。
 
「この寒さと雨の中、心細かろうと思ってなーあ」
 
挨拶もそこそこに、優しく微笑んでそうおっしゃると、芝原さんは私の荷物をバイクに乗せ、「先に行って待っとるでな」と、颯爽と雨の中を走り去って行かれた。その軽やかさに茫然としながらも、私の中に心踊る何か、素敵な予感のようなものが感じられた。きっとこの民泊はすばらしいものになる。そう確信したのだ。そして、この確信は3日間で見事現実となったのである。
 
芝原さんは、お一人でこの地を訪れる人々を受け入れておられる。実際にお会いした芝原さんは、非常に慈しみ深い方であり、所作のひとつひとつが気品に満ちていた。
しかも静かなエネルギーをたたえておられる。たいへん失礼ながら、私はもっとおっとりした女性を想像していた。細身な体で颯爽とバイクに乗り、「ほっほっほ」と高らかにお笑いになるその姿に、私は感動すら覚えた。芝原さんには、ただそこにおられるだけで人を勇気づける何かがあった。
 
 「素のまんま」に到着後、早速お茶をいただきながら、私はいろいろなお話を伺った。控えめで、ご自分のことはなかなか話そうとなさらない芝原さんであったが、それでも私がお聞きすることには嫌な顔ひとつせず、お答え下さった。聞けば、地元婦人会、民生委員、さらには特産物を加工する女性グループの活動にも力を注いでこられたそうである。民泊という新しい試みを始められたのも、芝原さんにとってはごく自然な流れのようであった。それでも私はどうしても気になって尋ねてしまった。
 
「見ず知らずの人間をお一人で自宅に招き入れることに抵抗はなかったのですか?」
 
少し困ったような顔をされてから、芝原さんはこうおっしゃった。
「皆さんそんなふうに思われるんやなーあ?ようおんなじこと人から聞かれるんやけど、そういうことより何よりいいお出会いができて、皆さんからいろんなことを教えていただけるでなあ。そこから得られるもんのこと考えたら、そういうことは気にならんかったなあ」
 
全く愚問とはこのことだ。こんな質問をした自分が恥ずかしかった。芝原さんは全面的に人を信じておられる。それが普通なのである。芝原さんとお話していると、自分の心のいびつさをさんざん思い知らされた。実際、これまで受け入れた方々は皆いい方ばかりであったとのことだ。きっと芝原さんがそうした人ばかりを惹きつけているのだろうし、どんな人間でも芝原さんを前にしたら悪いことなど考えられなくなるのだろう。
 
芝原さんとのお話の中で特によく聞かれた言葉、それがこの「お出会い」である。なんと美しい表現であろうか。言葉だけを丁寧に操る人は大勢いるが、芝原さんのそれは魂が宿っている。例えば、私などが「お出会い」と言ってもとても似合つかわしくはない。芝原さんがおっしゃるからこそ、言葉が輝き出すのである。
  
「もったいない」も、そうだ。しかも芝原さんの「もったいない」は、通常の「もったいない」とは全く意味が違う。既にそこに存在するもの全てにそう表現されるのである。健康であること、民泊ができること、野菜が実ること、そんな全てに対し「もったいないことやなーあ」とそうおっしゃるのだった。何気ない会話の中に度々登場するこの「もったいない」はおそらく私達が使う「ありがたい」と同義である。
ありがたいと感謝することさえ少ない私は、「もったいない」も、損得勘定の表現にしか使っていない。この差は一体何なのだろう。
 
他にもふとこぼされるお言葉のひとつひとつが実に美しく、はっとさせられることばかりであった。
 
「笑顔は宝やなあ」
 
「お天道様は必ず見ていて下さる」
 
「ずうっと大事に思っとったことは形を変えても、いつか本当になるで」
 
何気なくおっしゃるこれらの言葉が、私の胸にときに痛く、そして温かく響くのだった。
  
お話を伺えば伺うほどに、私は現在の芝原さんを支えているものは何なのか、どうしても知りたくなった。この慈しみのもと、パワーあふれる活動の源は何なのか?そうして、芝原さんのこれまで歩んでこられた道のりに触れるうち、何も言葉が見つからなくなってしまった。胸を潰されるようなお話に、私は何も答えられず、それでもにこやかに話される芝原さんがいっそう遠いお人に思えた。今の芝原さんのその微笑の陰にどれほどの苦難があっただろうか。もちろん芝原さんははっきりとそうはおっしゃらない。しかし、私が想像だにできないことが、お話いただいたこと以外にもたくさんあったであろうことは容易に察することができた。そうなのだ。だからこその、「お出会い」、「もったいない」なのだ。芝原さんのお言葉は、たくさんの過去の経験から生まれた、魂の結晶なのだ。そして、その美しい部分だけが、流れ出て、 光り、人の心に届く。苦しかった過去など微塵も感じさせないほどの強さと温かさを秘めて。だから、言葉だけ真似ようとしてもだめなのだ。研ぎ澄まされた感覚、人や自然を慈しむ感性、それは芝原さんがその人生の中で築き上げたものであり、私もまた同様に、自分の人生の中から魂を鍛え、自分だけの言葉を生みださねばならない。
言葉が言葉としての輝きを宿すのは、あくまでもその結果としてなのだ。芝原さんはおっしゃる。
 
「環境ではなくて、全部『自分』なんやなーあ」
 
人のせいにも環境のせいにもしない、ただ与えられた世界で、ご自分のできうること全てを実行に移されてきた芝原さんの、何よりも重いひとことであった。
 
芝原さんはお花やお茶もなさっておいでだ。詩も詠まれるし、文章も書かれる。ご自分の思いをそうした形で常に発信されており、それがたくさんの方に届いて新たな出会いを運んでいる。「素のまんま」には宿泊者が自由な思いを書き記すノートがあるのだが、そこにも芝原さんの思いを受け取ったたくさんの人の感動と感謝が記されていた。宿泊者も多数に上り、何と私でちょうど100人目とのことであった。
 
 芝原さんはこれまでのそうした宿泊者との「お出会い」をとても楽しく聞かせて下さった。ウクレレを手に訪れた5人組は芝原さんへの曲をプレゼントし、農業大学に通う学生は将来の夢と情熱を語った。またある人は地球の裏側で見て感じたことを話し、親子連れの一組は都会の生活との違いを教えてくれた・・・。子ども達が広い家中を走り回って喜んでいたことさえも、芝原さんはとてもいとおしい瞳でお話になる。まるでそこに、彼らがいるかのように。私はふと、ウクレレのメロディーがそこに流れているような気がした。子どもの足音を感じ、大学生の夢を共有しているかのようなそんな感覚を覚えたのである。確かにそこには、「素のまんま」を通した宿泊者同士の出会いの空間が立ち上がっていた。芝原さんの「お出会い」はそのまま私の「出会い」になり、会ったこともないたくさんの人々と私がつながった。芝原さんが彼らについて微笑んで語って下さるほどに、はっきりと彼らの温かな存在を感じることができたのだ。それはとても不思議な感覚だった。
 
「出会い」はそればかりではない。「素のまんま」の入浴は、五右衛門風呂をいただく。芝原さんの亡くなられただんな様が薪を遺されており、それが芝原さんの手によってくべられるのだ。お風呂にはゆずやよもぎも浮かべられ、何とも言えない上品な香りに包まれる。正に至福のひとときである。私は目を閉じて思った。このぬくもりは、芝原さんのぬくもりであり、だんな様のぬくもりだ。大地が育んだ木々のぬくもり、ゆずやよもぎのぬくもりでもある。芝原さんご夫妻への感謝と自然の恵みへの畏敬の念に、私は自ずと厳かな気持ちになっていった。さらにお風呂をいただいてから燃える薪を見つめると、そこには確かな何かが感じられた。宗教心などほとんど持ち合わせていない私であるが、祈りとはこういう心の状態を言うのかもしれないと思った。このお風呂を通して、亡くなられた芝原さんのだんな様と、そして偉大な自
然と、私は確かに「出会った」のである。
 
 
翌日は雨もあがり、「素のまんま」の周囲を散策する。山々は昨日バスから眺めたときと同様に、厳しい表情を見せていた。ただ無言でそこに存在し、圧倒的な大きさで私に迫る。よく「自然の中で癒される」と言うが、私の出会った山々はとても「癒す」ような存在ではなかった。むしろ怖いくらいの迫力があった。
 
神聖な場所に赴くとき、観光客のようにドカドカと踏み込むのではなく、そこに分け入っていくことを許していただけるよう、その地に祈らなければならないと、以前知人に聞いたことがあった。私は心の中で、「どうか私がこの道を歩くことをお許し下さい」と祈った。それで何かが急激に変わったという訳ではないが、私は、ふとあることに気付いた。木々の一本一本がそれぞれに異なるのである。当たり前と言えば当たり前の話だが、その枝ぶりや幹の太さ、苔のつき方まで本当にさまざまで個性的なのだ。十人十色ならぬ十本十色である。葉は一枚もなくとも、いや、ないからこそよけいにはっきりと、その木々の在り方が明確に見てとれるのだ。たくましく、ごつごつとしたもの、か細く、でもより高く伸びようとしているもの、たくさんの苔をその表皮に宿しているもの、みな違う表情があり、それぞれが静かに本格的な冬の訪れを待っていた。ある枝の先には、春に薄紅の花を咲かせるであろう桜の蕾も見てとれた。そして、人の腕にも似たその枝々は、どれもまっすぐに天に向かって伸びている。ただそれだけのことなのだが、ああ生きているのだなあと私は思った。どの木も生きている。芝原さんは真剣なことを「ど真剣」と必ず「ど」をつけて表現されるのだが、ここにある木々は皆「ど真剣」そのものだった。黙っていても伝わってくる力強さ。生きていることの重み。人が木に似ているのか、あるいはその逆なのか、両者は不思議と近しい何かがあるように感じられた。離れて暮らす家族や友人、大切な人がふと私の心をよぎる。それぞれの木が大切な誰かに重なる。ひとりひとりの木々と私は「出会った」のだと思った。そして、ほんの一瞬ではあるが、そこに日の光が差し込んだのである。
 
それまで曇天の元で沈黙を守っていた木々が、一気に輝く。それはそれは美しく、神様がもしいるのなら、こうしたところに現れるのではないかとさえ思うほどであった。遠くの木々の合間にある霧も、光の加減で虹色に輝いている。こんな美しい光景に私は一人で立ち会ってしまった。そして、木々と共にその喜びを共有したのだった。その場に居合わせた彼らと秘密の時間を過ごしたかのような心が震える感覚であった。日光はまたすぐ雲の間に消え、それはほんの一瞬の出来事であったが、正に夢見心地であり、私はしばしその余韻に浸った。こんなことが本当に起こるのだ。私は今でもその光景を忘れることができない。
  午後からは芝原さんに教えていただいて、籠編みに挑戦した。想像以上にたくさんの藤蔓が必要で、驚いた。ひとつの蔓にまた別の蔓を継ぎ足しながら、籠を形づくっていく。少しずつできあがっていくその籠は、まるで私のようだった。それぞれの蔓はたくさんの人の思いに似ている。蔓の一本一本が交差し、面を成し、その尽きたところにまた新たな蔓が重なっていく。太い蔓、細い蔓、いろいろな蔓がひとつとなり、私の籠が出来上がるのだ。これまでどれだけの人にこうして支えてもらっただろうか。私は私の力だけでひとつの籠になったのではない。自然の恵みを得て、たくさんの思いに守られて、今がある。無数の蔓のようなたくさんの人の心と、ときに優しく、ときに力強く、私という存在を編みあげてくれたたくさんの人の手があったのだ。不恰好で座りの悪い籠になったけれど、とてもいとおしい籠ができあがったと私
は思った。芝原さんも、
 
「いい籠ができたねえ」
 
と声をかけ、微笑んで下さった。
 
 ひとつひとつを詳しく挙げることができないのだが、芝原さんの毎回の心のこもったお食事も、心と体に染みわたるような格別の味がした。同じように調理しても、私が家でつくるのとは比べものにならない。もちろん素材が新鮮なのもあるだろう。が、何よりそこに、芝原さんの深い思いが宿っているからこその味なのだった。生かされていることの喜び、ありがたさ、これこそが芝原さんの言う「もったいない」という思いなのだろう。生命あるものをいただく行為は、自分が生かされていることに気付く大切な瞬間だ。そこには食事の作り手の愛情も込められる。この民泊では、日頃にも増して、なおのことその重みを感じずにはいられなかった。自然に抱かれたこの綾部の地は、日常の全ての行為に意味があることを、改めて気付かせてくれる。人として、自分の存在の意味を考え、深め、心に向き合う場なのだ。
 
 「素のまんま」で、私はたくさんの出会いを経験した。芝原さんとの出会い、芝原さんを通してのたくさんの人との出会い、木々との出会い、大きな自然との出会い、そして私の心にあるたくさんの大切な人との再びの出会い。出会いとは、物理的なものではなく、心でなすものなのだと思う。時間も空間も越えて、人は出会うことができる。通じたいと思う心があれば、人はどこででも誰とでも、何度でも出会うことができるのだ。それを教えてくれたのが、綾部の地であり、この3日間の民泊であった。

 民泊に何を求めるかは、人それぞれである。どんなものを求めても、あるいは漠然とこの地に赴いたとしても、きっと何かを与えられ、「出会える」のではないかと私は思う。私は私の民泊を経験したのであり、同じ時期であっても、グループで訪れても皆それぞれにその体験は異なるはずである。「素のまんま」で何を見つけるかは自分次第だ。多くの人が、それぞれの大切な「出会い」をここで果たされることを願わずにはいられない。

 最後になりましたが、お世話になった芝原キヌ枝様、里山ねっと・あやべの皆様、本当にありがとうございました。綾部の地のますますのご発展と綾部につながる皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。
 
平成15年12月12日 記

武林さおりさんのプロフィール
 
1974年生まれ。徳島県出身。福岡県立大学人間社会学部社会福祉学科卒。大阪市の児童福祉施設において児童指導員として4年間勤務。その後、総合病院の医療ソーシャルワーカーとして1年5ヶ月勤め、退職。趣味は絵、ジャグリング等。「人生はワクワク、楽しく、真剣に」がモットー。人と人との関係、自然との在り方等に関心を持ち、民泊に出会う。現在、今後の方向性を模索中である。
 
武林さん、すてきなエッセイをありがとうございました。
100人目、おめでとうございます!






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